楽しく下げる高血圧フォロー
血圧を下げたいなら、全力疾走はNG! 運動には「ほどほど」が大切なのはなぜか?
渡辺尚彦・日本歯科大客員教授/高血圧専門医
2024年10月6日
スロージョギングを楽しむ愛好家たち=福岡市中央区の大濠公園で2021年11月20日午前9時5分、井上和也撮影
スポーツの秋です。「スポーツは健康にいい」とみなさん思ってらっしゃるかと思います。確かに適度な運動は、血圧やコレステロールを下げる効果があります。しかし、激しすぎるスポーツは時に人の命を奪ってしまうこともあります。大事なのは「ほどほど」です。
ひとつ例をお示ししましょう。
普段は上の血圧(収縮期血圧)が120mmHg、下の血圧(拡張期血圧)が70mmHgの方がある運動をしました。
すると、血圧は上が345mmHg、下も245mmHgまで上昇しました。
異常とも言える数字です。なんの運動だと思いますか。
実は、重量挙げです。通常の血圧計ではここまでの血圧は測れませんが、血管に管を入れて、血圧を測定したといいます。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2632751/
これとは別に、スポーツジムでみかける両足でプレートを押し上げるレッグプレスで血圧が480mmHg/350mmHgまで上がったという報告もあります。
https://journals.physiology.org/doi/abs/10.1152/jappl.1985.58.3.785
これは血圧のギネス記録ではないかと思います。血管がもろい人ならば、脳の血管が切れてぷつんとあの世に行ってしまうかもしれません。
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私自身、ダンベル体操が血圧にどう影響するのか調べたことがあります。ダンベル体操は、一時期非常に流行していました。私は女性3人に、片手で3kgのダンベルを持って腕を突き出したり、胸に戻したりを3回繰り返してもらい、反対の腕に血圧計をつけて測定しました。すると、3人とも上の血圧が200mmHgを超えてしまいました。
こうした運動は筋力アップには効果的なのだと思いますが、高血圧の方にはあまりおすすめできません。普段運動をしていない人がいきなりこうした運動をするのは、やはり危険なのです。
握るなら3割の力で
ひと言で「運動」と言っても、大きな動きが少ないベンチプレスやダンベル体操といった「静的運動」と、ウオーキングやランニング、水泳、自転車などのように、動きが大きな「動的運動」があります。上述の通り、静的運動は基本的に血圧を上昇させます。このため高血圧の方には動的運動をおすすめしてきました。
しかし近年、すべての「静的運動」がダメというわけではないことが明らかになってきました。注目されているのが、ハンドグリップです。
手をぎゅっと強く握り締めると血圧は上昇します。しかし、握力の30%の力で握ると血圧が下がるという研究結果をカナダの先生が発表されたのです。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1600-0838.2011.01435.x
手を握ると一時的に血流が停滞します。このため血管を広げようとして、血管拡張物質の一酸化窒素(NO)が血管内皮細胞から血管内に放出されます。手をゆるめると停滞した血流が一気に流れますが、このときNOも一緒に全身に行き渡るため、血圧が下がると考えられています。
私も60代の男性患者さんに30%の握力で握るとランプが光る器具をお貸しし、2カ月間試してもらいました。2分握って1分休むのを左右2回ずつ、週3回以上してもらいました。すると家庭で測定した上の血圧の平均値が134.9mmHgから128mmHgに下がりました。
握力計やこうした器具がないと「30%の力で握る」というのが難しいですが、タオルをくるくると巻いて筒状にして握るとちょうどそれぐらいの力になるとおすすめしている先生もいらっしゃいます。
運動中に亡くなることも
動的運動の中でも、高血圧の方によいとされるのがランニングやウオーキングなどの有酸素運動です。しかし、頑張りすぎは禁物です。激しい運動は、体や心臓に大きな負担がかかります。
2009年の東京マラソンに出場していたタレントの松村邦洋さんが、レース途中に急性心筋梗塞(こうそく)で倒れたことは覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。松村さんは一時、心肺機能停止したといいますが、自動体外式除細動器(AED)による処置で命をとりとめました。
30年以上前になりますが、全国のトライアスロンの大会や富士山のマラソン大会などに次々と参加する60代の男性がいらっしゃいました。私も何度か見たことがあり、すごいなあと思っていたのですが、この男性もバイアスロンの大会中に倒れ亡くなりました。亡くなったことはスポーツ紙で報じられ、私も非常にショックでした。
私の患者さんの息子さんも、会社の研修の10kmマラソン中に倒れ、亡くなりました。急性心不全だったと言います。まだ20代でした。「息子が選んで入った会社なので…」とご両親はその会社を訴えることはしませんでした。
このように運動中の突然死は、時々起こります。
走ることはほんとうに体にいいの?
