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自閉症男子の不思議な魅力~独サッカーチームを巡る親子の映画『ぼくとパパ、約束の週末』を見て考える
山登敬之・明治大学子どものこころクリニック院長
2024年10月16日
全チームのスタジアムを回って「推し」チームを決めることになったジェイソン(左)と父のミルコ=「ぼくとパパ、約束の週末」から11月15日(金)より新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほか全国ロードショーⒸ2023 WIEDEMANN & BERG FILM GMBH / SEVENPICTURES FILM GMBH
来月半ば、ドイツからやってきたハートウオーミングな映画「ぼくとパパ、約束の週末」が公開されます。笑って泣いて、自閉症の子どもの可愛さと家族の大切さがわかる、そんな映画です。
字幕の監修を引き受けてみたら
7月初めに字幕製作の現場をのぞかせてもらいました。東京都新宿区の小さなスタジオに翻訳者の吉川美奈子さんはじめ関係者数人が集まり、映画を最初から流しながら、検討を要する箇所にきたら画面を止めて字幕を直していきます。私の仕事は、できあがった日本語の字幕に差別的な表現がないかをチェックすることでした。
この映画は、自閉症を持つ10歳の男の子が主人公です。学校でクラスメートからいじめを受けるシーンなどもあり、そこでは当然、差別的な言葉が交わされます。そうしたニュアンスを残しながら、許容範囲と思われる言葉を探しました。
「コミュ障」じゃ、ちょっとキツいですか? うーん、まあ、きょうびの小学生はそれくらい言いますよね……というようなやりとりが交わされるわけです。
それでも、そんな箇所はごく数えるほどでしたから、これでスクリーンに名前がクレジットされるのも申し訳ないような恥ずかしいような。でも、うれし楽しいひと夏の経験でした。
「ぼくとパパ、約束の週末」Ⓒ2023 WIEDEMANN & BERG FILM GMBH / SEVENPICTURES FILM GMBHスクリーンから伝わる自閉症の子どもと家族の大変な日常
主人公のジェイソンは幼い頃に自閉症と診断されています。精神科で使われている現在の診断名でいうと、「自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder、略称ASD)」です。
以前、この連載でも説明しましたが、ASDのSにあたる「スペクトラム」は「連続体」を意味します。共通する特徴を持っているとはいえ、人それぞれ、度合いは濃い人から薄い人までいるということです。
では、その特徴はどんなものかというと、重要なのは次のふたつです。ひとつは、他者の心の動きや世間の常識的なふるまいが本人にはピンとこないので、人間関係をうまくつくれず集団になじめないこと。もうひとつは、独自の強いこだわりを持ち変化を嫌うため、急な出来事に対処したり新しい環境に適応したりするのが難しいこと。
ASDの人たちは、こうした特徴のために社会生活で不自由するわけですが、小学生のジェイソンもだいぶ苦労しています。学校では毎日クラスメートにからかわれるわ教師ににらまれるわ、ついには問題児扱いされ転校を勧められるハメに。
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また、ジェイソンは、学校の中だけでなく外でも騒動を起こして両親を悩ませます。ASD特有のパニックですが、これは独自のこだわりがもとになっている場合もあれば、聴覚や視覚、触覚などの知覚が敏感すぎるせいで起こる場合もあります。
「ぼくとパパ、約束の週末」Ⓒ2023 WIEDEMANN & BERG FILM GMBH / SEVENPICTURES FILM GMBH
いずれにしても、パニックは本人にも親にも悩みの種ですが、家族以外の人間からは子どものわがまま、かんしゃくぐらいにしか見えず、大変さがわかってもらえません。映画の中のバス停や列車内のシーンを見たら、親の苦労がわかると思います。
同時に面白いと思ったのは、ジェイソンがパニックを起こすふたつのシーンで、両親の態度が対照的に描かれていたことです。バス停では、母親が息子をかばって年配の婦人と渡り合います。一方、列車内では、父親のミルコがジェイソンに「パパ、解決してよ!」と怒鳴られてしまいます。まさに母は強し!ですが、ミルコもちょっと頼りないけどやるときにはやる!のです。なにをやるって? それは本編を見てのお楽しみです。
