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「食の欧米化は害悪」も「和食は健康的」も科学的には未検証 和食こそ、糖質疲労と塩分過多を招く“不健康食”の可能性も……山田悟・北里大学北里研究所病院院長補佐、糖尿病センター長
2024年10月20日
「食の欧米化」という言葉をご存じでしょうか。ファストフードをはじめとした西洋の食文化に影響を受け、日本人の食生活が変容して生活習慣病の原因となるとの考え方です。
ところが、ゆるやかな糖質制限「ロカボ」を提唱する糖尿病専門医の山田悟医師は「食の欧米化は抽象的な概念に過ぎない」と疑問を呈します。また、その背景には「和食こそ健康的」との願望にも似た思い込みが日本人にあると指摘します。
食の欧米化の実体とは? なぜ和食は健康的と言い切れないのか?
山田医師にたっぷりと伺いました。【聞き手・倉岡一樹】
「食の欧米化」に実体無し
生活習慣病、とりわけ糖尿病の増加に「食の欧米化」が関わっているとする人が少なくありません。この「食の欧米化」とはどのようなものなのでしょうか。
私が医師になった20世紀末ごろには、既によく言われていました。学会の講演のスライドで「ドナルド・マクドナルド」や「カーネル・サンダース」が指名手配犯ばりに悪者にされていたものです。しかし、双方とも米国のファストフードの象徴で、欧州の食文化とは無縁です。当時は、食事における脂質のエネルギー摂取比率を食の欧米化の指標とし、その上昇がさまざまな生活習慣病の発症率を高めているとする人が多かったのです。
確かに、20世紀末になるまでは、日本人の脂質摂取比率が伸び、炭水化物(糖質)の摂取比率が落ちていて、その間に糖尿病をはじめとする生活習慣病が増えていました。そのため、「脂質摂取比率の上昇を食の欧米化といい、それが糖尿病の発症率と関連している」との仮説が成立していました。
ところが、21世紀に入ってから、日本人の脂質の摂取比率が落ち、炭水化物の摂取比率が上がっているのに、糖尿病の発症率はより明確に上がったのです。したがって、現在は「食の欧米化は後退していて、糖尿病の発症率とは無縁」か、「食の欧米化の後退が糖尿病の発症率を押し上げている」との見解が出るはずです。少なくとも「食の欧米化が生活習慣病の原因」との考え方は成立しません。しかし、今でも「食の欧米化がさまざまな生活習慣病の発症率を高めている」とする人が多いです。
「食の欧米化が日本人の健康に害をもたらす」とのストーリーは、全ての日本人にとって「甘い言葉」で、ある種の“麻薬”とさえいえます。その背景には、「本来の日本人の食事である和食が極めて健康的」との願望もしくは思い込みがあります。だからこそ、日本人の心に訴えかけるのだと思います。「和食こそベスト」と、一種の思考停止状態に陥らせるのです。
医療従事者も例外ではありません。本来は食の欧米化を数値化し、その数値の変動と多様な生活習慣病の有病率や発症率との関係性を検討し、影響を証明せねばなりません。ところが、そのような論文は全く存在しません。それどころか、食の欧米化を数値化した指標を明確にした論文が存在しません(注1)
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つまり、食の欧米化は実態が明らかでなく、抽象的な概念に過ぎません。妄信的に受け入れ、専門家として発信する医療従事者がいるので、困りものなのです。そういった人たちには、「真摯(しんし)に検証する」という科学者としての態度を取り戻してほしいと思います。
そもそも、和食は本当に「健康的」といえるのでしょうか。
実は、そのことを検証した論文はありません。ただ、「和食スコア」のような概念を作り、それが疾病、死亡リスクと関与しているかどうかをみた観察研究はあります。
和食の欠点とは
