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前回は電子処方箋についてお話をしました。国民一人一人のすべての処方内容が瞬時に知られる恐れがあるシステムはプライバシーの観点からみて適切なのか、将来的に国民にとって何らかの不幸な事態は招かないか、という点について私見を述べました。今回は「医薬分業」の話をしたいと思います。電子処方箋でなく従来の処方箋であっても、日本全国どこの薬局でも処方箋の薬を受け取ることができます。これは一見便利に思えますが大きな欠点もあります。今回も私自身の体験を交えながら現状の医薬分業の欠点について、そしてあるべき薬局の姿について述べます。
薬の使い方を知らなかった女性
まずは私が大学病院の総合診療科で外来を担当していたころの話をしましょう。その患者さんは30代女性。主たる訴えは「アトピーが治らない」でした。アトピー性皮膚炎は皮膚疾患ですから皮膚科が担当ということになりますが、紹介状なしで大学病院を受診した場合はまず総合診療科が診るというルールに(当時は)なっていました。そこで私が担当することになり、まずは話をじっくりと聞くことにしました。そもそも、アトピー性皮膚炎は大学病院で診る疾患ではなく診療所/クリニックで対応すべきものです。しかし診療所で改善しないから大学病院に頼るという患者心理は理解できます。問診から二つの重要な点が浮き彫りとなりました。
ひとつはこの女性はぜんそくとアレルギー性鼻炎の治療も必要であり、皮膚科のクリニックに加え、内科の診療所と耳鼻科の診療所にも別々にかかっていること、もうひとつはアトピー性皮膚炎の処方薬自体は標準的なものだけれど使い方をまるで理解されていないことでした。
このような場合、私のそれまでの経験でいえば、大学病院の皮膚科を受診しても「前医の処方は間違っていない」と言われ、似たような薬を処方されるだけで終わります。また、当然ながら大学病院の皮膚科ではぜんそくや鼻炎は診てもらえません。専門医の立場からは「それは当科の範ちゅうではありません」となるためです。そうなると、わざわざ大学病院にまでやってきた患者さんを失望させることになります。
そこで総合診療医の私がすべての症状と疾患を引き受けることにしました。なお、今回は詳しく述べませんが、私は「アトピー性皮膚炎、ぜんそく、鼻炎などのアレルギー疾患はまとめてかかりつけ医/総合診療科医が診るべきだ」と当時から言い続けています。
説明書きではわからない
この女性がアトピー性皮膚炎の薬の使い方を理解していなかったのはなぜか。それはもちろん「適切な説明がなされていないから」です。女性が通院していたのは大変“人気”のあるクリニックで、診察時間は長くて5分、短かければ2分程度で終わったそうです。「薬については薬局で指導を受けてね」と毎回医師から言われていました。ところが、薬局で薬剤師から処方された薬の使い方について、きちんと教えてもらったことがないと言います。
そこで私は次のような説明をしました。
・アトピーの治療の基本はステロイド外用を短期間使用して炎症をとり、その後かゆみや炎症を抑えるタクロリムス外用で無症状の状態を維持すること(注:当時は薬のラインナップが少なく他に選択肢がなかった)
・タクロリムスは、最初は毎日外用し、経過をみながら少しずつ減らしていくこと
・内服薬は、最初は補助的に使ってもいいが少しずつ減らすこと。この薬は鼻炎やぜんそくにも有効であることを知っておくこと
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・鼻炎は内服薬を継続してもいいが点鼻薬も推奨されること。またぜんそくにもこの内服薬がある程度効くが、治療は吸入ステロイド薬をメインにすること
・いずれの疾患も薬よりも生活環境の見直し(ダニ・花粉の対策をする、頻繁にシャワーを浴びるなど)が重要であること
女性はこうした基本的なことを、ほとんど聞いたことがないと言うので驚きました。それまでは薬と一緒に渡された説明書きを見ながら、処方された薬を飲んだり塗ったりしていたそうです。説明書きには内服薬は「1日2回朝夕食後」などと書かれているだけで、増やしたり減らしたりしていいのか、また食事を抜いたときに飲んでいいのかどうかも分からないと言います。
外用薬にいたっては、「顔に」とか「手足に」とかいった記載はあるのですが、どの程度の量をどの程度の期間使用すべきなのかが分からなかったと言います。
これでは適切な使用ができるはずがありません。
説明すべきは医師?薬剤師?
