御言訓読と霊界動員
第三章 『天聖経』に関するみ言
第一節 『天聖経』奉献式の祈祷
愛するお父様。流れいく歳月の歴史は、途切れることなく流れてきましたが、ある一つの定着時代を迎えれば、その流れは大海に入っていきます。その大海の中の黒潮と共に、天宙の生命圏を復活させるべき再出動、再出発をしなければならない時になりました。
太平洋の中には黒潮があることを知っております。地上世界を越えて天上世界へと流れる支流のようなものが地上の人間たちのつくった国家であり、そのすべての国家、支流が合わさって太平洋に流れていくように天の国に入っていけば、天の国にも黒潮のような主流があるので、その統合的基準に一致化できる道を行かなければ、理想的天国の生命圏を形成することはできません。ところが、地上も天上も、黒潮を中心として一体化することができませんでした。
しかし、真の父母がこの地上に現れ、地上と天上世界の整備をすることによって、地上の黒潮の世界と天の国の黒潮の世界において、天の国を中心として、流れていた人生のすべての路程が、同じ統合された生命圏として全天宙に復活することができ、能動的、主体的な価値として吸収、投入できる時代を迎えたのでございます。
それゆえに、神様の解放と地上の真の父母の解放と万民解放と天上世界の霊人・天使世界全体解放を中心として、それを宣布できる三日圏内に入ったこの日、十八日午前十時十三分を中心として、双十節(四月二十日)を越え、三時代を越え、四数に向かうことができ、韓国に帰還する二十日を中心として、統一的解放世界と釈放世界を宣布できる「父母の日」を迎えます。このような時に、天宙、天地、天地人父母の解放圏はもちろんのこと、地上においてお父様が御心配される基準を解消させ、国家と天地、永遠にお父様の国の権限を樹立させ得る教本として、今『天聖経』をお父様の前に、真の父母が鑑定したすべての内容を事実として、お父様の前にお捧げいたします。
天上世界の聖人、賢哲たちまでも、お父様を中心として、天宙父母と天地父母と天地人父母が、旧約、新約、成約を越え、第四次アダム圏を中心とする統一国時代の完着(完全定着)を中心として、釈放を予告、宣布することによってその上に立ち、億千万世が、そのみ言を中心に歴史性を参考にしながら、天の訓示と地上の解放的真の父母の伝統を受け継ぎ、天の前に孝子、忠臣、聖人、聖子の家庭完成を成し、天の国の皇族圏を永遠に、永遠に地上に奉献し、天に侍って地上世界を治め、子孫たちに行くべき方向を確実に教示することができる『天聖経』として、お父様の前に奉献いたします。
きょう四月十八日のこの時間を中心として、双十節(四月二十日)を中心とする三数の特別な期間、そして四分を越えるこの時間を通して、十七、十八、十九、二十、この四数の四日間を中心として準備したすべてのことを完結させ、お父様の前に奉献するこのみ言を、喜んで受け入れてくださることを懇切にお願い申し上げます。
この天上の価値内容がお父様の主権とともに、永遠不変の愛の世界において、覇権的勝利の権限をもって治めることができる真理の教材として、天上・地上の統一的な合本一体となれる教示の定礎石を置く天の国の教本となることができ、そして天国を成すことのできる勝利の教本として、地上・天上世界の完成を計画できるみ言となり、これをお父様の前に奉献いたしますので、喜んで受け入れてください。
地上にいる真の父母と、真の父母の祝福を受けた家庭と、天上世界の数多くの祝福家庭が合心一体で注視する場において、天宙・天地・天地人父母の合徳心情一体圏の上でこのことを宣布いたしますので、喜んで受け入れてくださり、万天宙に通告し、指導教材として使用することを真の父母の名によって懇切に、懇切に御報告、宣布いたします。アーメン、アーメン、アーメン! (二〇〇四・四・一八・午前十時十三分、アメリカ、イースト・ガーデン)
第二節 『天聖経』とは
『天聖経』は、天の国の聖書です。ですから天宙的です。天は一つであって、二つではありません。数多くの宗派があり、宗教を代表する教理をもって争っているのですが、そのような時代はすべて過ぎていきます。
今からは、自動的に崩れる時が来ます。ほうっておいても、天がほかの所には役事しないので、だんだんと気運が抜けていくのです。天上世界でも、今この『天聖経』を中心として学んでいます。天が内的なので、地上でも、この内的な世界に必ず似なければなりません。似なければ、間違いなく脱落するようになっています。似た人以外には天国に入っていくことができないので、『天聖経』を中心として学ぶのです。
すべての聖賢、賢哲たちが霊界に行っていますが、神様がどなたなのか知りません。地上と全く同じです。それを、真の父母がこの地に来て、そのすべての内容を明らかにすることにより、霊界も再教育するのです。ですから、天の国において、すべての内容を教育することができる主流の内容が『天聖経』なのです!