国立がん研究センターが中心になって実施した「JPHC研究」では、「和食スコア」が高いほど死亡リスクが低くなるとの結果が出ました。ただ、それと同時に、「欧米食スコア」が高い人ほど死亡リスクが低いとの結果も出ているのです(注2)。つまり、和食と欧米食は「どちらもいい」といえます。
なお、カレーを食べる頻度で「インド化スコア」を求めたり、焼き肉やキムチを食べる頻度で「韓国化スコア」を求めたり、ギョーザを食べる頻度で「中華料理化スコア」を求めたりといった論文も存在しません。
そもそも欧米食スコアも和食スコアも一般的な概念ではありません。
「和食とは何か」との定義は難しいと私は考えます。日本人は昔から貪欲に他の国や民族の食文化を自分たちの食事の中に取り入れ、その食文化としてのレベルを高めてくることに長じていたと思っています。長崎の卓袱(しっぽく)料理はその典型例ですが、仏教がインド発祥の宗教であることを考えれば、精進料理も他国の文化を取り入れた料理といえます。懐石料理も茶の湯が中国に由来する食材であることを考えれば同じことです。
JPHC研究で採用された和食スコアが、和食の在り様を数値化できているかは誰にも分からないと思います。その和食スコアが信頼できるものだったとしても、「和食スコアが高くなるように指導したことでいいことが起こる」ことを検証する介入試験が実施されたことがないので、和食スコアの高さと死亡リスク低減との間に因果関係があるかは不明です。「和食スコアが高い食事をとっている人ほど文化度が高く、健康にも関心が高く、食事以外の生活習慣の影響で死亡リスクが低くなっている」という可能性が十分にあります。それゆえ、和食がいいと証明されているとはいえません。
私は「和食が健康的」かどうかは分からないと考えています。塩分が多く、脂質に乏しいとの欠点があるからです。それが、高血圧症や脳出血に脆弱(ぜいじゃく)で、肥満もないのに糖尿病を発症する日本人が多い「一因」ともいえるのではないかとさえ疑います。
とりわけ、塩分摂取には注意が必要です。塩分そのものが血糖値を上げるわけではないのですが、塩分が多いと糖質をとりやすくなると考えられているからです。私たちは以前に、47都道府県を対象とした研究で、塩分摂取量が多い自治体ほど糖質摂取量が多いとのデータを発表しています(注3)。また、糖尿病患者は高血圧になりやすいとされ、糖尿病患者の40~60%が併せ持っているといわれます(注4)。
はっきりとしたメカニズムが解明されているわけではありませんが、主に小腸にある「SGLT1」と主に腎臓にある「SGLT2」が、塩(ナトリウム)と糖(ブドウ糖)を吸収させるメカニズムがあり、お互いを求め合う作用があるようなのです(注5)。塩分摂取の多い人の方が、体格指数(BMI)が高く、体重が重いとのデータもあります(注6)。
糖質摂取との関係で、塩分とは逆のデータになるのが脂質です。「糖質摂取が多い自治体は脂質の摂取が少ない」とのデータを私たちは報告しています(注7)。日本人が油ではなく、塩分でご飯を食べることが多いことがよく分かります。確かに白米に塩辛を載せるとご飯が進んで何杯でも食べられますし、魚の煮付けも煮汁には多量の糖質と塩分が含まれています。
「一汁三菜」も体にいいかと問われると疑問符がつきます。先月ご紹介しましたが、和食は、日本で「理想的な三大栄養素」とされる、炭水化物50~65%▽脂質20~30%▽たんぱく質13~20%――のPFCバランスで献立が組み立てられており、糖質過多といえます。この食事を日々とっていると、糖質疲労が起き、病につながる可能性が高くなるように思えるのです。
とろろそばとカルボナーラ 血糖値を上げにくいのは?
典型的な和食で、「健康的」と思われがちなとろろそばと、油ギトギトで「不健康」とのイメージをもたれがちなパスタのカルボナーラ。どちらが血糖値を上げにくいでしょうか?
