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「バランスのよい食事」が糖質疲労を招き、体をむしばむ 実は「バランスの悪い食事」だった……
2024年9月22日
たんぱく質と脂質、そして炭水化物の「3大栄養素」をどのような比率で摂取すると「栄養バランスのよい食事」となるでしょうか?
厚生労働省や日本糖尿病学会は「理想的」「バランスがよい」とする摂取比率を定めています。しかし、糖尿病専門医の山田悟医師は「その『バランスがよい』とされている食事をとり続けると、(多くの人にとって)体に悪い」と警鐘を鳴らします。日本で「バランスがよい」とされる栄養比率が決まった背景には、ある“からくり”があり、それゆえの大きな“落とし穴”があるからなのです。
「バランスのよい食事」が体をむしばむ理由を、山田医師が教えてくれました。【聞き手・倉岡一樹】
あまりにもずさんな「理想的なPFCバランス」
「PFCバランス」という言葉をご存じですか。エネルギー産生栄養素の「Protein(たんぱく質)」と「Fat(脂質)」、「Carbohydrate(炭水化物)」の頭文字を取ったもので、その摂取比率を指します。
ただ、日本で推奨されている「理想的なPFCバランス」は大きな問題をはらんでいます。
厚生労働省の「食事摂取基準」(2020年版)では、炭水化物50~65%▽脂質20~30%▽たんぱく質13~20%――を「理想的な三大栄養素の摂取比率」と記載しています。日本糖尿病学会の診療ガイドライン(19年版、注1)もまた、炭水化物の摂取比率を50~60%と設定し、脂質制限(できれば脂質摂取比率は25%以下)も推奨して健常者と同等の「バランスのよさ」としており、「万人にとって健康を増進する食事」と捉えています。
しかし、この比率では糖質(炭水化物)があまりに多く、糖質疲労を招きやすいため、体によくありません。しかも、この食事摂取基準で「理想的な摂取比率」を決められた理由が、極めて不適切なのです。
最初に設定されたのは、たんぱく質の摂取比率です。たんぱく質は「アミノ酸」という物質が結合してできたものです。アミノ酸の中には、体内で合成できるものとできないものがあり、できないものは食事で摂取する必要があります。「必須アミノ酸」といい、不足しないように下限を13%としました。
一方、「たんぱく質を摂取しすぎると腎臓を傷める可能性がある」とされていたため、20%が上限とされました。ところが、この20%という数字に根拠はありません。
13年に発表された、観察研究を中心としたメタ解析(複数の研究の結果についての統合解析)(注2)の中で、「たんぱく質の比率が20~23%を超える食事の潜在的な有害性は検証されるべき課題として残っている」としていました。しかし、18年に発表されたシステマチックレビュー(個別の試験結果を複数まとめた評価)(注3)では「たんぱく質の比率が35%までは腎機能を低下させることはないだろう」と結論づけているのです。
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この流れですと、新しい研究結果(18年)を基に「35%まで摂取しても問題がない」と考えるのが普通だと思います。しかし、なぜか、「食事摂取基準」は13年のメタ解析を根拠に上限を20%としています。この考え方を、私は理解することができません。
ちなみにたんぱく質の摂取比率が35%というと、ボディービルダーのように24時間たんぱく質を食べることを考えている人でもなかなか到達しないレベルの摂取です。
「脂質もきっと控えた方がいいよね」
次に定められたのが脂質の摂取比率です。脂質にも、私たちの体内では合成できない「必須脂肪酸」が不足しないよう、まず下限を20%としています。
一方、上限は「確定的ではないものの、脂質摂取が多いと動脈硬化症に寄与するのではないかとの懸念があり、特に動脈硬化症への寄与が強く疑われる飽和脂肪酸(肉などに多く含まれる動物性の脂)の摂取比率を7%以下に抑えることを考慮すると、脂質全体の上限もおのずと30%で決定される」としています。
