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死に直結する食物アレルギー 悲劇を繰り返さないため、注目したい二つの薬
谷口恭・谷口医院院長
2024年9月30日
防災グッズの写真から自分に合ったアレルギー対応の非常食を探す子供たち=大阪府吹田市で2019年8月5日、木葉健二撮影
前回紹介したように、食物アレルギーは突然若者の命を奪うことがあります。自分自身や家族が細心の注意を払っていても、です。我々が食物アレルギーを重視しなければならないのは「死に至る病」になり得るからであり、しかも末期がんなどとは異なり、悲劇は「突然」起こり、「極めて短時間で」命が尽きます。さらに、「エピペン」という最善の武器を使っても避けられないことがあります。しかし、そのような事態に手をこまねいているわけにはいきません。今回は食物アレルギーの救世主となるかもしれない二つの薬を紹介します。
繰り返される悲劇
それら薬の紹介の前に、食物アレルギーがいかに防ぎようがないかについて再度振り返っておきましょう。前回紹介した事例はすべて患者さん自身及び家族がアレルギーの原因となる食べ物を把握していて、日ごろから避ける努力をしていました。外食の際は必ず自分がアレルギーであることを店員に伝え、さらに繰り返し確認するようにしていました。また、エピペンを携帯していておそらく適切にかつ迅速に使用されたであろうケースですら助からなかったのです。
仏ニースへのフライト中に悲劇に見舞われた15歳の少女は、英ヒースロー空港内のサンドイッチ店で購入したバゲットに含まれていたゴマが原因で命を落としました。父親は娘にエピペンを2本打ちましたが助かりませんでした。父親はこうした悲劇を防ぐために、他界した娘の名前を付けた「The Natasha Allergy Research Foundation」を2019年に設立しました。食物アレルギーの研究を奨励し、社会全体で食物アレルギーを防ぐような活動に力を注ぐ組織です。
しかし英国で食物アレルギーによる死亡事故がなくなったわけではありません。23年2月8日、ロンドン東部のバーキングの「コスタコーヒー(Costa Coffee)」のホットチョコレートを飲んだ13歳の女子が食物アレルギーでアナフィラキシーを起こし死亡したのです。
https://www.theguardian.com/uk-news/article/2024/aug/16/hannah-jacobs-died-from-sip-of-costa-coffee-drink-after-failure-to-follow-allergies-processes
少女は乳製品に対するアレルギーがありましたが、豆乳ではなく牛乳で作ったホットチョコレートが提供されました。一緒にいた母親が近くの薬局でエピペンを買い求めたものの間に合いませんでした(注:英国では医師の処方せんを持っていれば薬局でエピペンが買えます)。
エピペンの練習用キット=福岡県水巻町で2019年10月26日午後6時12分、奥田伸一撮影
ここで注目すべきは、世界展開している大手チェーン店のコーヒーショップで事故が起きたことです。先に紹介した機内で発症した少女のケースも原因はサンドイッチのチェーン店でした。疑問が湧かないでしょうか。チェーン店であればスタッフへの教育体制がしっかりしているはずです。例えば、個人経営の小さな喫茶店などであればそのような教育をする人物がいないことも考えられますが、大規模展開している英国発のサンドイッチ店やコーヒーショップでアレルギーの確認をしないなどという凡ミスが起こるのでしょうか。
上記「The Guardian」の記事によると、当時、コスタコーヒーの新人スタッフに対するアレルギーの教育は自宅からアクセスできるオンライン研修を受講することと、クイズをクリアすることだけでした。これに対し、母親は「アレルギー研修を、チェックボックスを埋める訓練のように扱うのは、受け入れられない」と批判しました。たしかに、これだけで、正しい知識が身に付くとは思えません
報道によると、ホットチョコレートを注文したのは少女の母親で、乳製品のアレルギーについて店員に説明し、さらにグラスをよく洗うよう(ミルクが付着していればアナフィラキシーを起こすため)求めたそうです。対応した店員は、グラスは繰り返し洗ったものの、アレルギーについてよく分かっておらず、豆乳を注がねばならないところを誤ってミルクを入れてしまったようです。