では、この女性がきちんと薬を使えていなかったのは誰の責任なのでしょうか。薬の説明は薬剤師ということに一応はなるでしょうが、こういった説明を薬剤師に求めるのは酷です。診察の様子をみていない薬剤師に、どの部位にどれだけの量をどの程度の期間塗るべきかなどの説明ができるはずがないからです。これらはその患者さんの皮膚の炎症の程度や広がり方、あるいは患者さんの生活習慣などによって異なってくるのです。
アトピー性皮膚炎や塗り薬の使い方を説明したリーフレット=2021年6月11日午後1時47分、青木絵美撮影
ならば医師が説明すべきでしょうか。答えは「イエス」ですが、診察時間が2~5分の“人気”クリニックではそんな時間の余裕はありません。それにたいていのクリニックは院外処方ですから実際の薬を見せながら説明するのは困難です。
ではどうすればいいのでしょうか。
実は私が「早く開業しなければ」と考えた理由のひとつは勤務医時代にこのような事例をたくさん経験したことにあります。現状のシステムで薬の説明を適切にできないならば、自分で新たなシステムを構築すればいいと考えたのです。
開業時、私は薬を院外処方ではなく院内処方としました。院内処方は必然的に赤字になるため運営上は好ましくないと言われますが、「診察を見ていない外部の薬剤師に適切な薬の説明ができるはずがない」と考えたのです。また、看護師に協力してもらい、診察に立ち会った看護師に薬の説明をお願いしました。
薬の説明を主に看護師が担い、不明な点がでてくれば私が補うというこの方法は患者さんに理解してもらいやすく優れた方法だと今も思っています。
協力体制が生み出すメリット
ところが、当院はある事情から入居していたビルで診察が続けられなくなり、移転を余儀なくされました。移転先には大量の薬を置くスペースがありません。しかし、幸いにもビルの1階に薬局が入ることになり、その薬局に協力を求めることにしました。
外部の薬剤師に診察に立ち会ってもらうことはできませんが、その薬局の複数の薬剤師に私の診察を見学に来てもらい、日ごろ私や看護師がどのように薬の説明をしているのかを学んでもらいました。
それでも、実際の診察を見ていない薬剤師が患者に薬の説明をするのは大変です。そこで、薬の説明時に疑問が生じればただちに電話やGoogle Chatなどを使って連絡を取り合うようにしました。患者さんが帰宅後に疑問が生じたり副作用が出現したりした場合は、当院と薬局、どちらに問い合わせしてもらってもかまわないことも伝えています。
また、当院と薬局の共同ミーティングや合同の勉強会を頻繁に開催し、日ごろの疑問点を解消し、薬の説明で苦労した事例について意見を交わしています。
現在の医薬分業のルールでは「処方箋は日本全国どこの薬局でもOK」とされていますが、当院に限っていえば、大半の患者さんは同じビルの薬局を利用されています。行政上の方針は「同じ薬局に誘導しない」だそうですが、患者側としては「医師及び看護師ときちんとコミュニケーションが取れている薬剤師から説明を聞きたい」と考えるのは当然であり、医師の立場からみても「顔も知らない薬剤師に大切な患者さんを任せたくない」のです。
薬局で薬を手に取る薬剤師=東京都練馬区で、2022年8月4日午後3時32分、秋丸生帆撮影
さて、電子処方箋が普及し医薬分業に拍車がかかると、患者さんはAmazonなど一部の大手の業者に集中するのではないかと予想されているようです。配送システムがしっかりしていてポイントもたまるので大勢の患者が大手の薬局に流れるだろうという話も聞きます。
ですが、私はそうはならないと考えています。薬の種類によってはそういった大手流通会社や大手薬局が便利なのかもしれませんが、医師と薬剤師が協力して薬の説明をしてほしいと考える患者さんは少なくないからです。もしも副作用が出たとき、医師と薬剤師が互いの顔も名前も知らないような関係であれば、適切な対応がとれるとはとても思えません。
電子処方箋が広く普及しはじめた今、医薬分業の是非についても一人一人にじっくりと考えてもらいたいと思っています。
特記のない写真はゲッティ
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谷口恭
谷口医院院長
たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 月額110円メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。