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前回、緩和ケアの誤解についてお話ししました。緩和ケアは、がんによるさまざまな苦痛を緩和する医療である緩和医療の一部です。緩和ケアだけでなく、緩和医療に関する誤解もいくつかありますので、解説しましょう。(医師主導ウェブサイト「Lumedia<ルメディア>」のスーパーバイザー、勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授の原稿を北里大学医学部付属新世紀医療開発センターの佐々木治一郎教授がレビューした上で掲載します)
「医療用麻薬を使用すると寿命が縮まる」という誤解
がんの緩和医療で使用する最も代表的な薬剤が、痛み止めの医療用麻薬(オピオイド)です。患者さんに「麻薬を使いましょう」と提案すると、「中毒になるので怖い」「寿命を縮める」「(最期が近い)末期がんだから使うのではないか」という反応が返ってきます。
先日も、あるがんの患者さんに骨転移による痛みがあったので、「医療用麻薬を処方します」と伝えたら、「麻薬は使いたくありません」とかたくなに拒否されてしまいました。理由を聞くと、「父親ががんになったときに、麻薬を使い始めたらすぐに亡くなってしまったので、怖い薬だと思った」ということでした。
「それは麻薬のせいで亡くなったのではなく、がんの進行が原因だと思います。がんの痛み止めは、末期になったから使うのではなく、適切な時期に、早めに使うことが大切なのです」などの説明をしましたら、やっと納得されました。実際に麻薬を処方し始めると、「うそのように痛みがなくなりました。これだったら、もっと早く使えばよかった」と言われました。
このように、医療用麻薬について一般に誤解が多くあります。緩和ケア病棟で亡くなったがん患者の遺族らを対象とした全国調査(注1)でも、医療用麻薬に対して、24~33%が「中毒になる」、27~38%が「寿命を縮める」と回答しています。緩和ケア病棟に入院している患者さん対象の調査(注2)でも、「精神症状の副作用がある」「寿命を縮める」「麻薬中毒になる」と心配する回答が約40%を占めました。
WHOガイドライン日本語訳を機に普及
現在、日本で使用できる医療用麻薬には、軽度から中等度の痛みに使うコデインやトラマドール、中等度から高度の痛みに使うモルヒネ、オキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォン、メサドンなどがあります。多くは錠剤などの経口薬ですが、フェンタニルのように皮膚に張る貼付剤(ちょうふざい)もあります。これらの医療用麻薬を適切に使えば、70~90%でがんによる疼痛(とうつう)から解放できるとされています(注3)。
たしかに副作用はあります。その多くは、眠気、便秘、吐き気で、これらの対策が必要です。しかし、適正使用していれば、中毒や依存症はほとんど起こりません(注4)。
世界保健機関(WHO)も医療用麻薬の適切な使用を推進するため、1986年に医療用麻薬の普及・適正使用に関するガイドラインを作成しました(注5)。96年には第2版を出版しましたが(注3、6)、これは日本語に翻訳され、日本で広く普及するきっかけになりました。さらに2018年に改定版が出版されました。
この改定版では第2版までの記述から大きな変化がありました。第2版までは、非オピオイドから弱オピオイド、強オピオイドへと段階的に除痛ラダー(階段)に沿って効力の順に薬剤を選択すべきだとする「3段階除痛ラダー」の考え方を含めた「がん疼痛治療5原則」が提唱されていました。しかし、18年の改定版では、この3段階除痛ラダーは削除され、「4原則」へ変更されました(図)。
詳しく解説しますと、従来は最も効果が弱いアセトアミノフェンや非ステロイド系抗炎症剤(ロキソプロフェンなど)などの非オピオイド薬から開始し、効果がなければ、弱オピオイド、強オピオイドと段階的に処方することを勧めていましたが、改定後は、個別の状況に応じて、最初から強オピオイドを投与してもよい、と変更されました。患者さんの状況に応じて、最適な鎮痛剤を使うのが良いとされたのです。
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日本でも18年の改定版(注5)を参考に、日本の現状に合わせた「医療用麻薬適正使用ガイダンス」(注4)を厚生労働省が作成しています。
先進国の中では最低レベルの使用量
それでも日本における医療用麻薬の使用量は増えていません。先進国の中で最低レベルです。医療用麻薬の使用量の国際比較のデータ(注6)を見ると、00~02年の人口100万人当たりの1日のモルヒネ消費量(g)(注8)は、カナダ(167.3)、オーストラリア(147.9)、英国(51.8)、米国(105.7)、フランス(104.8)と他の先進国が50g以上の消費量だったのに対し、日本はドイツ(45.3)を下回る18.4gでした。19~21年でも、カナダ(115.5)、オーストラリア(155.7)、英国(146.0)、米国(115.9)などでは100gを超え、ドイツも56.9gと増えたのに対し日本は4.1gと、依然、少ない使用量でした(表)。モルヒネ、フェンタニル、オキシコドンの三つのオピオイドの使用量をみても同様です。
もっとも米国やカナダ、オーストラリアでは、近年オピオイド危機と呼ばれるような、麻薬鎮痛薬の乱用、過剰摂取による死亡が大きな問題となっており、一概に使用量が多いことが良いとは言えません(注9)。これらの国における過剰摂取の原因は、製薬会社の販売促進と医療機関による過剰処方とされ、米疾病対策センター(CDC)は、21年以降、オピオイドの過剰摂取により年間8万人以上が死亡したと報告しています(注10)。
医療用麻薬が適切に使用されているかどうかを見るには、適正使用量指標(AOM)と呼ばれる指標が役立ちます。これは末期がん患者の80%が人生最後の1年間に平均90日間、1人1日あたりモルヒネ換算で75 mgのオピオイド鎮痛剤を必要とするという仮定に基づいて、末期がん患者の疼痛緩和に必要なオピオイド鎮痛剤のモルヒネ換算投与量を1人あたりmgで示した指標で、世界的にも受け入れられています。WHOは各国の保健当局にオピオイドの適正使用量を計算する標準的な方法として推奨しています。
このAOMを比較した研究によると、米国とカナダでは、10年のオピオイド消費の適切性はそれぞれ230%と313%であり、かなり過剰処方だったことがわかります(注11)。日本の場合、AOMは73.8~78.2%と適正供給量100%を下回っており、やはり適切に使用されていないことがわかります(注12)。
医療者側にも根強い誤解