それは、闘争する世界を一つにするための聖書なので、天の国でも、多くの障壁を崩してしまうためには、『天聖経』を理解することによって「自分の本故郷がここだ」ということを知らなければなりません。『天聖経』の内容に一致しないすべてのものは、自らそれを解消し、塀があればこれを崩すという責任を、各自の宗派、各自の民族、各自の世界、天地が共に果たさなければならないのです。(二〇〇三・一一・八)
四百巻(『御言選集』)の骨子をまとめたのが『天聖経』です。天の国の聖書です。今後これを、頭の良い人は、すべて覚えなければなりません。日本では、法律が憲法を中心に六法全書として、部門別に成り立っています。それにパスして初めて立法、司法、行政、各部署の国家責任者になるのです。それと同じように、この『天聖経』の内容を知らなくてはならないのです。
『天聖経』の背後には四百巻があります。分からないことがあれば、それを参考にして詳しく見れば、自分たちが世の中でどのように生きなければならないかという内容が、すべて含まれています。ですから、皆さんが神の祖国圏内で暮らすのに必要な法はすべて入っているので、憲法と同様の本だというのです。それ以外の法は、自分たちが『天聖経』を中心として、いくらでも考えて作り、暮らすことができるのです。ですから天の国の聖書だというのです。(二〇〇四・一・一)
『天聖経』を四月十八日に、天の聖書として捧げました。ついに天地の聖書として指標を定め、標準を定め、方向を設定したのです。出発と目的が一致する道を行くことができるようにし、目的地である復帰の理想圏と生活圏まで教えたものが『天聖経』の内容です。ここからずれてはいけません。
既成教会の人たちは、聖書をもって誇っていますが、私たちは『天聖経』をもっています。その勝利の覇権がどれほど驚くべきものか分かりません。そこに自主的な主人の位置があり、中心の位置があります。これがねじれれば、三六〇度、すべてがゆがむのです。垂直のまま行かなければなりません。(二〇〇四・五・五)
今から皆さんが、皆さんの一族を中心として、直行で天の国に連れていける道を開くためには、これを通らなければなりません。天の国もこの聖書を使っています。分かりますか。『天聖経』のことです。天の国も、文総裁がこれを訓読するその時間に合わせて訓読会をしている、というのは事実です。『天聖経』の何章には何があり、何章には何があり、骨子だけでも答えなければならないのであって、何も知らない人がどのように通過するのですか。
『天聖経』とは何ですか。天の門を通過でき、天の国の正道を通って高速道路に直行し、天のみ座にまで通じることができる道を教えてあげるものです。(二〇〇五・一・三)
真の父母の前にすべて整理しなければならないのですが、真の父母の伝統を代表するその訓示とは何かといえば、『天聖経』です。たくさんのみ言を縮小したのが『天聖経』です。これは、天の憲法の内容が入っていて、その次に、各分野の法の内容まで入っています。
今までは、法が設定されていなかったので、正しいか正しくないかを判別できませんでした。ですから、裁判することができなかったのですが、これは、三大審判過程であるみ言審判、人格審判、心情審判の基準を定めてくれる法なので、これを中心として天国の民か、そうでないかということを確定できるのです。ですから、その法に従って暮らさなければならない時が来ました。(二〇〇四・六・三〇)
「世界平和連合」をつくるときに、第一、第二、第三イスラエル国を創建するという思想のもとでつくったのです。その思想のもとで『天聖経』も出てきました。先生が語った伝統的思想をまとめて、結論を下したものが『天聖経』です。そこには、先生の一貫した思想的出発と過程と目的が凝縮されています。(二〇〇四・一〇・三)
「このようなことをするのは、天の国の伝統を立てるためだ。私たち統一教会にその伝統を残せば、統一教会は永遠の王国の主人になり、私がいなくなってもこのような遺言のみ言が残るので、一人から十人、十人から百人、世界に千人、一万人と増えていく。だから、それを伝統として残そう」と考えて、急いで『天聖経』を一つの聖書として作ったことを忘れてはいけません。
『天聖経』を握れば、手と足がぶるぶると震え、我知らず骨髄が溶け出す痛みを感じながら神様に感謝し、「伝令のみ言を私が守って主人になります」と言って「一千年の恨を許してください」と祈祷し、「私たちは、『天聖経』を奉読する一族になる」と決心する家庭にならなければなりません。(二〇〇五・一・一)
第三節 『天聖経』の恵み
重生式、復活式、永生時代および浄化時代です。今、祝福家庭が浄化して天一国に入国するためには、『原理(講論)』のみ言を通して、訓読会で『天聖経』を読みながら、先生の四百巻(『御言選集』)の本と対比しながら、再び自分を振り返って何が不十分なのかという事実を確認し、それを清算しなければなりません。