しかし、飽和脂肪酸を7%以下に抑える目的や根拠はありません。「飽和脂肪酸の上限を7%にすることでメリットがあった」とする研究や論文は存在せず、「日本人の平均値(中央値)が7%だから、それを上限にする」としただけです。中央値を上限にしなければならない理由などないのです。
本来は、臨床研究で「飽和脂肪酸の摂取量を7%以下にすることで、それを超えている人と比較してメリットがあった」と証明されて初めて制限をかけるべきなのですが、「きっと控えた方がいいよね。データがないから上限の設定法もよく分からないけれど、日本人の半分くらいが守れているのだからそれを上限にしておこう」と言っているだけなのです。
私は日本人に当てはまらないと考えていますが、「飽和脂肪酸を制限しなければ、動脈硬化症が進んでしまう」との仮説が世界的には存在します。飽和脂肪酸の摂取量が多い国や地域で心臓病の発症率や死亡率が高くなっていたとの相関関係を示す論文が1970年に発表されているのです(注4)。しかし、そこに因果関係があるかどうかは、実際に制限をかけてメリットがあったという証明が必要です。
この点については、20年の時点で、米国心臓学会誌「ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・カレッジ・オブ・カルディオロジー」で「飽和脂肪酸を控えるべきだという勧告は、それに反する証拠が山のようにあるにもかかわらず維持されている。もう一度考え直すべきだ」との最先端解説論文(State-of-the-art review)が掲載されています(注5)。
また、同じ20年に米国臨床栄養学雑誌「ジ・アメリカン・ジャーナル・オブ・クリニカル・ニュートリション」で「飽和脂肪酸を控えるべきだ」との論文(注6)と、「控えるべきではない」とする論文(注7)が「ディベート論文」形式で掲載されたのですが、そのまとめでは「飽和脂肪酸の摂取制限が心血管疾患を抑制できるという点で、意見の一致はなかった」と書かれています(注8)。
「飽和脂肪酸の摂取を減らすことで動脈硬化症を予防できるのではないか」とする仮説が存在する、もしくは存在していたことは確かなのですが、まったく証明されていません。飽和脂肪酸を制限すべきか否か、世界的には定まっていないのです。
日本動脈硬化学会は「飽和脂肪酸の制限は悪玉コレステロールを減らし、そのことで動脈硬化症を予防できるだろう」としています。確かに飽和脂肪酸を1%減らして不飽和脂肪酸や炭水化物に置き替えると、エネルギー1%当たりで悪玉コレステロールが1~2㎎/dL下がることが分かっています(注9)。
しかし、数字の変化は微々たるもので、徹底的に頑張っても悪玉コレステロールはほとんど下がりません。それくらいの変化であればくるみ(注10)やナッツ(注11)、野菜(注12)、キノコ(注13)、大豆(注14)を多く食べても減らすことができます。あるいは多量に摂取している果糖を制限することでも減らせます(注15)。
制限をかけるべきは、炭水化物
飽和脂肪酸を減らすことでメリットを得られるか否かについて、日本人では研究が行われていないため、因果関係は確認できません。ただ、日本人で飽和脂肪酸の摂取量と心臓病、脳卒中の相関関係をみた研究は存在します。
その研究では、心臓病に関しては極めて微妙なラインですが、「食べている人の方が、動脈硬化症が増えている」といえます。ところが、脳卒中は顕著に少なくなっているのですね。ですので、脳卒中と心臓病の両者を「動脈硬化症」と捉えると、飽和脂肪酸を多く摂取している人の方が、動脈硬化症が少ないとの結論になります(注16)。
そう考えると、「日本人が飽和脂肪酸を減らすことに安全性はあるのか」との疑問が生じます。「飽和脂肪酸を7%以下に制限する」という考え方は、単にメリットをもたらすという証拠がないというだけではなく、そもそも安全性が担保されていないのです。
しかも、この根拠のない飽和脂肪酸の上限「7%」をもとに脂質の上限を「30%」としているため、砂上の楼閣をいくつも積み重ねている状況です。例えば、オリーブオイルを増やす食事にすると、脂質全体の比率は上げますが、飽和脂肪酸の摂取比率は上げず、しかもエネルギー摂取を上げることとなれば、その分飽和脂肪酸の比率は落ちてしまうため、理論的にも破綻しています。
