|
アナフィラキシーへの対処を実習する研修会でエピペンの練習器を同僚の太ももに押し当てる参加者=埼玉県行田市で、橋本政明撮影
AEDは自動体外式除細動器といい、心臓が動かなくなった時に電気ショックを与えて、正しい動きを取り戻す機械です。では、重症のアレルギー症状である「アナフィラキシー」に対しては、どのような器具や薬剤を使うのでしょうか。
まず、使用すべき薬がアドレナリン自己注射薬「エピペン」です。太ももの外側に、アナフィラキシーを起こした人などが注射します。世界的にアナフィラキシーの患者さんは増えており、出会う可能性はないとはいえません[1]。
AEDをは早めに使用しなければ救命できないように、アナフィラキシーを起こした時のエピペンも早めに使う必要性があります。そのことを示した神戸こども初期急病センター実施の研究があります。アナフィラキシーを起こした子どもは、事前にエピペンを注射しなかった子どもよりも血液の酸素濃度が低く、入院加療を受ける率が高かったと報告されています[2]。
さらに、アナフィラキシーを発症して亡くなった小児に関する有名な研究もあります。食物によるアナフィラキシーショックで死亡した子ども6人のうち、食物を間違えて食べてから1時間以内にエピペンを使ったのは2人だけで、生存した子どもは全員が食べてから全員が30分以内にエピペンを使用されていました[3]。すなわちエピペンは、早期に使用しなければならないですし、病院に到着するまでの治療として非常に重要なのです。
「アドレナリン」VS「エピネフリン」
さて、アナフィラキシーの時に使うエピペンには、「エピネフリンの入っているペン」という商品名がつけられています。エピネフリンのことを、日本では「アドレナリン」と呼んでいます。実は、そして、アドレナリンは日本人が発見したことをご存知でしょうか。では、なぜ米国ではアドレナリンのことをエピネフリンといい、日本ではアドレナリンという薬物名を使っているのでしょう。その理由は、120年以上前から続く歴史があります。
腎臓の上に位置する副腎という臓器に、心拍数や血圧を上げる作用がある物質があることが、オリバーという研究者によって明らかにされました。1893年のことです。その副腎から分泌されている物質のひとつが、今回の話題となるアドレナリンです。
エピペンの練習用キット=福岡県内で、奥田伸一撮影
そしてその頃、アドレナリンを副腎から抽出しようとした研究者たちがいました。まず1897年に米国のアーベルらは、エピネフリンという物質を抽出したと発表しました。しかし、そのエピネフリンは、実際のアドレナリンとは異なる物質であることが後に明らかになりました。
この研究を進めたのが、日本人の高峰譲吉です。高峰譲吉は、アーベルらの方法とは異なる方法でアドレナリンを抽出し、発表しました。しかしその後、アーベルらは、高峰譲吉が自分たちの方法を盗用したと主張し、学術誌などはエピネフリンの用語を採用し始めました。日本も一時期、アメリカの流れに従い、エピネフリンという言葉を採用していたのです。
しかしその後、科学的には、高峰譲吉が見つけたアドレナリンの方が正確な物質であることがわかってきました。そのため、日本では2006年4月に、アドレナリンという薬物名を正式に採用したのです[4]。イギリスでも、2000年にBMJという有名な医学雑誌で、アドレナリンを採用すべきだという論文が発表され、2006年にアドレナリンという薬物名を採用しています[5]。
そして現在、アドレナリンを自分自身で使用する「エピペン」は、アナフィラキシー時の救命対応薬として最初に使うべき薬として、日本アレルギー学会のガイドラインに載っています。[6]
関連記事
「ピーナツアレルギーの女の子が恋人からのキスで亡くなった」は誤報だった?
エピペンが保険適用となったのは結構最近で、2011年9月のことです。アナフィラキシーが起こった時、早期にエピペンを使うすることで、リスクを減らすことができるようになったわけですね。
一方、アナフィラキシーは、発症から1~48時間程度で再度症状が起こるという「二相性反応」が知られています。二相性反応は成人で最大23%、小児では最大11%に発生すると考えられています[1]。すなわち、手持ちにあるエピペンは1本では不足する可能性があり、少なくとも2本のエピペンを持つことが望まれます。そのため、海外では、2回注射ができる製品や2本セットで処方されることが常識となっています[7]。
「エピペン2本処方」の推進を
しかし、最近、SNSで「アナフィラキシーを起こしたことがあるのに、1本しかエピペンを処方できないと医師に言われた」という患者さんの声や、「(2本処方をしたいのだけれども)保険審査で1本のみしか認めてもらえないため、やむなくエピペンは1本の処方としている」という医師の声を見かけました。前述の通り、アナフィラキシー対策としてはエピペンを2本携帯しておくことが望まれます。どうやら一部の地域では保険審査の情報が不十分であり、1本しか処方ができないという現状があることが明らかになってきました。地域差は、2回以上の反応が起こった際のリスクを高める問題を内包しています。
先輩の医師から、2011年に保険適用となった時、厚生労働省にエピペンの処方の制限があるかを尋ねた内容を聞きました。すると、「厚労省としては、1本という制限は考えていない」と回答したそうです。ですので、この制限は、保険審査の担当者の思い違いに基づくものの可能性があります。
さらに近年、エピペンを2本を処方した場合に、アナフィラキシーのリスクのある子どものご家族が1本を持ち、もう1本を学校などに預けるという方法も、臨床現場では行われています。エピペンを早期に使用することで二相性反応を抑制しうるという報告[8]もあることから理にかなっているといえましょう。実際、海外では、エピペンを学校で常備し、アナフィラキシー対応を推進している国もあります。
これらの状況を考慮すると、アナフィラキシーの既往のある患者に対し、2本のエピペンの処方を地域差なく進めていき、今後は学校などで常備する対策も必要かもしれません。そして、100年以上前に日本人が発見したアドレナリンは、今も人々を救っているのです。
[1]Turner PJ, Campbell DE, Motosue MS, Campbell RL. Global Trends in Anaphylaxis Epidemiology and Clinical Implications. The Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practice 2020; 8:1169-76.
[2]Ninchoji T, Iwatani S, Nishiyama M, Kamiyoshi N, Taniguchi-Ikeda M, Morisada N, et al. Current Situation of Treatment for Anaphylaxis in a Japanese Pediatric Emergency Center. Pediatr Emerg Care 2018; 34:e64-e7.
[3]Sampson HA, Mendelson L, Rosen JP. Fatal and near-fatal anaphylactic reactions to food in children and adolescents. N Engl J Med 1992; 327:380-4.
[4]諏訪 邦夫. インターネットでみる『呼吸器』高峰譲吉とアドレナリンの発見. 呼吸 2010; 29:844-7.
[5]Aronson JK. "Where name and image meet"--the argument for "adrenaline". Bmj 2000; 320:506-9.
[6]日本アレルギー学会:アナフィラキシーガイドライン2022(2023年10月29日アクセス)
https://hokuto.app/erManual/j0Uk9drmefQMEmJptiMb
[7]英国政府デジタルサービス:Adrenaline auto-injectors: updated advice after European review(2023年10月29日アクセス)
https://www.gov.uk/drug-safety-update/adrenaline-auto-injectors-updated-advice-after-european-review
[8]Liu X, Lee S, Lohse CM, Hardy CT, Campbell RL. Biphasic Reactions in Emergency Department Anaphylaxis Patients: A Prospective Cohort Study. J Allergy Clin Immunol Pract 2020; 8:1230-8.