|
毎日新聞 2023/2/15 06:00(最終更新 2/15 06:00) 有料記事 1998文字
続々と発表される「経済効果」に関するリポート。しかし、その計算方法などはあまり知られていない=2023年2月13日午後、赤間清広撮影
恥ずかしながら、告白します。頻繁に記事を書いておきながら、実はその仕組みを深く調べないまま見過ごしてしまっているものも少なくありません。例えば、こんなニュースです。【経済部・赤間清広】
「新型コロナウイルス感染症の『5類』引き下げで1・4兆円」
「大河ドラマ『どうする家康』効果で393億円」
経済ニュースでよく見かける「経済効果」に関する記事。
ただ、素朴な疑問がある。
経済効果を一体、どのようにして計算しているのだろうか。
そもそも、経済効果は本当に正しいのだろうか。
これまで数多くの経済効果を試算してきた第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストを訪ねた。
経済効果の試算方法について解説してくれた第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミスト=東京都千代田区で2023年2月1日午後、赤間清広撮影
さっそく本題を切り出すと「もちろん根拠はありますよ」と熊野さん。「経済効果を計算するには代表的な手法があるんです」
経済は複雑だ。ある一つの商品ができあがるまでにも原材料の生産から加工、パッケージなど数多くの人が携わっている。
こうした入り組んだ構造をどうにか数値化できないか――。世界の経済学者は長年、この難題に挑み続けてきた。
1936(昭和11)年、大きな転機が訪れた。米国の経済学者、レオンチェフ博士が画期的な経済分析手法を発表した。
レオンチェフ博士が考えたのは、各産業や消費者との取引の流れを一つの表にまとめた「産業連関表」と呼ばれる仕組みだ。
これを使って計算すれば、なんと経済の波及効果が導き出せるという。
米国政府が検証した結果、産業連関表の有効性が確かめられた。いまでは世界に広がり、経済を分析・予測するのに欠かせないツールとなっている。レオンチェフ博士がその後、ノーベル経済学賞を受賞したのも当然だろう。
経済効果を計算する武器はこれだけではない。さまざまな経済現象を高度な数学的な手法を使って分析する「計量経済モデル」の研究も日進月歩で進んでいる。
こうした数多くの手法を組み合わせ、経済学者やシンクタンクはさまざまな「経済効果」をはじき出しているという。
経済効果の計算に根拠があることは分かった。
しかし、それが「本当に正しいのか」という、もう一つの疑問の答えとはならない。
熊野さんに話を向けると「同じテーマで分析しているにもかかわらず、計算した人によって出てくる数字が違うことも少なくないんです」と頭をかいた。
なぜ、そんなことになるのか。
最大の要因は、経済効果の計算に欠かせない「前提条件」の評価に違いが出やすいことにある。新型コロナウイルスの感染拡大当初のように、感染症の評価や今後の影響を予測しづらい局面ではなおさらだ。
「さまざまな経済的な現象を、どう理論的に組み立てて数値化できるか。それによって経済効果の精度が変わってきます。そこが我々分析者の勝負です」
問われるのはセンスと経験。さまざまな数式を駆使して答えを探す経済効果の分析もまた「職人技」の世界のようだ。
経済効果を計算しているのは、熊野さんのような民間の研究者だけではない。
新しい中長期財政試算が報告された経済財政諮問会議で発言する岸田文雄首相=首相官邸で2023年1月24日午後4時53分、竹内幹撮影
政府もまた、さまざまな経済効果、経済予測を発表している。
官公庁には産業連関表などを熟知した経済の専門家が多数、そろっている。そうにもかかわらず、政府試算には甘い見通しや過大評価ばかりが目につく。
代表的なのが、内閣府が半年に1度のペースで発表している中長期の財政試算だろう。
政府は毎年秋に大規模な補正予算を編成している。しかし、試算では補正予算を今後、編成しない前提になっている。経済成長の見通しもあまりに楽観的だ。
現実離れした前提条件になっているのに、政府はこれを根拠に、基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)を2025年度に黒字化させる財政健全化目標の達成は「可能だ」と繰り返している。
これでは「自らの都合のいい試算結果を導き出している」と批判されても仕方がない。
政府内にも後ろめたい思いはあるようだ。「25年度のPB黒字化ありきになっているからね。『試算が甘い』と言われても仕方がない」。ある経済官庁幹部は自虐交じりにこうつぶやいた。
甘い試算結果だけではない。最近は政府が実施した政策の効果を十分に分析しない「やりっぱなし」も増えてきた。
政府が20年、コロナ対策として国民に一律10万円を配った特別定額給付金がその典型だ。
さまざまな統計結果から配ったおカネの多くが消費されず、貯蓄に回ったと見られるが、当の政府から政策効果についての数字に基づいた客観的な説明はいまだない。
「エビデンス(根拠)に基づく政策を実施するためにも政策効果の検証が重要なんです」
熊野さんは「政策をブラックボックス化させてはいけない」と試算の重要性を訴える。
「経済」を数値化するため、経済学者は長年、試行錯誤を繰り返してきた。その歴史の重さを、政府は今こそかみ締めるべきだろう。
<※2月16日のコラムは学芸部の吉井理記記者が執筆します>