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毎日新聞 2023/5/9 東京夕刊 有料記事 914文字
この春に焼いたアサリとホタルイカとコゴミの和風パエリア。まさに「雑多」な感じ=2023年4月19日、小国綾子撮影
5月3日は大好きな詩人、長田弘さんのご命日。だから毎年、この季節には彼の詩集を開く。今年は1987年の詩集「食卓一期一会」を選んだ。66編ほぼすべてが食べ物にまつわる詩。「包丁のつかいかた」「おいしい魚の選びかた」「アップルバターのつくりかた」……。まるで、言葉のごちそうみたいな一冊だ。
中でも「パエリャ讃」という詩がいい。<パエリャは何はともあれ鍋である>で始まり、ムール貝や野菜など食材の名前が次々と挙げられ、<すべてを鍋にほうりこむのである>。そして炊き上がったら<いい仲間と争って食べるのである>。そんなおおらかな詩だ。
今年の初め、生まれて初めて料理エッセーの仕事をいただいた。月刊誌「婦人之友」3月号。私がツイッター(@ayaoguni)で日々の食卓のレシピを「140字手抜き料理」と名付けて投稿しているのを、編集者さんが目に留めてくれたという。
人生初の料理エッセーのテーマに、私は悩んだ末、「パエリア」を選んだ。エッセーに添えたレシピは「牡蠣(かき)の和風パエリア」だ。
25年前、息子が生後6カ月の時、母子2人でスペインを3週間旅した。毎日のようにパエリアを食べた。赤ん坊を左手に抱き、右手のスプーンだけで食べるので、頭と殻付きのエビが最大の難所だった。育児休業中、子育てと仕事の両立が不安で旅に出た私は、息子との二人旅で少しずつ自信と自由を取り戻した。そんな旅の傍らにいつもパエリアがあった。
今でも炊飯器で白米を炊くより、パエリアを焼く回数の方が多い。長田さんの詩には、<決め手はサフラン>とあるけど、私のは自己流になり過ぎて、高級なサフランなど使わず、和風だしで炊くことも多い。これを翌朝、だし汁でお茶漬けにすると最高においしい。
パエリアを食べる時は、長田さんの詩「パエリャ讃」の最後の一行をそらんじる。<純粋でなく雑多をおもいきって愛するのである>。一つ鍋の中の「雑多」を愛したくて、私は今もパエリアを焼くのかもしれない。
料理好きの新聞記者としては、この詩集のあとがきがまた、心に染みる。<言葉と料理は、いつでも一緒だった。料理は人間の言葉、そして言葉は人間の食べ物なのだ>(オピニオン編集部)