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加齢で避けられない変形性脊椎症 脊柱管狭窄症への進行を防ぐための運動は
福島安紀・医療ライター
2024年9月26日
64歳の啓二さん(仮名)は、会社員として働く傍ら、30年前から近所の畑で野菜作りを楽しんできた。60歳を越えた頃から慢性的な腰痛に悩まされるようになり、市販の湿布を貼ったりマッサージに通ったりしてしのいでいたが、なかなかよくならない。朝、顔を洗おうとして前かがみになると腰に激痛が走り、農作業にも支障が出てきたので、整形外科を受診したところ「変形性脊椎(せきつい)症」と診断された。
50歳以上の男性の7割以上は腰の骨が変形
「変形性脊椎症は、背骨を構成する椎体をつなぐ椎間板が加齢と長年の負担で変形し、腰や背中に痛みが生じる病気です。最初のうちは椎間板が狭くなるだけですが、徐々に、骨棘(こっきょく)といって脊椎の一部が出っ張ってきたり、でこぼこに変形したりして神経を圧迫することもあります」
秋田大学医学部付属病院整形外科教授の宮腰尚久さんは、そう説明する。
日本人約3000人を対象にレントゲン検査を実施した2005~07年の調査(ROADスタディ)の結果から、全国では40歳以上の約3790万人(女性1900万人、男性1890万人)に腰の骨の腰椎に明らかな変形が生じていると推計されている。年齢を重ねると手や顔にしわができるのと同じように、本人が気づかないうちに背骨も変形してしまっているのだ。
宮腰尚久さん=本人提供
女性の方が平均寿命は長いのでROADスタディによる推計患者数は男女ほぼ同数だが、年代別にみると男性の割合が高い。40代では男性の45.5%、女性の28.6%、50代では男性72.9%、女性42.7%、60代では男性74.6%、女性の55.4%、70代では男性の85.3%、女性の75.1%、80歳以上では男性の90.1%、女性の78.2%に腰椎の変形がみられたという。
「変形性脊椎症の人のほとんどは腰椎が変形して、腰痛の原因の一つになっています。各年代で男性の方が多い理由は不明ですが、仕事やプライベートで重労働を担うのは女性より男性が多いことが影響していると考えられます。ただ、レントゲンで背骨の変形がみられても特に症状がないことが少なくありません。腰や背中に痛みを生じているときにのみ病気として扱い、治療を行います」と宮腰さんは話す。
治療は、非ステロイド抗炎症薬や神経障害性疼痛治療薬のプレガバリン(商品名・リリカ)、ミロガバリン(同タリージェ)などを用いて痛みを軽減する薬物療法が中心だ。痛みがなかなか取れないケースでは、抗うつ薬としても使われるセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬のデュロキセチン(同・デュロキセチンカプセル「DSEP」)などを使うこともある。
トリガーポイント注射やコルセットの効果は?
啓二さんの場合は、痛みが強かったので、局所麻酔薬と鎮痛薬であるワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤(商品名・ノイロトロピン)を混ぜた注射薬を腰に打つ「トリガーポイント注射」を週1回、1カ月半続け、痛みが軽減した。医師には家庭菜園をやめることを勧められたが、親戚や近所の人に農作物を配るのも生きがいになっており簡単にはやめられない。農作業をする際には、腰にコルセットをつけるようにしている。
腰痛に対しては、さまざまなコルセットが市販されている。コルセットの使用について宮腰さんは、こうアドバイスする。「腰を痛めたばかりの急性期にはコルセットをつけても良いのですが、慢性腰痛に効果があるという科学的な証拠はありません。つけ続けていると体を支える体幹部の筋肉がかえって弱ってしまう恐れがあります。コルセットを装着するのは痛みが強い時期だけにし、運動療法によって背骨を支える背筋と腹筋を鍛えることが大切です」
変形の進行と腰痛の再発を防ぐ運動療法
足を肩幅くらいに開いて壁から約30センチ離れて立ち、両手を上げて胸を壁に近づけ背中を気持ちよく伸ばす。そのまま5秒キープ。これを1日10回、週5日繰り返す
背中の筋肉である背筋が衰えると脊椎の変形も進みやすい。宮腰さんが、背骨の柔軟性と筋力を維持するために週5日以上は続けることを勧めるのは、背骨が変形した高齢者でも座ったまま、あるいは立った状態でできる背筋運動と腹筋等尺性運動だ。座位での背筋運動は、テレビを見ながらでも実施できる。ソファーや安定した椅子に座り、後ろに倒れないように注意しよう。週5日以上、できたら毎日続けることで体を支える体幹部の筋力が強化される。三日坊主で終わらないようにしたい。
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あおむけに寝て両膝を立て、へそのあたりを見るように頭部を持ち上げ5秒キープ。これを1日10回、週5日繰り返す猫背は筋力低下と背骨の変形の原因に
立ったり座ったりしたときの姿勢も重要だ。猫背になると背骨を支える筋肉がますます衰えて、変形や痛みが生じやすくなる。「立った状態で、1日に1回は姿勢の矯正を試しましょう。テレビや動画の視聴の際には寝転ぶのではなく背筋を伸ばして姿勢を正し、座って見るだけでも背筋、腹筋の維持が期待できます」と宮腰さん。
足を肩幅に開いて立ち、前かがみの姿勢から、頭が天井からつり下げられているイメージで背筋を伸ばす。これを1日5回、毎日繰り返す
「脊椎の変形があって症状がない場合でも、背骨を支える背筋や腹筋が衰えれば痛みが生じやすくなります。背筋運動によって姿勢が良くなると骨の強度も上がり、背骨の一部がいつの間にかつぶれて曲がる圧迫骨折の予防にも役立つことが分かっています」と宮腰さんは指摘する。
50代でも男性の7割以上、女性の4割以上に背骨の変形が生じていることを考えると、背筋運動と腹筋等尺性運動、姿勢の矯正は、痛みのない人でも習慣にした方が良さそうだ。そして、中腰の姿勢を続けたり重い物を一人で運んだりするなど腰に負担のかかる動作は、できるだけ避けるようにしたい。
「変形性脊椎症で腰痛などの症状がある人は、理学療法士のいる整形外科を受診し、体力や変形の状態に合った運動療法を指導してもらうとよいでしょう。変形性脊椎症が進行して神経根や脊髄の末端にある馬尾神経を圧迫すると腰部脊柱管狭窄(きょうさく)症に移行して、手術が必要になることもあります。そうならないためにも、運動療法などで変形の悪化を防ぐことが大切です」と宮腰さんは強調する。
特記のない写真はゲッティ
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ふくしま・あき 1967年生まれ。90年立教大学法学部卒。医療系出版社、サンデー毎日専属記者を経てフリーランスに。医療・介護問題を中心に取材・執筆活動を行う。社会福祉士。著書に「がん、脳卒中、心臓病 三大病死亡 衝撃の地域格差」(中央公論新社、共著)、「病院がまるごとやさしくわかる本」(秀和システム)など。興味のあるテーマは、がん医療、当事者活動、医療費、認知症、心臓病、脳疾患。