重生式、復活式、永生時代があります。永生時代に、ここに来て参席したとしても、ほかの人のように幼い時代から洗礼を受けて教会を信じることができなかったことを内的に整備しなければならないのです。(二〇〇四・一・一)
『天聖経』を十回学べば、世の中が明るくなります。ですから、訓読会を一生懸命にやらなければなりません。私になぜ訓読会が必要でしょうか。教育して歴史を正しく立て、雑多な者が幅を利かせるのを防止するために訓読会をするのです。(二〇〇四・四・五)
「父母の日」を中心として、天と地の前に聖書を一つ作り、『天聖経』を天の国の聖書にしました。それは、その天の聖書を中心として毎日訓読会をし、世の中のものよりも重要視することによって、天の王子、王女となり、天の国の代身の主人、神様の代わりに間違いなく万国を治める王になる、そのような決定的核だというのです。(二〇〇四・五・一三)
霊界も父母を知りません。先生が、「神様は父母だ」ということを教えてあげることによって知るようになるのです。霊界も今、訓読会をしています。霊界も、『天聖経』で訓読会をしていることを知らなければなりません。(二〇〇四・四・一三)
天国でも『天聖経』を訓読しています。皆さん、『天聖経』をもっていますか。自分がもっているすべての万物と交換したとしても、『天聖経』をもつ価値のほうが大きいのです。
『天聖経』を通して、共産党や左翼問題を解決することができ、民主世界を収拾することが可能なのです。天一国の民の内容や、天一国の構造的な内容が『天聖経』にあります。一年十二カ月を中心として『天聖経』を分類して訓読するのです。朝二時間以内で訓読を終えれば七時ですから、それから会社へ出勤することが可能です。
地球上では、朝、昼、晩の時間が地域別に異なっているので、訓読のみ言が途切れなければ、み言を中心とする一つの世界になるのです。『天聖経』の教えを何よりも重要視しなければなりません。(二〇〇四・九・二)
『天聖経』を貴く思っていますか。今回、二千三百ページを超えるその本を、きのうまでに読み終えるために、先生がどれほど身もだえしたか分かりません。私が神の祖国を宣布する前に、天の聖書として残るものを鑑別しなければならないので、すべて読み終えたのです。読み終えてこそ、ここに来て神の祖国光復を宣言することができます。
それでは、四百巻にもなる先生の説教集をいつ、すべて読むのですか。その骨子をまとめたこれだけでも読めば、四百巻を知った者として認定することができるのです。天の国も、これを中心として訓読会をしているので、地上でもこれを中心として訓読するのです。知らない人たちは天上世界と関係を結ぶことができない、という事実を知らなければなりません。『天聖経』です。天の聖書を地上と天上世界も、一緒に訓読会をするのです。(二〇〇四・一・一)
私は、本来、原稿をもって語ることを好まない人です。天が案内するとおりに私の口と体をゆだねて語ったので、このような歴史的な『天聖経』が生まれた、ということを知らなければなりません。それは、文総裁が一人で語ったものではありません。そのみ言をもう一度聞けば、霊界の音波が響いてくるのです。聖人、賢哲たちが同参して、補助していた心情的な内容が、そのみ言の中で長い歳月を生きて動くというのです。
ですから、『天聖経』のみ言は、常に歴史を越えるのです。千年、万年後にはどのようになるでしょうか。千年、万年後にも神様がもっと福を与えたいと思われる内容の心情が、そこには宿っているのです。そのようなことを、ここに立っている人は知ってみ言を語ってきたということを、皆さんは知らなければなりません。
ですから、そこに題目を、天の国の「天」の字に「聖経」と書いておきました。天の国というものは、地上世界と天上世界が二つの国になっているのではありません。一つの国になっているので「天一国」というのです。「天一国」は、二人が一つになった国です。「二」の字に「人」の字で「天」であり、二人が一つになった国です。ですから、『天聖経』は、「天一国」の教材になり得るという話です。(二〇〇五・五・五)
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御言訓読と霊界動員 - 第3章 - 『天聖経』に関するみ言
대태양/김현수
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22.04.06 05:23
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