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毎日新聞 2021/8/10 東京朝刊 有料記事 2561文字
世界平均気温の上昇に伴う極端現象の発生
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第1作業部会は9日、世界の平均気温の産業革命前からの上昇幅が、今後20年間で1・5度に達する可能性があるとする報告書を公表した。大気中の温室効果ガス濃度は上昇し続け、地球温暖化は既に世界中で異常気象の増加などの悪影響を及ぼしている。今後どんな事態が予測されるのだろうか。【鈴木理之、信田真由美、阿部周一】
「人間活動が原因」断定
「気候変動は今ここにある問題だ。(気候変動の影響に対して)安全だと言える人は誰もいない。事態はより速いスピードで悪化している」。報告書の公表を受け、国連環境計画(UNEP)のアンダーセン事務局長は、止まらぬ温暖化への危機感をあらわにした。
第1作業部会の報告書公表は8年ぶり。日本を含む66カ国から234人の研究者が参加し、1万4000以上の論文などを基にまとめた。
今回の報告書では、人間の活動が温暖化を引き起こしていることは「疑いの余地がない」と初めて明記した。2013年の第5次報告書では人間活動である可能性が「極めて高い(95%以上)」としていた。その後の研究も踏まえ、今回は1750年ごろからの大気中のCO2など温室効果ガス濃度上昇は化石燃料の大量消費などの人間活動が原因とし、人間が大気や海洋、陸域を温暖化させていると結論付けた。
報告書によると、世界の平均気温は1970年以降、過去2000年で経験したことのない速度で上昇している。2010~19年の気温は、人間活動によって1850~1900年の平均より1・07度程度引き上げられた。陸域の降水量も1950年以降増加しており、特に80年代から上昇のスピードが速まっているという。
温暖化に伴う異常気象も発生頻度が高まり、暑さや降水量などその度合いも強まっている。台風など熱帯低気圧は過去40年でより強いものの比率が高まっており、台風などに伴う降水量も温暖化で増加しているという。
気温上昇が続けば、影響はさらに深刻化する。報告書は1850~1900年には10年に1回しか観測されなかった異常な高温は現在、既に10年に2・8回発生と増加しており、1・5度上昇で10年に4・1回▽2度上昇で5・6回▽4度上昇で9・4回発生すると予測。50年に1度の暑さは、1・5度上昇で8・6回▽2度上昇で13・9回▽4度上昇で39・2回になり、1・5度と2度の違いでも大きな差が出た。10年に1回の頻度で発生する豪雨の降水量は、1・5度上昇で10・5%増加、4度なら30・2%も増えるという。
では今後、気温はどの程度上昇する可能性があるのか。気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」では、気温の上昇幅を2度未満、できれば1・5度に抑えることを目指している。
報告書では、今後の温暖化対策や社会のあり方について五つのケースを想定。どのケースでも、2021~40年の間に1・5度程度に達するものの、25年ごろまでにCO2排出を減少に転じさせ、50年ごろまでに実質ゼロにするペースで削減を進めれば、今世紀末には1・4度上昇(可能性の高い上昇幅は1~1・8度)に抑えられるという。ただし、このケースでは、今世紀後半に大気中からCO2を取り除く技術を活用することが想定される。
一方、気候変動対策を十分に取らず化石燃料を大量に使い続けた場合は、今世紀半ばに2・4度(同1・9~3度)、今世紀末には3・3~5・7度上昇すると予測した。
パリ協定の目標実現の可能性は残されているが、そのためには厳しい排出削減が求められることも示された。1850~2019年までに世界で排出されたCO2の総量は2兆3900億トン。約7割の確率で1・5度を実現するために残された排出量は約4000億トン。10年程度で許容量の上限に到達する恐れがある。
IPCCは来年までに、気候変動による影響などをまとめた分野別の二つの報告書と、第1作業部会分も含めたこれらの報告書をまとめた統合報告書を公表する予定。
猛暑・豪雨 日本も被害増
豪雨など極端な気象現象の増加は日本も例外ではなく、毎年各地で気象災害が起こっている。暑さによる熱中症の死者、救急搬送者数の増加も深刻だ。記録的猛暑だった2018年7月には、1カ月の熱中症による死者数が過去最悪の1000人超に上った。
気象庁によると、世界の平均気温の上昇率は100年あたり0・72度だが、日本では同1・26度と世界を上回るスピードで上昇している。第5次報告書公表以降、個々の異常気象への影響に関する研究が大きく進んだ。IPCC報告書の執筆者でもある東京大大気海洋研究所の渡部雅浩教授(気候力学)は「一つ一つの猛暑や豪雨に対して『温暖化の影響があった』という結論が出せるようになってきた。10年前には言えなかったことだ」と話す。
影響の分析手法は「イベント・アトリビューション(気象事象の要因分析、EA)」と呼ばれる。個々の気象現象は偶然が重なって起こるため、温暖化の影響を評価するのが難しい。EAでは、温暖化が進む現在の地球と、温室効果ガスの濃度が産業革命前から増加していないと仮定した温暖化していない地球を想定し、スーパーコンピューターで降水量や気温などをシミュレーションする。初期値として入力するデータを少しずつ変えて多数の「偶然」を作り出し、実際に起こった異常気象がどのくらいの確率で起きるかなどを比較する。
気象庁気象研究所などの研究チームがEAで18年7月の猛暑を分析したところ、当時の発生確率は約20%だったが、温暖化がなかった場合はほぼゼロ。温暖化がなければ、このような猛暑は起こりえないとの結論になった。
豪雨や台風に関しても温暖化の影響が明らかになっている。気象研などによると、18年7月の西日本豪雨では、瀬戸内地域で実際に降ったのと同じ程度の大雨の確率は、温暖化が進んでいなければ1・5%(約68年に1度)。一方、温暖化が進む現在は4・8%(約21年に1度)と確率が約3・3倍になっていた。東日本の広い範囲に甚大な被害をもたらした19年10月の台風19号の場合は、1980年以降の気温や海面水温の上昇で、関東甲信越地方の総降水量が約1割増えた可能性があるという。