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毎日新聞 2023/4/6 東京朝刊 有料記事 1870文字
韓国で人気を集める日本のアニメ。関係が悪化していた2020年1月、この場所では売れ残った日本の雑誌のセールをしていた=ソウル市内の書店で3月22日、大貫智子撮影
10年以上にわたって日韓外交の懸案となってきた徴用工問題について、韓国政府は3月、解決策を示した。解決にあたって両政府が最も意識したのは、2015年の慰安婦合意だった。韓国国内の反発を理由に、文在寅(ムンジェイン)前政権が合意を事実上、白紙化したためだ。日本では、韓国で政権が代われば徴用工問題でも再び「ちゃぶ台返し」をするのではないかという不信感がある。しかし、後述するように慰安婦合意当時とはさまざまな点で状況が異なり、今はそうした心配をする時ではないと私は考える。
「今回は交渉ではなく協議だった。我々が解決策を示し、日本側に説明する場だった」
韓国政府関係者は、徴用工問題で外交決着を見るまでの過程についてこう語る。慰安婦問題は互いにぎりぎりの譲歩をした政府間合意だったのに対し、徴用工問題は基本的に韓国が対応したという意味だ。これが慰安婦合意と今回の徴用工解決策の最大の違いと言えよう。
韓国最高裁は12年、徴用工問題は1965年の日韓請求権協定で未解決との判断を示し、18年に日本企業への賠償命令が確定した。それでも、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)政権は現時点で日本側から賠償や謝罪が得られる見込みはないとして、韓国政府傘下の財団が賠償を肩代わりすることを決めた。日本に植民地化された歴史がある韓国にとって、非常に難しい決断だった。
韓国が勇気の一歩 日本も呼吸合わす
今回の解決策について、先の韓国政府関係者は「両国関係改善のスタート」と表現する。まず韓国が勇気を持って一歩を踏み出した。安全保障や経済など幅広い分野で両国が協力を深めていくきっかけにしたいと期待感を示す。
日本は徴用工問題は請求権協定で解決済みとしているため、韓国が対応するのは当然というのが表向きの立場だ。ただ実際は、日本側の立場が反映された今回の解決策について「韓国は相当に頑張った。我々もできることはしなければいけない」(外務省幹部)と評価する。その一つが、韓国政府の解決策発表を受け、林芳正外相が日本企業による財団への寄付について「特段の立場を取ることはない」と述べたことだった。韓国では、日本政府が企業の行動を縛っているとの疑念があったためだ。今後、少しずつ双方の呼吸が合う場面が増えていく明るい兆しを感じた。
両国の国民世論の変化も注目に値する。韓国ギャラップ社の調査で、慰安婦合意直後の16年1月、合意を評価したのは26%にとどまった。徴用工解決策を発表した直後の今年3月の調査では、解決策について「韓日関係や国益のために賛成」と回答した人は35%に上った。
対中認識でも足並みそろう
特に、慰安婦合意について「元慰安婦の声を聞かなかった」などとして全世代で最も低い9%しか評価しなかった20代以下が、今回は30%が支持しているのが目を引く。慰安婦合意の教訓として、韓国外務省幹部が何度も元徴用工や遺族を訪ねて当事者の声に耳を傾け、それを国民の目に見えるよう透明性をもって進めたことや、悪化した対日関係への疲れなどが要因に挙げられるだろう。
日本では、コロナ禍を経て韓国文化への関心が一層高まった。昨年6月、韓国が外国人観光客受け入れを再開すると、当時必要だったビザ発給を求めて在日韓国大使館前に長蛇の列ができた。日本政府関係者は「こうした国民の姿を見て、日本の政治家も日韓関係改善の必要性を実感したのではないか」と分析する。
温度差が大きかった対中認識で足並みがそろいつつある点も好材料だ。韓国で保守政権が誕生しても、対北朝鮮で日韓や日米韓協力は可能だったが、対中関係を重視する韓国とは見解の違いが目立った。一方、尹政権は昨年12月、中国を念頭に置いたインド太平洋戦略を発表し、日米韓協議で台湾海峡の平和と安定の重要性に言及するほどになった。背景には、韓国での反中感情の高まりがある。
今回の徴用工解決策に原告の一部や野党は反対している。日韓関係は互いの国民感情を刺激しやすく、いつ再び悪化するか分からない危うさを常に抱えている。ただ、慰安婦合意当時の朴槿恵(パククネ)政権は任期後半で求心力が低下していく時期だったのに対し、尹政権はまだ政権初期で残り任期は4年ある。協力を深めていくには十分な時間がある。
静岡県立大の奥薗秀樹教授は「韓国で政権交代が起きても、覆すことができないほどの協力関係の成果を多方面で積み上げていくべきだ」と指摘する。4年後を憂慮するよりも、現在の機運を生かして信頼関係を深めていくことに注力すべき時だと思う。