答えは、カルボナーラです。
そばもパスタも糖質を非常に多く含みます。ポイントは、麺の上に何がのっているかです。とろろそばはすりおろした長いもです。糖質が多いいも類の中ではやや控えめですが、「糖質を重ねて食べている」状態で、血糖値を急上昇させる恐れがあります。一方のカルボナーラはベーコンと卵、そして生クリームです。たんぱく質と脂質ですね。これらは血糖上昇のブレーキ役を果たしてくれます。
「ヘルシーだから」と昼食にとろろそばを選んだばかりに、血糖値スパイクを起こし、食後激しい眠気に襲われてしまう可能性が高くなります。やはり、糖質疲労を起こしやすい食べ物といえます。うどんや丼物などもそうですね。
ただ、「どうしてもとろろそばを食べたい!」という日もあると思います。そんな場合は量をセーブし、そばの前に卵焼きや刺し身といったたんぱく質と脂質を摂取するとよいでしょう。全く食べられないと人生がつまらなくなってしまいますから、食べられるように工夫することが大切です。カツ丼を食べる際も、衣が薄い店を選び、ご飯の量を減らすことをオススメします。
「沖縄クライシス」との言葉をご存じでしょうか。沖縄が日本に復帰した当初、平均寿命が47都道府県で最も長かったのに、20世紀末から21世紀にかけて男性を中心にその順位を落としている現象を指します。
多くの医療従事者は「米軍基地が多く、欧米化されている沖縄は米国の食文化に慣れ親しんでおり、脂質の摂取が多いから平均寿命の順位が落ちてきた」と推測しています。
しかし、調べると、日本に復帰した当初から、沖縄の脂質摂取比率は高かったのです。さらに、平均寿命の順位低下とともに脂質の摂取比率が低下し、炭水化物(糖質)の摂取比率が上昇しています。このデータは論文化してはいませんが、日本糖尿病学会の2015年年次学術集会で発表しました(注8)。しかし、なかなかこの情報が広まらず、歯がゆい思いをしています。
しかも、沖縄県の平均寿命順位には男女差があり、女性の順位がさほど落ちていないのに、男性が急激に落ちています。「欧米化された食文化が沖縄クライシスの原因」との概念では説明できません。
1945年から米国の統治が始まって1972年に返還されるまで27年もあり、この間に十分欧米化されているはずです。約30年もの占領期間中に「欧米化されなかった」沖縄が、日本に返還されてから30年たたずして「欧米化される」のは道理が通りません。普通に考えれば「日本化」あるいは「本土化」に問題があると主張する人がいてもおかしくないのですが、そのような主張は聞いたことがありません。
「沖縄クライシス」を根拠に「脂質摂取の増加は問題」と主張する人は「何をもって食の欧米化とするのか」や、脂質摂取と疾病との関連性を考察していないのではないかと思います。
北里大学北里研究所病院副院長の山田悟医師=宮間俊樹撮影
私は、沖縄の男性に多く見られる死亡原因が非ウイルス性肝疾患や自殺であることから、平均寿命の低下は経済基盤の弱さや離婚率の高さからくるところが大きいような気がしています。
「和食こそ健康」は思い込み
これらからお分かりいただけたかと思いますが、「和食こそ日本人に合っている」「和食こそ健康食」は、科学的根拠を欠いた、都合のよい願望にも似た思い込みだと私は考えています。
和食に誇りを持つことは悪いことではなく、私もまたその誇りを抱く日本人の一人です。これだけ完成された食文化を持っている国は他にないと思っています。
しかし、そのことと、それが健康的であるかどうかとは関係ありません。医療従事者が科学的検証を怠ったまま「和食は健康的」と主張することは許されないのです。「日本人の寿命が長いのだから、それが証明なんだ」という人の考え方は、明らかに非科学的です。
2013年に「和食」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されたこともあってか、国内外で和食への関心が高まりました。コロナ禍後、外国人観光客が再び増え続けており、和食が訪日の大きな目的になっています。本当に誇らしいです。