ASDには強みもあって、前回のサヴァンの話ではありませんが、記憶や計算、芸術などで秀でた才能を見せる人たちがたまにいます。この映画は、そんなASDの一面も反映させてジェイソンの人物造形に成功しています。
なにしろ、彼は10歳にして天文学や量子力学に強く知識も豊富。パパと2人のサッカーツアーに際しても、訪れるスタジアムをネットでリサーチし細かい情報まで記憶しています。
しかし、朝の4時に起こされて「宇宙の終わり」についての講義を聞かされるママも大変なら、息子と約束したとはいえ、ドイツのプロサッカーチームの試合をそれぞれのスタジアムで観戦することになったパパも大変です。
「ぼくとパパ、約束の週末」©2023 WIEDEMANN & BERG FILM GMBH / SEVENPICTURES FILM GMBH
ちなみに、ミルコのせりふによると1部から3部リーグまで全部で56あるそうですね、チームの数は。私はJリーグのチームがいくつあるのかも知りませんが、この映画に描かれたスタジアムの、とくに客席の熱狂ぶりはスゴイ! これぞ本場の迫力。こんなところも見所のひとつかもしれません。
クリニックで出合う献身的な父親たち
ところで、自閉症の人とその家族を主役にした映画はいくつかあります。フィクションに限ってみると、有名なのが「レインマン」(1988年・アメリカ)。この作品で自閉症の中年男性レイモンドを演じたダスティン・ホフマンは、1988年のアカデミー賞主演男優賞を受賞しました。
2014年に日本公開されたスウェーデン映画の「シンプル・シモン」(2010年・スウェーデン)は、アスペルガー症候群の青年シモンが主人公のラブロマンス。シモン役はビル・スカルスガルドが演じていました。
映画「シンプル・シモン」のパンフレット=著者提供
ちなみに、「アスペルガー症候群(または障害)」もASDのグループに入るのですが、この名称は精神科の現場ではもう使われていません。現在は、アスペルガー症候群は会話の可能な軽度のASDという位置づけです。
ですから、レイモンドもシモンも、いまや同じASDの仲間ということになります。スペクトラム上に並べるならレイモンドは濃い色、つまり重度の自閉症、シモンはその反対といえるでしょう。実際、レイモンドは若い頃から病院でずっと療養生活を送っていたのに対し、シモンは公園清掃の仕事に就いていて女性とデートもしていました。
このふたつの映画には、主人公が自閉症という以外にも共通点があります。それは、兄弟の心の交流を描いているところ。「レインマン」では弟が兄の、「シンプル・シモン」では兄が弟の面倒をみる話になっていて、ASD特有のこだわりに巻き込まれたり振り回されたりしながらも、葛藤を越えて次第にASDの兄弟を受け入れていくのです。
われらがジェイソン少年も、あえて分類するならアスペルガータイプのASDにあたりますが、こっちは赤ちゃんの妹から祖父母まで登場するファミリー映画ですし、タイトル通り父と子の物語。頑固で生意気で、全力で甘えてくる息子をどうやったら受け止められる? 悩めるパパの成長の物語でもあるのです。
試写を見ながら、私は自閉症の息子を連れて診察室に来ていたお父さんたちの顔を、いくつか思い浮かべました。子どもの付き添いは、今の時代になっても圧倒的に母親が多いのですが、まれに母親の顔をほとんど見たことがないケースにも出合いました。息子をなだめたり叱ったり、息子につねられたりたたかれたりしながらも、父親たちは実に献身的に世話をやくのでした。
私が思うに、自閉症の子、とくに男子には父親をとりこにする魅力があります。それは純真さのようなものかもしれません。あるいは切なさか。とにかく、魂に触れたような思いを残す純度の高いなにかを感じるのです。
ジェイソン役のセシリオ・アンドレセンは、会話が可能なタイプの自閉症とはいえ、難しいこの役を見事に演じています。パニックを起こすシーンは真に迫っていたし、大人を相手に得意顔を見せるところはとても可愛い。父親ミルコ役のフロリアン・ダービト・フィッツとも息がピッタリ!でした。
映画が封切りになったら劇場に足を運び、自閉症男子の魅力について、あらためて考えてみたいと思います。
特記のない写真はゲッティ
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やまと・ひろゆき 明治大学子どものこころクリニック院長。同大文学部心理社会学科特任教授。1957年東京都生まれ。精神科医、医学博士。専門は児童青年期の精神保健。おもな著書に「子どものミカタ」(日本評論社)、「母が認知症になってから考えたこと」(講談社)、「芝居半分、病気半分」(紀伊國屋書店)、「世界一やさしい精神科の本」(斎藤環との共著・河出文庫)など。