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ニトログリセリンとの併用は禁忌
勃起不全(ED)治療薬「バイアグラ」は発売当初、服用した心臓病の患者さんが急死する例が報告され、心臓病を持つ場合には注意が必要であるとされていました。心臓病があると、特殊な例においてバイアグラを服用すると危険なことは事実です。
心筋梗塞(こうそく)後や狭心症の患者さんが、ときどき無理な運動をしたり感情がたかぶったりして胸痛が起こる「狭心症発作」の場合です。狭心症の発作の時、よく使われる薬が「ニトログリセリン」です。ニトログリセリンは舌下(舌の下に薬を置き、口の粘膜から吸収させる)するとすぐに血中に入り、その血管拡張作用によって痛みが収まります。
しかし、バイアグラを服用してまもなく、狭心症の発作が起きた時にニトログリセリンを服用してしまうと、予想以上に血圧が下がることがあります。そのためニトログリセリンとバイアグラを併用する事は禁忌となっています。
少し自慢になりますが、このニトログリセリンとバイアグラの作用を科学的に証明したのは、実は私です。バイアグラの発売当時、アメリカに留学していた私は、そのメカニズムが知りたくてアメリカの研究所からバイアグラをいただき、大阪大学で研究をして論文にまとめました ( Ishikura FなどEffects of sildenafil citrate (Viagra) combined with nitrate on the heart. Circulation. 2000: 102;2516-21) 。そのため、当時の米国の友人は私を「ドクターバイアグラ」と呼んでいました。
従来の概念を覆す研究成果
その後、ニトログリセリンのほかのさまざまな降圧剤との併用についても検討が進みましたが、大きな問題はなかったようです。それでも多くの心臓病の患者さんは「バイアグラは危険な薬だ」と感じているかもしれません。最近、そのような概念を覆す研究が発表されました。
勃起不全(ED)治療薬「バイアグラ」=ファイザーのホームページより
スウェーデンのカロリンスカ研究所のMartin Holzmann氏らの報告によると、バイアグラを服用している慢性の虚血性心疾患の男性は、死亡や心筋梗塞のリスクが低下する可能性があるというのです(詳細は、Journal of the American College of Cardiology3月30日号に掲載されています)。
心筋梗塞や狭心症など動脈硬化によって起きる病気の前兆に、EDがあることはよく知られた事実です。バイアグラなどのPDE5阻害薬(海綿体に多く存在していて勃起に必要な物質を壊す酵素「PDE5」の働きを抑え、局所の血流を増やす薬)は、血圧を下げすぎる可能性があるので、あまり推奨されていませんでした。しかし、同氏が2017年に実施した研究では、心筋梗塞の既往歴がある男性でもバイアグラなどの服用は大きな問題はなく、むしろ寿命を延長し、新たな心筋梗塞や心不全の発症も防ぐ可能性のあることを示していました。
今回は1997~2013年の間のデータベースから、バイパスやカテーテル手術を受けた患者さんの中で、アルプロスタジル(陰茎への注射薬)またはPDE5阻害薬を使用していた人を平均5.8年間追跡調査しました。解析の結果、PDE5阻害薬を使用していた人の方が死亡全体のリスクは12%、心筋梗塞の発症リスクが19%、心不全の発症リスクが25%、心血管疾患による死亡リスクが17%、血行再建術を受けるリスクが31%、それぞれ低かったのです。さらに、PDE5阻害薬の使用頻度が高いほど死亡全体のリスクは低下していたようです。
バイアグラは心臓病の薬として開発された
このデータに関しては、識者から「PDE5阻害薬の使用者が、より健康で経済的余裕があった可能性も関係しているかもしれない」とのコメントも出ています。また、バイアグラはあくまでもED治療薬ですから、心臓病の治療に使うことはできません。
ここで指摘したいのは、バイアグラは当初、心臓病の薬として開発されたものだということです。つまり心臓には優しい薬といえます。しかし、あまりはっきりした効果がなかったために、心臓病薬としての開発は断念されました。ところが、妙なことに薬の治験(発売前のテスト期間)に関わった患者さんが、薬の回収を拒んだというのです。バイアグラを服用すると勃起機能が良くなったからです。
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「心臓病の薬としては無理でもEDの薬としては有効ではないか」と開発した製薬企業「ファイザー」は考えました。そして、世界的な大ヒット薬が生まれたのです。そのメカニズムを考えれば、心臓病には良い効果をもたらすのは当初から分かっていました。
ただし、最初に書きましたようにニトログリセリンなどの服用では思わぬ血圧低下を招きますから、絶対に併用しないでください。
特記のない写真はゲッティ
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石蔵文信
大阪大学招へい教授
いしくら・ふみのぶ 1955年京都生まれ。三重大学医学部卒業後、国立循環器病センター医師、大阪厚生年金病院内科医長、大阪警察病院循環器科医長、米国メイヨー・クリニック・リサーチフェロー、大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻准教授などを経て、2013年4月から17年3月まで大阪樟蔭女子大学教授、17年4月から大阪大学人間科学研究科未来共創センター招へい教授。循環器内科が専門だが、早くから心療内科の領域も手がけ、特に中高年のメンタルケア、うつ病治療に積極的に取り組む。01年には全国でも先駆けとなる「男性更年期外来」を大阪市内で開設、性機能障害の治療も専門的に行う(眼科イシクラクリニック)。夫の言動への不平や不満がストレスとなって妻の体に不調が生じる状態を「夫源病」と命名し、話題を呼ぶ。また60歳を過ぎて初めて包丁を持つ男性のための「男のええ加減料理」の提唱、自転車をこいで発電しエネルギー源とする可能性を探る「日本原始力発電所協会」の設立など、ジャンルを超えたユニークな活動で知られる。「妻の病気の9割は夫がつくる」「なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか エイリアン妻と共生するための15の戦略」など著書多数。