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義は完全な愛に対して完全な美を維持させる過程が義の分担過程だ。 そのため美の位置は加減的な動きがあるところだ。 義と不義は一つの境界線上に立っている。 そのため、対象格の右左如何に愛と合わせて善成事を右左する重要位置が美的位置だ。 そのため、義は一つの基本線中心体の形のようなもので、私には作用する。 与える時も対比される美を見ることができず、与える天の存在は不意の行動になる。 そのため、天に愛される者なら、与えることも天化する基台線上に立ってのみとなる。 そのため、私たちの人生の前に旧約時代は行義で、新約時代は信義で、成約時代は時義として一人類の生活中心になっている。 芸図を見ると、愛線と美線は対象となって一つの回路を造成する。
義는 完全한 사랑에 對하여 完全한 美를 維持하게 하는 過程이 義의 分擔過程이다. 그런고로 美의 位置는 加減的 움직임이 있는 바이다. 義와 不義는 한 境界線上에 서 있다. 그런고로 對像格 右左 如何로 사랑과 合하여 善 成事를 右左하는 重要 位置가 美的 位置이다. 그러니 義는 한 基本線 中心体 모양과 같은 것으로 나에게서는 作用한다. 줄 때도 對比되는 美를 보지 못하고 주는 하늘 存在는 不義인 行動으로 된다. 그런고로 하늘 사랑을 받는 者라면 주는 것도 하늘化하는 基臺線上에 서서만이 된다. 그런고로 우리 人生 앞에 舊約時代는 行義로 新約時代는 信義로 成約時代는 侍義로서 한 人類의 生活 中心으로 되어 있다. 例圖를 보면 사랑線과 美線은 對像이 되어 한 回路를 造成한다
義は一中心B点となってA、Cを結ぶ。 このように一つの線上に立つ時に線が成立する。
義는 한 中心 B 点이 되어 A, C를 連結한다. 이와 같이 한 線上에서 설 때에 善이 成立 된다.