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私は幼い頃から、ぽっちゃり体形でした。どうやら太りやすい体質のようで、高校時代に摂食障害を克服してからは、さらに太りやすくなった気がします。社会人になってからは夜勤などをこなす不規則な生活も相まって、ますますぽっちゃり体形から抜け出せなくなりました。
そんな仕事漬けの生活を続けていた5年ほど前のこと、インターネットの医療記事に目がくぎづけになりました。糖尿病の治療薬として知られるGLP-1(ジーエルピーワン=グルカゴン様ペプチド-1)受容体作動薬にやせる効果がある! というのです。
アメリカでは「やせ薬」として大ヒット
GLP-1は体内のホルモンの一種で、血糖値を下げる働きがあります。消化管の中に食べ物が入ってくると小腸からGLP-1が分泌され、一部が血液を通じて膵臓(すいぞう)に運ばれます。膵臓にたどり着いたGLP-1が膵臓にインスリンを出すよう呼びかけるのです。この呼びかけに応じて膵臓からインスリンが分泌されると血糖値が下がる仕組みになっています。
GLP-1受容体作動薬(以下、GLP-1薬)は私たちの体内で、このGLP-1と同じ働きをしてくれます。GLP-1は食事を取って血糖値が高くなった時にだけ分泌されるため空腹時は分泌されず、よってインスリンも出ません。その意味で、GLP-1薬は低血糖を起こしにくいという特徴があります。
このように、もともとは糖尿病の治療薬だったGLP-1薬に体重減少効果が認められたのは副作用のせいでした。糖尿病の患者さんの間で「体重を減らすことができた」「やせた」と話題になり、アメリカで肥満治療のための服用が爆発的に広がったのです。成人の41.9%が肥満に該当するアメリカらしい現象で、昨今はGLP-1薬のテレビコマーシャルを見かけない日はありません。「私もこの薬を使ってみようかしら……」と思うようになったのも自然な流れでした。ジムの壁にたくさん設置されているテレビではGLP-1のCMやドキュメンタリー番組が流れていたからです。必死にランニングマシンを走りながらも刷り込まれ、そのうち看過することができなくなっていました。
毎週2万5000人がウゴービで治療を始めている
今年5月に公開された分析会社グローバルデータのリポートによると、GLP-1薬の市場は前例のない速度で成長しており、2033年までに1250億ドル以上の価値に達するだろうと推測されています。市場は現在、商品名「オゼンピック」「ウゴービ」(一般名はともにセマグルチド)を販売しているノボノルディスク社、「マンジャロ」「ゼップバウンド」(一般名はともにチルゼパチド)を販売しているイーライリリー社がリードしており、今年の第1四半期だけで、何とオゼンピックは43億ドル、ウゴービは13億4000万ドルの収益を上げたといいます。
毎週少なくとも2万5000人の米国人がウゴービによる治療を開始しており、その数は増加の一途をたどっているとも。GLP-1薬は世界的に大流行している薬の一つと考えて間違いないでしょう。
ウゴービは日本でも昨年11月に肥満症の治療薬として保険適用されることが決定し、今年2月22日から販売が開始されています。肥満症向けとしては実に約30年ぶりの新薬で、大きな話題となりました。
服用から半年ほど後に始まった吐き気
話を戻して、5年ほど前にGLP-1薬のやせ効果を知った私は、信頼できる美容外科の先生や内科の先生に相談することにしました。薬の卸の担当者にも無理を承知でお願いし、GLP-1薬に関する情報をたくさんいただきもしました。自分なりに情報収集し、メリットやデメリットを考慮した結果、自費で使用することに決めたのです。
気になる副作用については一般的に胸やけ、下痢、便秘、頭痛といわれていますが、私の場合、始めた頃は、そうした症状がありませんでした。すぐに食欲が落ちて食事量が減ってゆき、吐き気だけはたまに感じるものの、我慢できる程度でした。ただ、GLP-1薬の皮下注射は週に1回だけだったのでとても楽な一方、想像以上に痛みを感じたものです。痛みを体感できたことは、医師としてよい経験になったと思います。