ちなみに、脂質のエネルギー比率を20%に制限する価値を検証した5万人規模の試験「ウィメンズ・ヘルス・イニシアティブ」では、全体でみると、心臓病、脳卒中ともに制限グループと非制限グループとで差異はなかったのですが、もともと心臓病の既往のある人、つまり、動脈硬化症の再発予防が最も必要な人に限ると、制限グループの方が、26%も再発率が上昇していました(注17)。
さらに、その後もフォローアップを続けると、心臓病の既往のある人は、フォローアップ期間中でも、制限グループ(フォローアップ期間中の脂質摂取比率の平均値26.8%)の方が、非制限グループ(フォローアップ期間中の脂質摂取比率の平均値35.2%)より61%も心臓病の再発率が上昇していたのです(注18)。
飽和脂肪酸だけでなく、そもそも脂質を30%以下に制限するという概念も、単にメリットをもたらすという証拠がないだけでなく、安全性も担保されていません。
そして、最後に定められたのが炭水化物(糖質)の摂取比率です。100%からたんぱく質と脂質の摂取比率を引き算して50~65%としています。その理由がまた脆弱(ぜいじゃく)で、「炭水化物の摂取が過剰で問題になるのは糖尿病患者だけであろうから、100%-たんぱく質-脂質で決める」との記載があるだけです。
時代錯誤…… 70年前の幻影を引きずる「正しい栄養バランス」
しかし、炭水化物の摂取が食後高血糖を引き起こすのは、糖尿病患者だけではありません。空腹時血糖値がすでに高いと健康診断で指摘されている、いわゆる糖尿病予備軍や、糖質疲労を感じていて食後高血糖が疑われる人も量を控えめにすべきです。食後高血糖が助長されると「メタボリック・ドミノ」(糖質摂取過多に端を発する病の連鎖)が倒れ、次々と病が襲ってくるからです。
しかも、日本人を含む東アジア系の人種はインスリン分泌能力がもともと弱く、量が出たとしても分泌が遅いため、肥満になる前に血糖が上昇してしまう人が多いです。
多くの日本人にとって、「たんぱく質と脂質を先に決めて、残りは全て炭水化物でいい」との考え方は当てはまりません。本来制限をかけるべきはたんぱく質と脂質ではなく、炭水化物、正確には炭水化物から食物繊維を除いた糖質なのです。
この設定の理由から、「バランスのよい食事」なるものが万人にとって健康を保証しないことをお分かりいただけるかと思います。食後高血糖をきたす人にとっては、むしろ「バランスが悪い食事」です。逆に、日本人なら誰しも、糖質の量を控えて損はないといえるでしょう。
欧米では脂質の比率が30%だと、完全な低脂肪食となります。日本人は「脂質=悪」の考え方が浸透しており、脂の食べ方が下手です。この意識を払拭しなければ、糖質依存から抜け出せず、耐糖能異常者(空腹時血糖値が正常の値よりも高く、食後の血糖値も高くなる状態の人)は減りません。「しっかりと脂を食べていい、食べるべきだ」との意識が根付くことで、よい方向に変わっていくのだと思います。
「正しい栄養バランス」として広く認識され、一般に浸透しているこのPFCバランスの背景にあるのは、「糖尿病患者が少なかった昭和30年代の栄養素比率が日本人にとって最もよいのだろう」という、ある種の思い込みだと思います。それに近づけられるように理論をこねくり回しているだけのように見えます。
しかし、昭和30年代といえば戦後ほどない貧困の時代です。漫画「巨人の星」で例えるなら、当時の食生活は主人公の「星飛雄馬」や両親がおらず兄弟が多い「左門豊作」のような貧しい家庭が多く、おかずをたくさん食べられていたわけではありません。
私は昭和45年の生まれですが、子どもの頃は太っていると「健康優良児」と言われていました。昭和50年ごろまでは、日本全体が貧困のイメージから抜け切れておらず、「痩せぎす」や「羸痩(るいそう)」が問題になっていた時代です。
ところが、著しい経済成長を経た昭和50年代半ば以降、肥満が問題になっていったのですね。現代の人たちは、金持ちの「花形満」のように豊かな食生活を送れるようになったわけです。
生活水準が上がって食事のボリュームは増えているのに、栄養素の比率は昭和30年代のままですから、影響がないわけがありません。つまり、考え方をアップデートできず、現代に無理やり当てはめようとしているため、ひずみがおきているのです。その結果、糖質疲労の人や糖尿病患者が増えてしまったのです。
「国民健康・栄養調査」の落とし穴