しかし、ユネスコは健康的か否かで食文化を登録する機関ではありません。ところが、ある学会で「ユネスコで登録されたから和食は健康的」と主張する医療従事者がいました。医療従事者として無責任であると感じました。
世界的に人の交流や貨物の流通が増え、食文化も含めた多様な分野でグローバル化が進んでいます。欧米で和食屋や中華料理屋が増えることも「食の東洋化」ではなく、グローバル化の一環でしょう。
世界中のおいしいものを自国にいながら楽しめるようになったことはとても喜ばしいことです。各国の食文化を例えば健康への影響で優劣をつけようとするのではなく、どの国のどんな食文化でも対応できる健康法を考えた方がよいと思うのです。ロカボは、そんな食事法の一つです。
無形文化遺産「和食 日本人の伝統的な食文化」の認定書を掲げる、当時のユネスコのイリナ・ボコバ事務局長(中央)ら=名古屋市千種区の名古屋大学で2014年11月9日午後0時3分、山口政宣撮影
和食は塩分量を減らすことが大切ですので、味付けのために脂質の摂取を増やすかアミノ酸(だし)を使うか、のどちらかになるでしょう。ところが、市販の顆粒(かりゅう)状のだしは塩分を含む場合が多いですから注意が必要です。
本来は国を挙げて「いかに塩分を減らすか」と考えていかなければならないのです。ところが「和食は塩分が高いのが欠点ですが、それは仕方がないじゃないですか」と言う人たちもいます。残念で、悲しくなります。検証することなく、盲目的に和食は健康だと主張できる人たちは、「和食は健康」という結論が先にあるので、塩分の多さは気にならないようです。
カギを握るのはいかに脂質の摂取を増やしていけるか、です。塩分が多く、脂質が少ないことが和食の欠点だという認識を改めて共有すべきだと思います。糖質と塩分の摂取をコントロールし、和食に合った形で脂質とたんぱく質を増やす新たな時代の和食をみんなで考えていくべきだと思うのです。和食はこれまでに他の国の食事を貪欲に取り入れてきた歴史があるので、きっとできると思います。
理想的な食事の一つは、懐石料理だと感じます。素材の味で勝負しており、塩分のような調味料を極力減らしていますし、先にたんぱく質と脂質を摂取し、最後に糖質を含むご飯で締める食べ順も優れています。ここにさらに脂質が加われば、鬼に金棒でしょう。
科学的な裏付けのある健康食とは
一方、科学的に「健康的」と裏付けられている食事法もあります。イタリアやスペイン、ギリシャといった地中海沿岸諸国の伝統的な食事法「地中海食」もその一つです。
どこにメリットがあるのかはよく分かっていないのですが、食事様式として地中海食スコアが各国ほぼ共通に作成され、地中海食スコアを高める指導によって糖尿病がよくなったり、心臓病が予防されたりということが、エビデンスレベルが最も高いランダム化比較試験で照明されています。糖尿病の食事療法として糖質制限食とともに欧米のガイドラインに掲載されています(注9)。
ガイドラインに掲載された根拠として、2018年に雑誌「ヨーロピアン・ジャーナル・オブ・ニュートリション」に掲載された論文を紹介します。さまざまな食事法を脂質制限食と比較して糖尿病の管理指標である「ヘモグロビンエーワンシー(HbA1c)」(過去1~2カ月の血糖状態を評価できる数値)の改善に対してどれだけ有効だったかを調べた「ネットワークメタ解析」という研究手法のデータです。
最もよかったのが糖質制限食で、次によかったのが地中海食でした。ランダム化比較試験をまとめた研究なので、因果関係を明確に示すと考えられます。なお、脂質制限は他のすべての食事法より血糖改善には悪い成績でした(注10)。今なお、脂質制限を意識なさっている糖尿病の方がいらっしゃるとしたら、ぜひ、脂質制限をやめた方がよいです。
地中海食は調理にも味付けにもオリーブ油を多用して脂質をたっぷりと摂取するのが特徴で、魚や鶏肉、野菜に果物、チーズ、ナッツなどを多く摂取します。赤身肉や加工肉、菓子が少ないのも特筆すべき点です。多価不飽和脂肪酸が多く、糖質と塩分、動物性脂肪が少ない食事内容といえます。
