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最新研究からがんの正体に迫る本連載では、がんがどのように発生するかについて解説してきました。がんの最大の原因となるのは「加齢」なので、生きている限り、どうしようもないことではありますが、がんになるリスクを下げる方法ならいくつもあります。前回の記事でご紹介した禁煙や節酒、ワクチン接種などのほかにも、適切な体重管理や運動が有効とされているのです。さらに、多くの人が気にする食生活との関係にも踏み込んでいきます。
がんに“敬遠”される理想の体重とは
まずは、がんの発生メカニズムをおさらいしておきましょう。
真面目な青年だったジャック(正常細胞)が悪い友人にだまされるなどして徐々にグレてゆき(遺伝子に傷がつく=遺伝子変異が入る)、街の荒廃(加齢に伴う体の変化)や警察(免疫細胞)の弱体化も影響して、最終的に凶悪なギャング(がん細胞)になってしまう――。がんの発生は、一人の青年がギャングに変貌する過程に似ています。
ということは、真面目なジャックがグレてギャングにならないようにすれば、がんを防ぐことはできるわけです。グレてしまう最大の原因は「加齢」なので致し方ないとしても、それとは別に取り除くことが可能な原因はいくつもあります。
今回は、前回お伝えした禁煙や節酒、ウイルス対策などとは違う方法をご紹介します。
一つは、体重のコントロールです。
肥満ががんの原因になることは多くの研究で確認されており、太り過ぎは大敵といえます。肥満はがんが発生しやすい体内環境にしてしまうからです。ジャックが住む街を荒廃させ、警察の力を弱めることによって、ジャックがグレてギャングになりやすい環境に傾けてしまうのです。
ならば、やせてさえいればいいのか。実は注意が必要です。複数の研究で、やせ過ぎの人も発がん率が高くなることが分かっています。やせ過ぎもまた、ジャックがギャングになりやすい環境といえるのです。
適切な体重を知るには体格指数(BMI)が手がかりになります。
●体重(キロ)÷(身長(メートル)×身長(メートル))=BMI値
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たとえば身長が165センチで体重60キロの人は、60÷(1.65×1.65)でBMI値は22.0となります。インターネットで「BMI 計算」と検索すると自動計算してくれるサイトがいくつも見つかりますので、試してみてください。
なぜBMIが重要かというと、ズバリ、BMI値と総死亡率やがん死亡率には因果関係があるからです。グラフを見ると、BMI値が高くても低くても、つまり太り過ぎてもやせ過ぎていても、がんの死亡リスクが高まっていることが分かります。
がん予防を目的にするなら、日本人男性はBMI値が21~27、女性は21~25の範囲になるよう体重を管理するのがよいとされています。
毎日40分から60分は体を動かす
ならば肥満を解消するために運動しなければならないと考える人も多いでしょう。このこと自体は間違いありません。
太っているかいないかに関わらず、健康のためには運動が重要です。実際、仕事や運動などの身体活動量が多い人ほど発がん率の低いことが確認されています。運動とがん予防については多くの研究が行われており、身体活動が体内環境を整えてくれることが明らかになっています。街を美化して警察を強化し、正常細胞のギャング化を阻止してくれるのです。
なおかつ、運動はがんだけでなく、脳卒中や心疾患など他の病気のリスクも減らすので、多くの効果を期待できるといえます。
では、理想の運動量というものはあるのでしょうか。
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド」では年齢に応じて、以下の身体活動量を推奨しています。
●成人=歩行またはそれと同等以上の身体活動を1日60分以上。息がはずみ汗をかく程度以上の運動を週60分以上
●高齢者=歩行またはそれと同等以上の身体活動を1日40分以上。有酸素運動、筋力トレーニングなど多要素な運動を週3日以上
座っている時間が長い方は、ぜひ動く時間を1日のどこかで取り入れてもらえればと思います。
食べたら治る? 食べてはいけない?