この事件の弁護士は、食品業界は「robust training(徹底した研修)」「extra safeguards by implementing a process for the order details to be printed and stuck to coffee cups(注文の詳細を印刷してコーヒーカップに貼り付ける追加の安全対策)」を実施しなければならないと述べています。
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アレルギーのある子ども用の給食が完成し、指さし確認する保育園の調理員=さいたま市で2018年9月6日午前10時35分、田村佳子撮影エピペンより使いやすい新薬
この事例からも分かるように、自身や家族がいくら注意していても、社会の成員には食物アレルギーの知識を持ち合わせていない人も多いのが現状であり、そしてエピペンは万能ではありません。そこで新たな二つの薬に注目したいと思います。
ひとつはエピペンの点鼻型でアドレナリンを鼻腔に注入する薬、商品名を「Neffy」と言います。今年8月9日、米国FDAは、体重30キロ以上の成人および小児のアナフィラキシーの治療薬としてNeffyを承認しました。10月初旬までに発売される予定で、効果はエピペンと同等であることがすでに検証されています。
https://www.mdpi.com/1999-4923/16/6/811
目下のところ、日本では「ネフィー」導入の話を聞かないのですが、いずれ必ず日本にも登場します。なぜなら、エピペンに比べてネフィーの方がはるかに使いやすいからです。自分の太ももに太い針の注射をするよりも(エピペンは筋肉注射ですから針が太い)、点鼻薬(ノズルを鼻に入れてプランジャーを押すだけ)の方が簡単なのは自明です。エピペンを使用しなければならない状態なのに注射を(ちゅうちょして)できなかった割合は52%にも上るという報告もあります。
すでに使われている薬に、アレルギー予防効果?
もうひとつ効果が期待できる薬剤があります。そしてこの薬剤はすでに日本でも臨床の現場で幅広く使われています。商品名は「ゾレア」(一般名:オマリズマブ)、重症のじんましん、気管支ぜんそく、アレルギー性鼻炎に使用されることがある注射薬です。現在、この薬が食物アレルギーに対して保険適用で処方されている国はないと思いますが、世界中の患者さんが最も待ち望んでいるのがこの薬です。なぜなら、エピペンやネフィーと異なり、この薬は「予防」に使えるからです。つまり、定期的にこの注射(自己注射薬ですから注射のために医療機関を受診する必要はありません)を接種していると、アレルギーを発症するリスクが大きく減るのです。しかも、特定の食品のみならず複数の原因物質に有効です。
重症のじんましんや気管支ぜんそく、アレルギー性鼻炎の治療に使用されているゾレア(オマリズマブ)=ノバルティスファーマ提供
これを検証した論文によると、ピーナツ及び少なくとも他に2種の食物アレルギーを有する患者を対象とした前向き二重盲検試験(一方のグループにはゾレアを、もう一方には偽薬を投与)で、ゾレアが有意差をもって有効(複数の食物に対してアレルギーが抑えられた)という結果がでました。安全性についても特に懸念される副作用は出現しませんでした。注射の間隔は2~4週で、投与期間は16~20週です。
ゾレアを2~4週間間隔で注射すれば食物アレルギーには一切悩まされず何でも食べられる――とまではいかず、食物アレルギーの治療の基本はやはり「原因物質を避ける」です。けれども、前回、今回とさんざん述べてきたように、自分自身や家族がいくら注意していても原因物質の回避には限界があります。前回紹介した女性医師や飛行機で発症した少女の父親、あるいは今回紹介した少女の母親もほぼ完璧な対応をしていました。にもかかわらず悲劇が起こったのは、レストランやショップによる従業員への教育ができておらず、店員の知識が不十分だったからですが、そんなことをいくら大きな声で叫んでも社会は簡単には変わりません。やはり自分の身は自分で守らねばなりません。
これまではエピペン一辺倒だった食物アレルギーへの対処法が「ゾレア+ネフィー」に置き換わる時代の到来を私は期待しています。
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 月額110円メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。