医療用麻薬の使用が進まない理由には、患者さん側だけでなく、医療者側の誤解も大きいように思います。医療者自身が依然として「麻薬を使うと、寿命が縮まり、死期が早まる」と考えているのです。WHO 方式がん疼痛治療が普及する以前は、日本の医療者が「痛みに対してオピオイドを定期的に投与する」ことは多くありませんでした。がんの疼痛に対して、「痛みが耐えられなくなってから」、全身状態の悪化している死期が近い患者さんに「いよいよモルヒネの注射」を行うことが多かったのです。それが「モルヒネは死を早める」という印象を一般の人たちに与えたのは最初に紹介したとおりです。そのような誤解は医療従事者にも大きな影響を与えていると考えられます。
こうした状況を改善するため、07年に策定された「がん対策推進基本計画」では「すべてのがん診療に携わる医師が緩和ケアについての基本的な知識を習得する」が目標に掲げられました。さらにその目標の実現のために、厚労省と関係学会によって、08年以降、がん診療に携わる医師を対象に研修会が実施されています。それでも医療用麻薬の使用が進んでいないのが現状と言えます。
プライマリーケア医、在宅医を対象に教育を
しかし、WHO方式がん疼痛治療法に基づき、痛みの強さに応じて医療用麻薬を適正に投与すれば、患者の生命予後に悪影響を与えないことは複数の研究で示されています(注13、14)。日本の研究(注1、13)で、緩和ケア病棟の終末期がん患者209人を対象に、終末期に投与された医療用麻薬の量と入院から死亡までの生存期間との関係を検討した結果がありますが、医療用麻薬の投与量は生命予後に影響しなかったと結論づけています。また米国の研究(注14)は、がん以外の患者も含めたデータでも、モルヒネ投与量は生存期間に影響しなかったとしています。
医療用麻薬は適正に使用すれば、がんの痛みを和らげることができ、がん患者さんのQOL(クオリティー・オブ・ライフ)を高めることのできる大切な薬剤です。
先に紹介したAOMを比較した研究では、日本で医療用麻薬の適正使用を進めるにはプライマリーケア医(かかりつけ医)や在宅医による医療用麻薬の処方促進が必要、と最後に考察しています。
がん専門医に対する研修プログラムは20年近く実施されてきましたが、重要なのは、プライマリーケア医ら、がん専門医以外の医師を対象とした研修でしょう。緩和ケアをより普及させるためには今後、プライマリーケア医、在宅医を対象に含めた教育プログラムを策定するなどの施策が必要だと思います。
参考文献
1.Morita T, Miyashita M, Shibagaki M, Hirai K, Ashiya T, Ishihara T, et al. Knowledge and beliefs about end-of-life care and the effects of specialized palliative care: a population-based survey in Japan. J Pain Symptom Manage. 2006;31(4):306-16.
2.Morita T, Tsunoda J, Inoue S, Chihara S. Concerns of Japanese hospice inpatients about morphine therapy as a factor in pain management: a pilot study. J Palliat Care. 2000;16(4):54-8.
3.世界保健機関編武田文和訳. がんの痛みからの解放−WHO方式がん疼痛治療法−第2版. 金原出版株式会社. 1996;3-39.
4.厚生労働省医薬局監視指導・麻薬対策課. 医療用麻薬適正使用ガイダンス 〈令和6年〉. 2024.
6.Organization WH. WHO Guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents. 7.がん研究振興財団(公)医療用麻薬消費量.2024;がんの統計.
8.がん研究振興財団(公)医療用麻薬消費量.2007;がんの統計
9.Humphreys K, Shover CL, Andrews CM, Bohnert ASB, Brandeau ML, Caulkins JP, et al. Responding to the opioid crisis in North America and beyond: recommendations of the Stanford-Lancet Commission. Lancet. 2022;399(10324):555-604.
10.CDC. Provisional Drug Overdose Death Counts.
11.Duthey B, Scholten W. Adequacy of opioid analgesic consumption at country, global, and regional levels in 2010, its relationship with development level, and changes compared with 2006. J Pain Symptom Manage. 2014;47(2):283-97.
12.Azuma K, Abe H, Hozumi J, Inoue R, Konishi M, Tsuchida R, et al. Prefectural Adequacy of Opioid Availability for Cancer Pain and Its Determinants in Japan: A Preliminary Study. Jma j. 2020;3(4):340-6.
13.Morita T, Tsunoda J, Inoue S, Chihara S. Effects of high dose opioids and sedatives on survival in terminally ill cancer patients. J Pain Symptom Manage. 2001;21(4):282-9.
14.Portenoy RK, Sibirceva U, Smout R, Horn S, Connor S, Blum RH, et al. Opioid use and survival at the end of life: a survey of a hospice population. J Pain Symptom Manage. 2006;32(6):532-40.
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勝俣範之
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。