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9月に入ってからも厳しい残暑が続いていましたが、徐々に日の出が遅く、日の入りが早くなり、夜風もどこか爽やかになるなど、少しずつ秋の気配を感じられるようになりました。このころになると、毎年、気分がすぐれない方が増えてくるように思われます。「秋うつ」と呼ばれる季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder、SAD)ですが、なぜこの時期になると、気分が落ち込んだり、調子が悪くなったりするのでしょうか。今回はこの病気についてお伝えしたいと思います。
毎年、繰り返し起こるの?
「先生、まただめです。どうしてですか……」
今月に入り、30歳の女性会社員がため息をつきつつ、ぼくのクリニックにやってきました。
女性によると、朝、起きると会社に行きたくないと思ってしまう。頭が重く、ぼーっとする。食欲がない。発熱はしていないようですが、会社に行ってもだるくてしかたがないそうです。
うつ病ではないかと疑い、「The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale」(CES-D)というスクリーニングテストをしてみました。すると、うつの程度は、軽度ないし中等度くらいでした。
実は、女性がクリニックにやってきたのは、今回が初めてではありません。昨年も、一昨年も、この時期になるとクリニックにやってくるのです。
ぼくが女性に下した診断結果は「季節性感情障害」(SAD)。この病気は、アメリカの精神科医・ローゼンタールらが1984年に初めて報告した精神疾患です。うつ症状が秋から冬にかけて表れ、春ごろになると治まることを繰り返すのが特徴です。
国内の調査によると、人口の2.1%でSADが疑われています。発症年齢は20代前半で、女性に多い傾向がみられます。
SADの症状としては、
・気分の落ち込み
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・疲れやすい
・集中力の低下
・不眠、過眠
・不安感、イライラ感
・食欲の減退・亢進(こうしん)
などが挙げられます。秋から冬にかけて、こうした症状が見られたら要注意です。
カギは「日光」
ところで、なぜこの時期になるとSADに悩まされる人が出てくるのでしょうか。
その理由の一つとして、セロトニンという脳内の神経伝達物質が関係していると考えられています。セロトニンは、精神の安定や自律神経のバランス、体内時計の調整などに関係していて、別名「幸せホルモン」と呼ばれています。
ヒトは朝、日光を浴びると、目から脳に信号が伝わり、セロトニンが生成・分泌される一方、メラトニンという睡眠ホルモンの分泌を抑えられます。そして、夜になると、今度はメラトニンが分泌されるなどして、体内時計が調整されるのです。
ところが、日光を浴びる時間が短くなると、このセロトニンがうまく分泌できず、メラトニンも正常に分泌されなくなり、体内時計がおかしくなります。この影響で気分が落ち込んだり、不眠や過眠、不安感、倦怠(けんたい)感などの症状が表れたりすると考えられています。
夏から秋、冬にかけて、徐々に日照時間は減っていきます。まさに、この日照時間の減少が、SADの発症に関係しているわけです。
お母さんも、おばあちゃんも
最近遭遇した、SADに悩む患者さんをもう1人ご紹介します。
それは、高校1年の女子生徒です。入学後、ブラスバンドの部活動をものすごくがんばっていたのですが、今月に入ってからどうも体の調子が悪いと訴えます。ブラスバンドの練習は朝も夕方もあって、とても忙しい。時間がないせいか、学校の勉強もついていくのが大変で、だんだんと不安感が増していったそうです。
また、元気がなくなってきて、食欲が落ちてしまったとか。眠れなくなり、ぼーっとすることが多くなったそうです。こうした体の不調が気になり、ぼくのクリニックにやってきたのです。
話を聞いていくと、この女子生徒、お母さんも、おばあさんも、秋口になると、同じような症状に悩まされてきたそうです。
さきほども説明しましたが、このSADには脳内の神経伝達物質セロトニンが関係していると考えられています。朝、日光を浴びることで目の網膜が反応し、脳内のセロトニン神経が活性化して、セロトニンが生成・分泌されます。
もちろん確定的なことは言えませんが、この女子生徒は、光の感受性が遺伝的に弱い家系なのかもしれません。セロトニンに作用する薬を処方したところ、女子生徒は少しずつ気分が上向き、症状も改善してきているようです。
朝、日光をしっかり浴びよう!
SADの症状を緩和するには、対処法がいくつかあります。
セロトニンの生成には、必須アミノ酸の一つ「トリプトファン」が必要です。肉や魚などのたんぱく質には、このトリプトファンがたくさん含まれているので、しっかり取ることが重要です。
ウオーキングなど適度な運動もいいと思います。運動することで、神経伝達物質の一つ、ドーパミンが分泌され、気分の落ち込みやイライラを和らげてくれることが期待できるからです。
そして、まずは朝、しっかり日光を浴びることです。朝起きるのがつらい人もいるかもしれません。しかし、朝起きたらカーテンを開けて、しっかり日光を浴びましょう。そうすることで体内時計がリセットされます。「高照度光療法」といって、この仕組みを生かした治療法もあるくらいです。
ヒトには概日リズム(サーカディアン・リズム)といって、およそ24時間周期でさまざまな生理現象が変動しています。セロトニンは、この概日リズムにとって、とても重要な働きをしているのです。
気になったらまず医療機関へ
セロトニンの低い能力を補おうと、いろんなサプリメントが市販されています。ただ、脳には「血液脳関門」という、脳にとって有害な物質をブロックする仕組みがあり、分子量の小さい物質しか血液から脳にほとんど通しません。セロトニンもそれほど大きな分子ではありませんが、はたして市販のサプリメントにしたものはどうなのでしょうか。
確実性を高めるうえでも、SADのような一連の症状が気になる人は、医療機関を受診することをお勧めします。
写真はゲッティ
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工藤千秋
くどうちあき脳神経外科クリニック院長
くどう・ちあき 1958年長野県下諏訪町生まれ。英国バーミンガム大学、労働福祉事業団東京労災病院脳神経外科、鹿児島市立病院脳疾患救命救急センターなどで脳神経外科を学ぶ。89年、東京労災病院脳神経外科に勤務。同科副部長を務める。01年、東京都大田区に「くどうちあき脳神経外科クリニック」を開院。脳神経外科専門医であるとともに、認知症、高次脳機能障害、パーキンソン病、痛みの治療に情熱を傾け、心に迫る医療を施すことを信条とする。 漢方薬処方にも精通し、日本アロマセラピー学会認定医でもある。著書に「エビデンスに基づく認知症 補完療法へのアプローチ」(ぱーそん書房)、「サプリが命を躍動させるとき あきらめない!その頭痛とかくれ貧血」(文芸社)、「脳神経外科医が教える病気にならない神経クリーニング」(サンマーク出版)など。