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毎日新聞 2021/12/16 東京朝刊 有料記事 1755文字
月に人類の拠点を築く、米国が主導するアルテミス計画。その第1弾として2022年の2月にも打ち上げられる超大型ロケット「SLS」に、日本の探査機2機が「相乗り」することになった。いずれも超小型サイズの2機にはユニークで大きな目的がある。
「SLSロケット1号機の相乗り枠に空きができた。興味があるならミッション提案を」。15年8月、米航空宇宙局(NASA)から宇宙航空研究開発機構(JAXA)に連絡が入った。提案の締め切りはわずか1カ月後。JAXAは急きょ、超小型探査機の検討に入った。
アルテミス計画は、25年以降に人類を再び月に着陸させ、継続的に月面開発することを目指している。月への中継基地として月を周回する宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建設することが特徴だ。宇宙飛行士は「オリオン宇宙船」に乗ってゲートウェイへ向かい、そこで月着陸船に乗り換え月面に降りることになる。
計画の中核を担うのが、高さ約100メートルと超大型のSLSロケットだ。NASAによる開発は遅れていたが、来年2月12日以降に打ち上げられるめどが立った。最初のミッション「アルテミス1」では人を乗せず、搭載するオリオン宇宙船は月の近くを周回して地球へ帰ってくる。
このSLSロケットに余剰の打ち上げ能力があったため、NASAは各国の宇宙機関に提案を呼びかけたのだった。
JAXAが出した複数案のうち、「OMOTENASHI(オモテナシ)」と「EQUULEUS(エクレウス)」がNASAに採用された。サイズはいずれも約11センチ×24センチ×37センチで「超小型」の探査機だ。地球近くの宇宙空間でSLSから切り離され、それぞれ自力で月へと向かう。
●低コスト、敷居下げたい
オモテナシは月面着陸という意欲的な目標を掲げる。「探査機をどこまで小さくして月面に着陸できるかの挑戦。『世界最小』をぜひ実現したい」。オモテナシの責任者を務めるJAXAの橋本樹明教授は力を込める。
着陸地点は、地球から見て月の左側の縁あたりを狙う。減速しなければ秒速約2500メートルで激突・大破してしまうので、搭載した小さな固体ロケットを逆噴射して減速する。それでも秒速約50メートルで衝突するので、着陸する機体部分と固体ロケットの間に、衝突時につぶれて衝撃吸収するアルミ製の緩衝材を挟み込んだ。さらに機体部分は樹脂でガチガチに固めた。
これまで日本で月に着陸した探査機は無く、うまくいけばオモテナシは「日本初」かつ「世界最小」の月面着陸機になる。着陸後に地球で電波を受信できれば成功との位置づけだ。橋本教授は「従来は宇宙機関や大企業が製造していた探査機だが、超小型、低コストで月面に着陸できれば、敷居が下がり、中小企業や個人でも作れる時代が来る。そうするといろんなアイデアが出てくる」とミッションの狙いを説明する。
●水を気化させて航行
一方、エクレウスは太陽や月の重力をうまく利用しながら、省エネで月の上空を目指す。航行には半年以上の長い期間をかけるが、推進剤はわずか約1・2キロの水で、気化させて排出することによって進む。こうした航行技術を獲得することで、推進力の小さい超小型探査機が、月やさらに遠くの天体へ向かう礎としたい考えだ。水は安全性が高く、月でも氷の状態で存在するため調達できると期待されている。
エクレウスは、月と地球の引力と、探査機にかかる遠心力が釣り合う「ラグランジュ点」と呼ばれる場所を目的地とする。ラグランジュ点は月の近傍に五つあり、そのうちエクレウスは月の裏側にある一つに到達する。その後は1カ月以上、ラグランジュ点近くを通る月の高度4000~9万キロの周回軌道を回る。
このようなラグランジュ点の近くを通る軌道は、燃料をあまり使わず安定的に宇宙機を維持できるメリットがある。このため、宇宙での物流の拠点となる「深宇宙港」の建設が検討されている。ゲートウェイも月の裏側のラグランジュ点近傍を通る軌道の一つに置かれる予定だ。エクレウスの責任者、船瀬龍・JAXA教授は「エクレウスのような技術で小さく軽い衛星を深宇宙港までたくさん運び、そこから遠くの火星などに行くこともできる。そんな世界を実現したい」と将来の展望を語る。【池田知広】