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毎日新聞 2023/1/29 東京朝刊 有料記事 2187文字
<気になる>
1日の長さのわずかなずれを調整するため、1日を1秒延ばす「うるう秒」が、2035年までに廃止(はいし)されることが決まりました。約半世紀にわたって続いてきましたが、近年では負の側面が注目され、廃止を求める声が強まっていました。うるう秒を加えることでどんな影響があるのでしょうか。うるう秒の仕組みや歴史をひもときながら解説します。
◆これまで必要だった理由は?
地球自転に合わせ時間を調整
1秒の定義は変わってきた
なるほドリ うるう秒ってなに?
記者 世界の標準時(ひょうじゅんじ)として使われる原子時計の時間(原子時(げんしじ))と、地球の自転(じてん)に基づく時間(天文時(てんもんじ))には「ずれ」が生じます。その差が0・9秒を超えないよう、1秒を挿入(そうにゅう)したり削除(さくじょ)したりすることを、うるう秒と呼びます。日本では、元日(がんじつ)か7月1日の午前8時59分59秒と午前9時00分00秒の間に、「午前8時59分60秒」を挿入します。この調整は1972年に始まり、計27回挿入されました。直近では2017年の元日にありました。
Q どうしてずれが起きるの?
A 時の基準(きじゅん)になる1秒の長さは、もともと地球の自転や公転(こうてん)に基づいていました。自転は24時間(8万6400秒)で1回転するので「自転の8万6400分の1」などと決めました。しかし自転や公転は必ずしも一定ではありません。
より正確に1秒の長さを決めるため67年、セシウム原子の振動(しんどう)を基にした原子時を採用することにしました。原子時は、数十万~数千万年に1秒しかずれないほど非常に高精度です。これに伴い、原子時と天文時のずれを修正する必要が生じたのです。
地球の歴史を振り返ると、自転の速度はだんだん遅くなっています。月の引力で潮の満ち引きが起こり、海水と海底の摩擦(まさつ)で少しずつ自転にブレーキがかかるためです。恐竜(きょうりゅう)が生息(せいそく)していた7000万年前には、1日の長さは約23時間半しかありませんでした。これまで挿入されたうるう秒は、すべて自転の遅れを調整するものでした。
Q じゃあ大事なものなんだね。
A ところが、時刻の管理などを担う国際度量衡総会(こくさいどりょうこうそうかい)は22年11月、35年までにうるう秒を廃止することを決めました。「衛星ナビゲーションシステムや通信、エネルギー伝送(でんそう)など重要なデジタルインフラに深刻な誤動作(ごどうさ)をもたらすリスクがある」と説明しています。
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米IT大手メタ(旧フェイスブック)が「時間に依存(いそん)するソフトウエアに壊滅的(かいめつてき)な影響を与える恐れがある」と表明するなど、IT業界を中心に廃止を求める声が強まっていました。日本政府も同様の理由で廃止に賛成していました。
Q そんなに影響があるの?
A うるう秒は、もともと航海で重要な役割を担っていました。天体の位置を計算することで、目印のない海の上でも、船の位置を正確に把握できました。しかし、現在では全地球測位(ぜんちきゅうそくい)システム(GPS)が整備され、うるう秒の存在意義は薄れています。
一方で、時刻はいま、ネットワークやコンピューターが同期するための重要な基盤(きばん)になっていますが、うるう秒は不規則であることが大きな問題です。
なじみのある「うるう年」はほぼ4年に1度、1日(2月29日)を挿入する規則性があり、コンピューターシステムで事前に対応できます。しかしうるう秒は、自転速度を監視(かんし)しながら国際機関が決めるため、半年前にならないと挿入されるかどうかがわかりません。そのたびに人の手で膨大(ぼうだい)なシステムを修正する必要があり、トラブルのもとになっているのです。
◆なぜやめてしまうの?
うるう秒を巡る近年のトラブル
規則性欠きシステム混乱起因
Q どんなことが起こるの?
A 12年にうるう秒を挿入したときには、豪カンタス航空のコンピューターシステムに障害が起こり、発着便で最大2時間の遅れが出ました。15年にもツイッターなどのSNS(ネット交流サービス)がつながりにくい状態が続きました。
さらに近年では新たな問題があります。自転速度が逆に速まっているのです。20年には1日の最短記録を何度も更新しました。地球内部の核(かく)の運動の変化や、地球規模での水(海水、陸水(りくすい)、氷河(ひょうが))の分布の変化などが要因とされます。
これまでとは逆に、うるう秒で1秒を削除することが必要になるかもしれませんが、これまでこうした経験はありません。もし1秒を差し引いた場合、大規模な障害が起こるリスクを危ぶむ声もあります。
Q これからはどうなるの?
A 国際度量衡総会は、今後100年間は時間を調整せず、35年までに新たな調整の仕組みを検討するとしています。「1分」や「1時間」の単位で時刻を修正する案も出ていますが、まだ決まっていません。
半世紀にわたって私たちは地球の自転に合わせて生活してきましたが、その暮らしとは決別(けつべつ)してITのシステム管理を優先する時代になったと言えそうですね。<グラフィック 樋口航一>
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