走っているときに、体ではどんなことが起こっているのでしょうか。ある企業のランニング愛好家グループからメディカルチェックの依頼を受けたことをきっかけに、マラソン前後での血圧の比較や走っている間の心電図の変化などを調べたことがあります。心電図を装着して、42.195km走ってもらいました。
マラソンの前と後で血圧を測定すると、みなさんレース後は上の血圧が下がりました。中には、レース前180mmHgだった上の血圧が、レース後108mmHgになった方もいらっしゃいました。レース前は緊張で血圧が高めになったのだと思いますし、運動することで末梢(まっしょう)血管が拡張します。また、汗をかくことで水分も塩分も排出され、体重は数kg減り、脱水状態にもなっています。マラソンの後に血圧は下がりましたが、体にとってはよい状態とはいえません。
心拍数を見ますと、51歳の方の心拍数がレース中に177を記録しました。220から年齢を引いた値が、最大心拍数の目安とされていますが、それを上回っています。ほぼ全力で走っていたのでしょう。心臓にも大きな負担がかかっていたことがわかります。
実は私も、血圧や心拍を記録しながら、ランニングマシンで全力疾走したことがあります。心拍は209、上の血圧は230mmHgまで上がりました。長年血圧を測り続けてきましたが、私の血圧の中で最高記録です。走るのをやめると今度は血圧が一気に下がって、気持ち悪くなってしまいました。全力疾走は心臓にも負担がかかり、血圧も上がってしまいます。
ですから、全力疾走はしないのがよいと思います。
適度な運動の目安は?
それでは、どれくらいの運動がよいのでしょうか。血圧を下げたい場合、最大酸素摂取量で5~6割ぐらいの有酸素運動がよいとされています。
最大酸素摂取量を調べるにはダグラスバッグという専用の装置が必要ですが、代わりに心拍数を目安にするのもひとつの方法です。安静時の心拍数に、最大心拍数と安静時心拍数の差の5~6割を加えた値を、心拍数の目標にします。
最大心拍数は220から年齢を引いた値とされていますから、例えば現在60歳で安静時心拍数が70の方の場合、最大心拍数は160になり、全力の5割程度の運動をする場合には、70+(160-70)×0.5=115で、115が目標の心拍数となります。
しかし、脈拍を測るのは難しい、面倒だという方も多いでしょう。2人1組でおしゃべりしながら息切れしないで走れるペース(福岡大名誉教授の荒川規矩男先生のグループが「ニコニコペース」と提唱されました)を目安にするとよいでしょう。
私の場合、患者さんには「歩け」「歩け」と言い、歩数計をつけてもらい、毎日の家庭血圧と一緒に歩数も記録するよう指導しています。
ウオーキングの場合、毎日30分、1日おきなら1時間が目安です。約21週間続けると血圧が下がってきます。効果が出るまでには時間がかかりますが、お金はかかりません。
以前もご紹介しましたが、血圧のお薬を4種類飲んでいる70代の男性患者さんがいらっしゃいました。1日2kmのウオーキングを始め、少しずつ距離を延ばし4km歩くようになりました。すると、血圧が大きく下がりはじめ、お薬を一錠また一錠と減らしても大丈夫になりました。最終的に男性のお薬は1種類になり、薬の量もそれまでの2分の1減らすことができました。
ただ私がいくら「歩くように」とお話ししても、まじめに取り組む方もいらっしゃれば、なかなかそうできない人もいらっしゃいます。今年6月、厚生労働省の方針で、高血圧などの生活習慣病の患者さんの治療では、医師と患者さんが相談して食事や運動についての「療養計画書」をつくり、患者さんにも同意の「サイン」をしてもらうようになりました。
小さな変化ではありますが、計画書に「サイン」することで、患者さんの意識も高まるのではと期待しています。
特記のない写真はゲッティ
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1952年千葉県生まれ。78年聖マリアンナ医科大学医学部卒業、84年同大学院博士課程修了。医学博士。米国・ミネソタ大学時間生物学研究所客員助教授、東京女子医大教授、早稲田大客員教授などを経て、現在、日本歯科大客員教授、聖光ケ丘病院顧問。高血圧専門医。循環器専門医。87年8月より携帯型自動血圧計を装着し、30分おきに血圧を測定し続けており「ミスター血圧」とも呼ばれている。「血圧が下がる人は「これ」だけやっている-高血圧治療の名医がすすめる正しい降圧法-」(アスコム)、「ズボラでもみるみる下がる 測るだけ血圧手帳」(同)、「科学的に血圧を下げる方法」(エクスナレッジ)、「自分で血圧を下げる!究極の降圧ワザ50-血圧の常識のウソ・ホント-」(洋泉社)など著書多数。