厚生労働省の「国民健康・栄養調査」では、1日当たりのエネルギー摂取量が昭和20年代から現代まで2000kcal前後でほぼ変わっておらず、むしろわずかに減っています(95年で全体2042kcal、男性2270kcal、女性1835kcal)(注19)。
しかし、そんなことはありえません。庶民が持っている感覚とはかけ離れており、当時の人たちが「たっぷり食べられる日はこのくらい食べている」などと正確に申告していなかった可能性があります。
一方、現代の人については過小申告の可能性があります。そして、その評価の程度が人によって異なり、多くの場合、意図的なものでもありません。つまり、食生活のアンケート調査は限界があります。
私が医師になった30年ほど前は、この「国民健康・栄養調査」の調査結果に基づいて、「日本人は2000kcalほど食べるのが普通で、糖尿病患者は腹八分目の1600kcalくらいに抑えればいい」との考え方が支配的でした。それゆえ、当時の私も「腹八分目の食事は誰にでも有効で、カロリー制限食は糖尿病患者にとっては治療食だが、そのほかの人にとっては健康増進食だ」と教わり、そう信じていました。
ただ、食事記録を日々一生懸命つけても、摂取しているエネルギー量の80%ほどしか把握できません(注20)。どのくらいのエネルギーを摂取しているか、食事の内容からは分からないのです。
一方、エネルギー消費は「二重標識水法」という測定方法で正確に測ることができます。それによると、現代の日本人は男性で2600kcalほど、女性で2000kcalほどです。体重が一定の方であれば、そのエネルギー量がまさに摂取しているエネルギー量ということになります。
さらに、米を安定して生産できるようになった昭和30年代後半から糖尿病患者が激増します。それゆえ、「昭和30年代はきちんとエネルギーをとれていて糖尿病の患者も少なかったから、その時の栄養素比率が健康的にいい」とのストーリーは学術的に成立しません。
「バランスのよい食事」なるものが、エビデンスのない中で「日本人の平均的な食事をベースとして、健康的であるとしておけば無難だろう」となんとなく決められた代物だとお分かりいただけたかと思います。むしろ、糖質疲労や病を引き起こす原因の一つであると言っても過言ではないでしょう。
お弁当の中身を見ていただくと一目瞭然です。ご飯が50~60%を占め、おかずも周りにパン粉がついた揚げ物が定番ですし、甘みのあるソースもかかっています。野菜の煮物などにもみりんが使われますし、糖質の依存度がその分高くなります。これでは食後高血糖をきたしている人には完全に「有害」といえます。
最新版「食事摂取基準」の案も……
食事摂取基準の25年版の案が発表されているのですが、やはりたんぱく質摂取比率の上限は20%のままでした。今春、世界で最も権威がある臨床医学雑誌「ニュー・イングランド・ジャーナル」に「3歳以上は、たんぱく質の摂取比率は35%までいいだろう」とした論文(注21)が掲載されたにもかかわらず、です。
脂質の上限も30%で、その理由は飽和脂肪酸を7%以下にするため、と根拠のない話が踏襲されています。糖質(炭水化物)も50~65%で変化無しです。結局、基本的な考え方は20年版から何一つ変わっていないのです。
ちなみに食事摂取基準をよく読むと、「(摂取比率に)きちんとした根拠はない」と明記されています。ただ、数字を独り歩きさせて「いいバランス」ということにしてしまっているのです。
25年版の案には「卵はこの量を超えたら食べ過ぎ」とか「コレステロールのとり過ぎ」とは「設定できない」とも記されています。「だからといって無限大に食べていいと勘違いしてはならない」と書かれているのですが、卵を1日100個も食べる人などいませんから、「気にしないで普通に食べてくださいね」でいいはずなのになぜそのような言い方になるのかが分かりません。
そもそも、万人にとって十把一からげに「バランスのよい食事」など存在するはずがありません。
人によって糖質や脂質の処理能力は違うわけですから。「原発性高カイロミクロン血症」という脂質の処理に難がある患者さんたちは脂質を控えた方が安全です。糖質の処理能力が弱い人(糖尿病患者や糖質疲労の人)は糖質を控えた方が安全です。何らかの代謝障害がある人と健常者の食事を同じ土俵に乗せて議論すること自体が無理な話です。
