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毎日新聞 2023/1/31 06:00(最終更新 1/31 06:00) 有料記事 2151文字
「ニューノーマル」に移行した後のベトナム。1日約20万人という新型コロナウイルスの感染報告にも、街の人々に気にした様子はなかったという=ハノイ市内で2022年3月20日、正林督章さん撮影
新型コロナウイルス対応の転換点となる日が決まりました。海外では既に平時対応に戻している国も多く、これまでの日本の対応が「異質」だったとする見方もあります。国内初確認の記者会見から出席していた身としても「やっと」という思いはあるのですが、世間の受け止め方は割れています。果たして「正解」はどこにあるのでしょう?【くらし医療部・横田愛】
1209日――。日本で初めて新型コロナウイルス患者が確認された2020年1月15日から、法律上の非常時対応が終わるまでの日数だ。
政府は27日、新型コロナの感染症法上の位置づけを季節性インフルエンザと同等の「5類」に引き下げる日を「5月8日」と決定した。
テレビニュースでは、街角で「遅すぎる」「まだ早い」と語る人たちの姿が報じられた。毎日新聞の世論調査(21、22日に実施)でも、5類移行に「賛成」は46%、「反対」は41%。世の中の受け止め方は二分している。
すべての国が、それぞれのアプローチをしてきた新型コロナ対応。日本の歩みをどう捉えればいいのか。
「世界各国、だいたいコロナを受け入れている中で、日本はやっと『5類』の議論。海外から見るとかなり異質だが、それが悪いかと言えば、そうも言えない」
言葉の主は、厚生労働省で新型コロナ対応に当たってきた前健康局長の正林督章さん(60)。医師免許を持ち、21年9月に退官後、ベトナムに渡って現在は同国保健省で政策アドバイザーをしている。
ベトナムの旧正月休暇に合わせて今月、一時帰国した正林さんに会った。「現地のコロナ対策は?」と水を向けると、からっとした笑顔で「ほぼ何もしていない。みんな風邪だと思っている」との答えが返ってきた。
ベトナムが当初から緩い対応をしてきたわけではない。むしろロックダウン(都市封鎖)を繰り返すなど各国と比較しても厳格な対応で感染者数を抑え込み、初期には国際的に「新型コロナ対応の優等生」とも評価された。
ターニングポイントは21年9月。ファム・ミン・チン首相がそれまでの「ゼロコロナ」政策を転換し、「ニューノーマル(新しい日常)」に踏み出すと表明。規制を解除し、一気に「経済重視」にかじを切った。ロックダウンによる経済的打撃の大きさが背景にあったとされる。
厚生労働省を退官後、ベトナム保健省で政策アドバイザーを務める正林督章さん=東京都千代田区で2023年1月19日午前、横田愛撮影
ベトナムにおける感染のピークは、ニューノーマルに移行後、ちょうど正林さんが赴任した22年3月のことだった。
首都・ハノイ中心部にある保健省に出勤したところ、カウンターパートとなる国際協力局長をはじめ、職員は軒並み感染していて不在。着任1カ月ほどは、まともな仕事にならなかったそうだ。
「一番の驚きだった」と振り返るのが、そうした状況下でのベトナム人の受け止め方だ。当時も「今日は20万人」など新規感染者数の公表は続けられていたが、なすがままだった。「日本でずっとコロナ対策をやってきて、その関係の仕事をするものと思っていたが、まったくその必要がなかった」
爆発的な感染の広がりにも「人々は冷静で、徐々に検査や報告もしなくなり、ほぼウィズコロナが定着した」と語る。「医療逼迫(ひっぱく)の話も聞かない」とし、今もコロナ関連の仕事はなく、中央と地方の医療格差への対応などが中心だそうだ。
ベトナムからすると、日本の平常化に向けた議論は1年半以上遅れとなる。だが、緩和後の社会の体感も踏まえ、正林さんは「どの国の、何が正解かは分からない」と語る。
「健康や経済に対する意識は国によって異なり、国民性も違う」というのがその理由。「日本人の『健康寿命』が長年、世界最高峰であり続けているのは、健康に対する特別な意識の結果でもある。日本の慎重さを一概に批判することはできない」と言い切る。
話を聞いた後、日本とベトナムのコロナ対応の違いの大本を考えてみた。背景はさまざまあるだろうが、大きいのは高齢化率ではないだろうか。
世界銀行のまとめでは、21年時点の各国の総人口に占める65歳以上の割合は、日本はモナコに次ぐ世界2位で29・8%。ベトナムは8・8%だ(ちなみに米国は16・7%)。
日本では、直近の新型コロナ死者数の9割は70代以上だ。医療体制や制度など違いがあるとはいえ、高齢者が比較的少ない国では、重症化率や致死率は下がる可能性が高い。
ハノイ市内でシャッターが閉ざされたままの店。ロックダウンで経済が止まった傷痕は、今も街の各所で見られる=2022年3月9日、正林督章さん撮影
となれば、新型コロナという病気の像、人々が肌感覚として持つ「怖さ」も、まったく違ったものになり、行政や医療現場の危機感も変わるだろう。
日本に再び目を向けると、岸田文雄首相が5類移行は「この春」と表明した後、移行日が決まるまで1週間かかった。さらに実際の移行まで3カ月以上を費やし、地方自治体や医療界と調整を続けることになる。
正直、日本の歩みを「遅い」と嘆きながら取材することは少なくない。一方で、どの国よりも「高齢者を守る」ことに心を砕き、軟着陸を探らねばならないのも、この国だと感じている。
冒頭の世論調査では、50代以下は5類移行に「賛成」が多かったのに対し、60代以上は「反対」が上回った。年代による意識の差は、5月8日を境にさらに広がる可能性もはらむ。
他の国にはない、難しいハンドリングが必要な局面に入っていく。
<※2月1日のコラムは東京経済部の赤間清広記者が執筆します>