日本人は、地中海食の食べ方に学ぶところが多いと思います。たとえば、オリーブ油の使い方です。糖質と塩分たっぷりの魚の煮付けを、地中海料理の筆頭格「アヒージョ」にすると、糖質をほぼカットでき、塩分も少なくできます。アヒージョはたっぷりのオリーブオイルをニンニクの薄切りと鷹(たか)の爪で香りを出して、野菜、きのこ、魚介などを炒め煮して味付けする煮込み料理です。残った油は糖質が低めのパンに吸わせて食べるとこたえられません。
ロカボで推奨するのも、このような食べ方です。塩やしょうゆなどの塩分で味付けするのではなく、脂質で味付けをするのです。とはいえ、オリーブ油を苦手だと思う人もいらっしゃるでしょう。そんな場合は、ごま油や無塩バター、マヨネーズ、ラー油、生クリームといった多様な脂質で味付けをするとよいでしょう。
ほうれん草のおひたしはしょうゆを半分にしてごま油をかけるとおいしく、塩分も半分以下にカットできます。冷ややっこにもしょうゆではなくごま油やラー油をかけると香ばしく、こちらもおいしいです。しかも塩分はゼロです。そのごま油は香ばしさが際だったものから香りがほとんどしないものまでいろいろありますから、お好みに合わせていただければと思います。
ロカボ医師が「最も優れている」と考える食事とは?
日本人は脂質のとり方があまりうまくありません。「脂質は害悪」との考え方が今なお支配的だからです。しかし、脂質を上手に使えば糖質や塩分をおのずと減らすことができ、しかも高血圧にもよい食生活となるはずです。
健康へのメリットが科学的に証明されたことを、地中海食に親しむスペイン人やイタリア人、ギリシャ人らは一様に喜んでいます。20世紀は「脂質が悪い」と言われ続けてきましたから、それを覆そうとしてスペインが国策で地中海食が健康にいいことを証明する「PREDIMED試験」を実施した経緯もあります(注11)。日本も国策として「和食がよかった」という研究をできればいいのではないかと私は考えています。
また、「DASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)食」はもともと高血圧の食事療法として認められていて、近年は糖尿病や脂質異常症への有効性も示唆されています(注12)。基本的には地中海食に極めて近く、ハーバード大学のサックス先生は「地中海食で塩分制限を強調したものがDASH食」と説明しています(注13)。
野菜や海藻、低脂肪の乳製品、魚、大豆製品、果物を増やし、肉(特に赤身肉と加工肉)や菓子、清涼飲料水を減らします。ナトリウム(塩分)の代わりにカリウムやカルシウム、マグネシウムといったミネラルや食物繊維、たんぱく質などを増やします。
私が食べ方として優れていると思うのは、フランス料理です。「ビシソワーズ」(ジャガイモのポタージュ)のような例外はありますが、料理の中に甘いものがなく、たんぱくと脂質を多く摂取できます。そのため、テーブルにはフランスパンが置かれていますが、料理の合間にガツガツ食べなくてもおなかがいっぱいになります。
デザートも、おなかが膨れた後であれば多くの方が血糖値を上げずにこなせてしまうと思います。理にかなった食事法なのです。懐石料理もそうですが、ある種「やんごとなき世界」の人たちが食べていた料理は生活習慣としての運動量が落ちている現代人に合致しているのかな、と思っています。
「フレンチ・パラドックス」
以前、「フレンチ・パラドックス」という言葉がありました。米国人よりフランス人の方がよほど脂っぽいものを食べているのに、なぜフランス人は米国人よりも心臓病が少ないのか――。その理由が赤ワインのポリフェノールにあるというものです(注14)。
しかし、フランス料理は米国のファストフードより圧倒的に糖質が少なく、糖質を後回しにする食べ順に優れ、しかもゆったり食べています。ロカボの考え方にのっとると、理にかなった健康食なのです。タイムパフォーマンスを求めてファストフードに走るといいことはありません。
欠点を心得ていれば、食べ方で補正できます。だからこそ、正しく知ることが重要です。「食の欧米化害悪論」のような安易な言葉に流されず、世界の食文化を楽しみながら健康を増進させましょう。栄養学はこれから、大いに発展の余地があります。