一方で、完全なる健常者にPFCバランスの制限を付けるべきなのでしょうか? 科学的根拠もなく制限をかける。それは、健常者のための制限というよりも、その制限をかける人にとって許容範囲を広げることが怖いというのが理由なのかもしれません。
私が医師になって2年目、健康診断のアルバイトに行った時のことです。
胆のうにポリープが見つかった方がいました。大きさは5㎜ほどです。胆のうのポリープは大体が「脂のカス」で、1㎝を超えていなければ基本的に「来年再検査してください」で済むのですが、「大丈夫ですよ。1年間放っておいてよいですよ」と告げるのが本当に怖く、勇気が要りました。「万が一、何かあったら……」と頭によぎり、「少し心配なので、3カ月後に再検査を受けてください」と言った方がいいのではないかと考えてしまうのです。
にじむ「責任逃れ」
「大丈夫です。制限は不要です」との言葉は、それを口にする医療従事者にとっては知識と勇気、そして経験が必要で、かつ不安なものです。一方、「控えておいてください。十分な根拠はありませんが、その方が安全です」との言葉は、健診の受診者や患者さんにとってではなく、その言葉を口にする医療従事者にとって安全・安心なものなのです。つまり、責任から逃れるために、範囲を狭めたり、曖昧な書き方にしたりしているのだと思います。
日本で最も信頼できるガイドラインでさえ、そんな状況です。
本来、専門医は、自分が専門とする領域のガイドラインにどんな「穴」があるのか、どんなエビデンスが足りていないのかを見極めて、埋めていかねばなりません。それゆえ研究を重ねなければならないのです。
山田悟医師=宮間俊樹撮影
専門領域のガイドラインを金科玉条のように扱って、「こういうガイドラインの記述があるから、あなたはこうしなくてはなりません」と振りかざすのではなく、「こういうガイドラインの記述はあるけれど、この記述のエビデンスは不足しているから、あなたにはこういう選択肢もありますよ」と患者さんに寄り添うべきなのです。そして、「自分の研究ではこういうデータが出ているから、ガイドラインは変えなければならない」とガイドラインの上を行かなければなりません。
私は研修医時代に「まずガイドラインや教科書に従え。ただ、教科書やガイドラインの欠点は、常に5~6年前の話しか載っていないことだ」と教えられました。最新の論文を常に読み込んでいなくてはいけないということです。その一方、「最新論文を無条件で信じてもいけない」とも。
論文を読む際には「データは信じていい。しかし、著者たちの解釈は間違っているかもしれないから疑え」と学びました。同じ事実でも切り取り方で違う景色に見えるからです。「著者の解釈がそういうものだと認識した上で、自分だったらそのデータをどう読むか考えなさい」。指導医の言葉は、今も医師としての私を支えてくれています。
3大栄養素の摂取比率は、世界でどう捉えられているのでしょうか。
欧米でのガイドラインでは、「万人にとってベストの栄養素比率は存在しない」と明記されています。米国糖尿病学会は06年に「根拠が不足していて推奨できない」とした糖質制限食を、19年に「もっとも血糖改善に根拠を示した食事法だ」と記載しています(注22)。根拠が不足する治療法は推奨しないが、根拠がそろえば推奨する。これは、本当に理解しやすい態度です。
そして、その米国糖尿病学会が定めた糖質制限食の定義が、1日当たり糖質130g以下で(注23)、ロカボのルールはこれに準じています。ちなみにロカボ(エネルギーやたんぱく質や脂質はおなかいっぱいになることで制御し、糖質だけを緩やかに制限する食事法)でのPFCバランスは、たんぱく質19~25%▽脂質37~45%▽炭水化物30~35%――程度になっていました(注24)。
日本人が「体にいい栄養バランス」と妄信しがちな「炭水化物50~65%、脂質20~30%、たんぱく質13~20%」の比率は、根拠が不足しています。そして、実際の現在の日本人の糖質摂取量は、平均的に1日当たり240~300g、1食当たり80~100gほど、炭水化物比率で50~55%程度です(注25)。
かつて、米国で肥満や糖尿病が現代ほど増えていなかった頃の炭水化物比率が45%程度でした。それゆえ、世界的に見ても、そしてとりわけ糖質疲労をきたしやすい日本人にとっても、糖質過多といえるのではないでしょうか(注26)。