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ところが、服用から半年ほどたった頃でしょうか。日に日に吐き気や胸焼けする感じが強くなり、食欲が一層落ちてしまったことがありました。吐き気は想像以上につらく、常に乗り物酔いをしているようなムカムカ感が一日中続くこともあったのです。
ちょうどその頃、ガクッと体重が落ち、「やせたね」と言われることが増えました。気がつくと6kgほどの減。何とか吐き気に耐えつつ投与を続けること数カ月、体重はさらに2kgほど減っていました。それ以降は不思議なことに吐き気は自然と消えてしまったのです。
好きだったご飯も食べられなくなって…
実はGLP-1薬の皮下注射を始めてから、注射の需要が世界的に増え、日本での流通が滞ったことがありました。そのため、注射から経口タイプに変更して継続をしました。
経口タイプは、週1回の投与で済んだ注射とは異なり、毎日内服しなければなりません。飲み方にも注意が必要で、朝、食事をしたり水を飲んだりする前の胃が空っぽの状態で、コップ約半分の水と一緒に服用することになっていました。内服前にうっかり朝ご飯を食べてしまうことが多々あり、苦心した覚えがあります。幸い内服に切り替えてからは副作用がなくなりましたが、注射の頃はつらく、「もう投与をやめようかな」と考えたことも数回ありました。
ただ、GLP-1薬を内服していた知人の中には、副作用に耐えられず早々に中断した人が何人もいました。やせ目的ではなく、糖尿病に対する保険治療としてGLP-1薬を処方されていた患者さんからも、「体重が減るのはうれしいけれど、好きだったご飯が食べられなくなってつらい」「吐き気がつらすぎて内服をやめたい」といった声を聞いたこともありました。GLP-1薬による治療継続の難しさを目の当たりにしたものです。
その点、私は注射から内服へと形を変え、副作用の吐き気を感じた時期がありながらもGLP-1薬を約3年続け、1年半で8㎏の減量をすることができました。8㎏以上は減ることがありませんでしたけれど、継続できたこと自体は運がよかったかもしれません。
最長で4年間、減量した体重をキープ
ところで、多くの方が気になっているのはGLP-1薬の効果や安全性でしょう。どれぐらいのスピードで減量できるのか、減量効果はどの程度持続するのか、そして長期の使用における安全性はどうなのか――。そうした疑問を解決してくれる論文をご紹介したいと思います。
まずは今年5月、米ぺニントン生物医学研究センターのドナ・ライアン氏らが、ネイチャー誌に掲載したものです。セマグルチドの長期的な減量効果を調べるために、41カ国の糖尿病のない肥満患者1万7,604人を4年間にわたって観察したところ、セマグルチドを使用した人の平均体重減少率は10.2%だったのに対し、プラセボ(偽薬)を投与された被験者の減少率は1.5%となっていました。また、セマグルチド群では体重減少が65週間減少した後、観察開始から最長208週間、つまり4年間もの間、体重が維持されていたことが分かったのです。
さらに減量効果について解析した結果、104週目(観察開始から2年後)に体重を5%以上減らした患者の割合は、セマグルチド群では67.8%であったのに対し、プラセボ群では21.3%でした。体重を10%以上減らした患者の割合はセマグルチド群が44.2%で、プラセボ群が6.9%。15%以上減らした患者の割合はセマグルチド群が22.9%で、プラセボ群では1.7%でした。どうやら、セマグルチドによって得られる効果は人それぞれのようです。
30%が1カ月で治療を中止
一方、4年間という長期使用における安全性についてはどうでしょう。副作用が原因で研究参加を中止した人の数はセマグルチド群が16.6%だったのに対し、プラセボ群では8.2%であることが明らかになっています。
研究への参加を中止することになった副作用とは主に吐き気、下痢、嘔吐(おうと)、便秘で、服用開始から数カ月は薬の量が増えるにつれて、これらの副作用が強くなることは従来の調査でも報告されてきました。よって今回の調査で安全性における新たな兆候は見られなかったようですが、実際、治療の継続は簡単ではないことが分かります。