今年、「第65回日本人間ドック・予防医療学会」に招かれて講演したのですが、「『賢い不摂生』や『上手な不摂生』が保健指導で大事ですよ」とお話ししました。
日本人は「苦しいことを我慢すればよいことを得られる」と医療者も患者も思いがちです。しかし、苦しい我慢は続くわけがなく、ドロップアウトしてしまってはその指導は無意味になってしまいます。それゆえ最初から楽しくなければなりません。
医療とは、その方の寿命の延伸と生活の質(QOL)の向上の両方を求めるものです。「そもそも、数値がよくなったとしても、QOLを下げるようでは、医療としての最善とは言えません。保健指導では、ぜひ上手な不摂生を指導してください」と申し上げました。
食は人生の楽しみです。食における不摂生こそ人生の醍醐味(だいごみ)だと私自身確信しています。そして、それを損なう健康法は、医療としては成立していないと思います。
「正当なる欲望」こそが明日を良くする活力です。「血糖値を上げずに食べたい」「おいしいものを楽しみながら健康になりたい」との思いをみんなが持つことで、新たな食品も食事法も生まれ、日本の食文化が更なる「高み」に上ると思っています。
【参考文献】
注1 例えば、後述する「JPHC研究」のように日本人における欧米食の食事様式を指数化し、ある時点で食の欧米化を受け入れている人ほど死亡リスクが低いことを示した論文はあります。しかし、この論文の結果からは「食の欧米化は歓迎すべきもの」ということになり、食の欧米化を否定する根拠になりません。
さらに、この指数が本当に食の欧米化を反映するかどうか、欧米人を含めた他民族で検討した研究が存在しません。さらに、この指数が時間経過に応じてどのように変化してきたのかを示した論文も存在しません。
そもそも、イタリア料理とフランス料理とアメリカのファストフードを同一の食文化として指数化することに対して同意する人はイタリアにもフランスにもいないのではないかと私は考えています。それは、懐石料理と四川料理、焼き肉(韓国料理)を「食の東洋化」と同一の食文化としてくくられることへの私たちの抵抗感を考えれば容易に想像できます。
注2 PLoS One 2017; 12: e0174848
注3 第59回日本糖尿病学会年次学術集会. 2016年5月京都
注4 Hypertens Res 1996; 19(suppl1): S1-S8
注5 Metabolism Open 2022; 13: 100169
注6 PLoS One 2013; 8: e69689
注7 第59回日本糖尿病学会年次学術集会. 2016年5月京都
注8 第58回日本糖尿病学会年次学術集会。2015年5月下関
注9 Diabetes Care 2022; 45: 2753-2786
注10 Eur J Epidemiol 2018; 33: 157-170
注11 N Engl J Med 2013; 368: 1279-1290
注12 Diabetologia 2023; 66: 965-985
注13 米国糖尿病学会での講演
注14 Lancet 1992; 339: 1523-1526
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1970年生まれ。94年慶応義塾大医学部卒業。同大内科学教室腎臓内分泌代謝研究室などを経て2002年に北里研究所病院へ転じ、07年から糖尿病センター長、24年から同院院長補佐を務める。我慢ばかりを強いるカロリー制限中心の食事療法で、向き合う糖尿病患者の生活の質が低下している現実と直面した。そんな中、食事をおいしく、おなかいっぱい楽しみながら血糖値を穏やかに保ち、肥満者の減量効果にも優れる、緩やかな糖質制限食と出合う。治療に積極的に取り入れるとともに、「ロカボ」と名付けて普及に努め、2013年に「食・楽・健康協会」を設立した。日本糖尿病学会糖尿病専門医。日本糖尿病学会指導医など。主な著書に「カロリー制限の大罪」「糖質制限の真実」「奇跡の美食レストラン」など。慶応義塾大医学部非常勤講師、北里大学薬学部非常勤講師、星薬科大学非常勤講師。