がん予防には、もちろん食生活も大切になってきます。食事に偏りがあるとがんになりやすくなるからです。注意すべきは、インターネットやテレビにあふれる「この食品を食べるとがんを予防できる」「これを食べるとがんになる」といった極端な表現。
まず、知っておいてほしいのが、過剰に摂取することで劇的にがんを予防できると確認された食品はない――ということ。よって、特定の食品を大量に食べて、がんを防ぐというアプローチも推奨されていません。食事のバランスが崩れ、逆効果になる恐れもあります。
当然のことながら、食事はバランスよく食べることが重要です。怪しげな健康食品を大量に買わされてしまうことのないよう注意していただければ幸いです。
逆に「これを食べるとがんになる」といった情報にも注意が必要です。YouTubeやネット記事には極端な情報で不安をあおって、視聴数を稼ごうとするものが見られます。
確かに、食べ過ぎると発がんリスクを上げてしまう食品があることは否定しません。ただ、少し食べただけでがんになるほどの高いリスクではなく、日本ではそうした危険な食品が販売されていないことを覚えておいてください。過剰に怖がると日々の食事が不安に支配されてしまうし、食べるものを探すこと自体がおっくうになってしまいます。「食べたら治る」「食べてはいけない」といった極端な情報からは距離を置くようにしましょう。
増やしたい食品と減らしたい食品
結論から言うと、確実にがんを予防できる「魔法の食品」はありません。ただ、たくさん食べることによって発がんリスクを下げられる食品はいくつかあります。
まず、大切なのは野菜や果物。これらの摂取で発がん率が下がることは複数の研究で判明しています。厚生労働省の「健康日本21(第3次)」では、1日に350グラムの野菜と、200グラムの果物を取るよう勧めています。これは野菜では小鉢で5皿分ほど、果物ではみかん2個やりんご1個ほどの量になります。
一方で、全く食べてはいけないというほどではないのですが、できるだけ摂取量を減らすとよい食品はあります。
一つは、塩辛い食品です。塩分濃度の高い食品は胃がんのリスクとなるため、イクラや塩辛などは食べ過ぎないようにしてもらいたいです。
それ以外ではハム、ソーセージ、ベーコンなどの加工肉、赤肉と呼ばれる牛肉や豚肉の摂取量が多いと、発がんリスクが上がることが複数の研究で指摘されています。ただ、日本人の一般的な摂取量では大したリスクではないとも言われているので、そればかりを食べ続けないようにしていただけるといいでしょう。無理のない範囲で減らすことです。
黄金のバランスは給食
結局、大事になるのは、昔から言われている通り、偏りすぎないバランスのよい食事になります。とはいえ言うはやすしで、実行するのは結構、難しいもの。たんぱく質、糖質、脂質を何グラムずつと言われたりすると、途端にやめたくなってしまう方もいるでしょう。
シンプルな考え方として、昔、学校で食べていた給食に近づける方法があります。給食はまさに黄金のバランス食。主食(ご飯、パン、麺)、副菜(野菜料理)、主菜(肉・魚料理)、牛乳・乳製品、果物がちょうどよい量になっていました。あのバランスをイメージしてもらうと、理想的な食事が再現できると思います。
もちろん忙しい日常の中で全てをそろえることは簡単ではありません。時にはパンしか食べられない朝があっても当たり前。そんな日は昼に野菜や果物を意識して食べてもらうとよいでしょう。ちょっとした日々の努力の積み重ねが体内環境を整え、あなたの正常細胞がグレないよう守ってくれると思います。
熱いものは冷ましてから
最後に、意外と知られていない「食べ方」についてお伝えします。とても熱い飲み物や食べ物は食道がんのリスクになることを覚えておいてください。
熱過ぎる食べ物の摂取で食道をやけどしてしまうからです。食道の粘膜がダメージを受けると、正常細胞に遺伝子変異が起こるきっかけになります。とても熱いものは少し冷ましてから、を鉄則に。お笑い芸人のダチョウ倶楽部さんには熱々のおでんを食べる得意芸がありますが、冷ましてから食べてほしいと思ったものです。熱い食べ物を避ける必要までは全くないものの、ある程度は冷ましてから食べるようにしてください。
以上、2回に分けてお伝えしたがんの予防法。がんは2人に1人がかかること、年を取ったらかかりやすいことは事実ですが、いたずらに恐れすぎず、できることから取り入れるバランス感覚も大事にしていただきたいと思います。もっと詳しく知りたい方は、国立がん研究センターのがん情報サービス「科学的根拠に基づくがん予防」を参考にしてみてください。こちらでは「日本人のためのがん予防法(5+1)」として「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重」「感染(対策)」を挙げ、解説しています。
<参考文献>
1)国立がん研究センター.がん対策研究所 予防関連プロジェクト.日本人のためのがん予防法,エビデンスの評価,多目的コホート研究(JPHC Study),肥満指数(BMI)と死亡リスク;2022年
2)厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド」
3)厚生労働省「健康日本21(第3次)推進のための説明資料」
4)国立がん研究センター がん情報サービス 科学的根拠に基づくがん予防
6)Cancer Prevention Recommendations, World Cancer Research Fund International
写真はゲッティ
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大須賀覚
がん研究者/アラバマ大学バーミンハム校助教授
筑波大学医学専門学群卒。卒業後は脳神経外科医として、主に悪性脳腫瘍の治療に従事。患者と向き合う日々の中で、現行治療の限界に直面し、患者を救える新薬開発をしたいとがん研究者に転向。現在は米国で研究を続ける。近年、日本で不正確ながん情報が広がっている現状を危惧して、がんを正しく理解してもらおうと、情報発信活動も積極的に行っている。著書に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療」(ダイヤモンド社、勝俣範之氏・津川友介氏と共著)。Twitterアカウントは @SatoruO (フォロワー4万5千人)。