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毎日新聞 2023/5/11 東京朝刊 625文字
紀元前12世紀の古代エジプトのファラオ、ラムセス5世は名前がわかる最古の天然痘患者といわれる。ミイラに症状の痕があるそうだ。人類と感染症の長い闘いの歴史を物語る▲天然痘が最後に残ったのはエジプトに近い「アフリカの角」だった。世界保健機関(WHO)は国境を接するエチオピア、ケニア、ソマリアの協力を取り付けて撲滅に向けた最終作戦に臨んだ▲指揮を執ったのが世界天然痘根絶対策本部長だった蟻田功(ありた・いさお)さんだ。国境地帯で戦争が勃発する中、活動を続け、1977年10月に発症したソマリア人コックが最後の患者になった▲96歳だった蟻田さんの訃報が伝えられた。旧厚生省からWHOに出向し、10年にわたる撲滅計画に一貫して加わった。感染が続いていたアフリカや南アメリカ、インドなどを飛び回った▲天然痘の発生を恥と思う村長、種痘は神の意思に反すると考える民衆。障害を乗り越えて実現に懐疑的な見方もあった事業を成し遂げた。WHOが根絶宣言を出したのが80年5月8日。88年には日本国際賞を受賞した。その後も故郷の熊本でポリオ撲滅などに取り組んだ▲「人類は、政治、宗教、人種を越えてその英知を集合して、共同の敵に当たることができる」。3000年以上続いた病気を根絶させた教訓として著書に記し、さらなる挑戦を求めた。コロナ禍の間は分断や争いが続いた。教訓を生かせるか、心もとないが、感染症の脅威は今後も続く。蟻田さんが実践した貴重な成功体験を忘れてはならない。