アメリカのIT会社ブルーヘルスインテリジェンスが体重管理のためにGLP-1薬を使用している約17万人の患者データを解析した結果によると、30%以上の人が最初の1カ月で治療を中止していたことが判明しました。
また、最初の12週間以内については性別による脱落率に差はなかったものの、18歳から34歳までの若い患者ほど早期に脱落してしまう傾向が明らかになっています。一方、体重管理や肥満についての専門知識を持つ内分泌専門医や肥満専門医からGLP-1薬を処方された患者は、12週間の治療を完了する可能性が高かったといいます。
多くの人が治療を中断する理由としては副作用のほか、週1回の治療ができないことや効果的でない処方がなされていたこと、また費用の問題や薬の不足などさまざまなものが考えられていますが、中でも副作用による中断は、自分自身の経験や外来の患者さんの声などを考慮しても非常に納得ができるものです。
たとえばウゴービの最も一般的な副作用の吐き気は、臨床試験に参加した人の44%に報告されています。下痢は30%で、便秘や嘔吐は24%でした。
GLP-1薬服用後の運動に効果あり
一方で、GLP-1薬をやめるとどうなるのでしょう。米ウェイルコーネル医大のルイス・アロンヌ氏らが行った研究では、チルゼパチドをやめると多くの人で体重が戻ることが示されています。チルゼパチドを服用した人は36週間で平均20.9%の体重減少を認めたものの、その後、参加者をチルゼパチド群とプラセボ群に分けたところ、チルゼパチドを投与し続けた人はさらに体重が5.5%減っていたのに対し、知らない間にプラセボに切り替えられた人は14%も体重が増加したというのです。
私自身もGLP-1薬の服用をやめてから、体重維持の難しさを感じてきました。毎日のジム習慣と14時間の空腹を設ける食事療法を欠かさないものの、少し油断すると鎖骨のラインが消え、顔がぽっちゃりしてくるのです。
実は、このGLP-1薬を服用した後の運動が医学的にも効果的とされています。
デンマーク・コペンハーゲン大のサイモン・バーク・ケアー・ジェンセン氏らが、2018年12月17日から20年12月17日までの間に109人を対象に行った調査の結果、かつてGLP-1薬(一般名リラグルチド)と運動の併用療法を受けた人は、プラセボまたはリラグルチドのみの投与を受けていた人と比較して治療終了後1年間に、開始当初から少なくとも10%減の体重を維持していた人が多かった――と判明しています。
GLP-1薬の服用中に監督下での運動を追加すると、薬物療法のみだった人の治療後と比較して、健康的な体重が維持できていたわけです。その理由として筆者らは、終了後も参加者が自発的に身体活動を続けたことがあるのではと考察しています。私自身の経験からも納得のいく指摘です。
私の場合は、せっかく減らすことのできた体重を維持したい気持ちが強く、結果としてジムで体を動かすことが日課となりました。これまで一度も運動を習慣化できなかった私が、GLP-1薬をきっかけに体重減だけでなく運動する癖まで身につけることができたのですから驚きです。この体験が多くの方の参考になりましたら幸いです。
写真はゲッティ
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山本佳奈
ナビタスクリニック内科医、医学博士
やまもと・かな 1989年生まれ。滋賀県出身。医師・医学博士。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒、2022年東京大学大学院医学系研究科(内科学専攻)卒。南相馬市立総合病院(福島県)での勤務を経て、現在、ナビタスクリニック(立川)内科医、よしのぶクリニック(鹿児島)非常勤医師、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員を務める。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)がある。