糖質疲労を招き、「メタボリック・ドミノ」が倒れる前に、糖質摂取量を適正化(例えば1食当たり40g以内)して、日本の「常識」となっている糖質依存型の「バランスのよい食事」から抜け出しましょう。
医学は科学ですから、エビデンスがものを言います。健康を維持するためには、「常識」を疑うことも大切なのです。
【参考文献】
注1 日本糖尿病学会が2024年5月に刊行した診療ガイドライン2024年版では、「炭水化物(糖質)制限は血糖管理に有効」とした一方で、「エネルギー制限(カロリー制限)はBMI(体格指数)25以下の人においてのみ推奨される」旨、内容が変更されました。少しずつではありますが、日本糖尿病学会が科学的根拠に基づいてガイドラインを更新していることは喜ばしいです。
注2 Food Nutr Res 2013; 57: 21245
注3 Adv Nutr 2018; 9: 404-418
注4 Circulation 1970; 41(4 Suppl): I-162-I-183
注5 J Am Coll Cardiol 2020; 76: 844-857
注6 Am J Clin Nutr 2020; 112: 13-18
注7 Am J Clin Nutr 2020; 112: 19-24
注8 Am J Clin Nutr 2020; 112: 25-26
注9 WHO report 2016: https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/246104/9789241565349-eng.pdf?sequence=1
注10 Am J Clin Nutr 2018; 108: 174-187
注11 Am J Clin Nutr 2020; 111: 1178-1189
注12 JAMA Netw Open 2023; 6: e2344457
注13 Clin Nutr 2024; 43: 649-659
注14 Eur J Nutr 2018; 57: 499-511
注15 J Nutr 2013; 143: 1391-1398
注16 Eur Heart J 2013; 34: 1225-1232
注17 JAMA 2006; 295: 655-666
注18 Am J Clin Nutr 2017; 106: 35-43
注20 「食事摂取基準」2020年版 68ページ図12より
注21 N Engl J Med 2024; 390: 1299-1310
注22 Diabetes Care 2006; 29: 2140-2157、Diabetes Care 2019; 42: 731-754
注23 Diabetes Care 2006; 29: 2140-2157
注24 Intern Med 2014; 53: 13-19、 Nutrients 2024; 16: 1658
注25 J Epidemiol 2013; 23:178-186
注26 Diabetes 1971; 20: 633-634
特記のない写真はゲッティ
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山田悟
北里大学北里研究所病院副院長、糖尿病センター長
1970年生まれ。94年慶応義塾大医学部卒業。同大内科学教室腎臓内分泌代謝研究室などを経て2002年に北里研究所病院へ転じ、07年から糖尿病センター長、21年から同院副院長を務める。我慢ばかりを強いるカロリー制限中心の食事療法で、向き合う糖尿病患者の生活の質が低下している現実と直面した。そんな中、食事をおいしく、おなかいっぱい楽しみながら血糖値を穏やかに保ち、肥満者の減量効果にも優れる、緩やかな糖質制限食と出合う。治療に積極的に取り入れるとともに、「ロカボ」と名付けて普及に努め、2013年に「食・楽・健康協会」を設立した。日本糖尿病学会糖尿病専門医。日本糖尿病学会指導医など。主な著書に「カロリー制限の大罪」「糖質制限の真実」「奇跡の美食レストラン」など。慶応義塾大医学部非常勤講師、北里大学薬学部非常勤講師、星薬科大学非常勤講師。