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毎日新聞 2023/2/16 06:00(最終更新 2/16 06:40) 有料記事 1301文字
統一教会の関係団体を中心に製作された映画「暗号名 黒猫を追え!」(1987年)のDVD(画像の一部を加工しています)
ある映画のDVDを手に入れました。世界平和統一家庭連合(旧統一教会。以下、統一教会)系とされる団体が音頭を取って作った作品です。タイトルは「暗号名 黒猫を追え!」。早春の一夜、おそるおそる鑑賞してみました。【東京学芸部・吉井理記】
映画は1987年に製作された。クレジットには「出版元・スパイ防止法制定促進国民会議」とある。
「スパイ防止法制定促進国民会議」とは何か? 答えを先に言えば、統一教会の教祖・文鮮明氏が設立した反共団体「国際勝共連合」が中心になり、79年に作ったとされる組織である。
当時は冷戦まっただ中。自民党右派と、彼らを支持する統一教会=勝共連合=は、スパイ防止法(当時の自民党案では機密情報を得ようとした者などを罰する内容だった)の制定を求める運動を繰り広げていた。ちなみに勝共連合と国民会議の本部所在地は同一。映画の製作スタッフには、90年代に統一教会の信者と報じられた人物もいる。
さて、映画の中身だ。
まず、お断りしておきたい。役者の演技は見事だ。少年時代にファンだった女優さんの往時の姿も拝見できて、これもうれしかった。
しかし、ストーリーはものすごい、の一言に尽きる。あぜんとさせられると言うべきか。
日本で暗躍する謎の大物スパイ「黒猫」を追う、という筋はタイトルからして想像がつく。問題は、主人公が外国のスパイを監視する警視庁の刑事なのはともかく、彼の大学ラクビー部時代の友人3人全員が他国のスパイであることだ。
詳細は省くが、3人のうちジャーナリストと平和運動家はソ連(映画では「B連邦」)のエージェント、残り1人はソ連と北朝鮮(映画では「北方共和国」)の二重スパイなのだ。
しかも、である。
ジャーナリストの義弟は北朝鮮工作員、平和運動家の恋人は謎の某国エージェント。さらに刑事の兄の商売相手も北朝鮮工作員で、刑事の妹の恋人は前出の二重スパイというおまけつきだ。スパイでない人を探すほうが大変な映画だ。
スパイ防止法制定運動のプロパガンダ映画なのだから、スパイだらけにしたかった、という動機は分からなくもない。
だが、制定運動の意図を知ってか知らずか、刑事に「好きでスパイになるやつなんかいない」という立派なせりふを吐かせている通り、映画はスパイを「巨大な国家間の対立に翻弄(ほんろう)される末端の犠牲者」として描いてもいる。それなのに、「末端の犠牲者」である工作員をスパイ防止法で罰することの矛盾は説明されない。何より、制定運動を繰り広げた張本人である教祖が、日本を敵視するかのような教義を掲げ、自民党への浸透を図っていた宗教団体であることなどには当然触れられていない。
統一教会を巡るさまざまな問題が議論される現在、いろんな後味の悪さが残るこの映画。現在もスパイ防止法制定促進国民会議はDVDを「支援金2000円」で頒布している。ちなみに冷戦終結後の90年代以降、国民会議の運動は沈静化していたが、「近年の国内外の情勢を鑑み」(国民会議のサイト)、2017年にサイトをリニューアルした、とのことである。
<※2月17日のコラムは外信部の八田浩輔記者が執筆します>