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毎日新聞 2023/6/4 東京朝刊 有料記事 942文字
<滝野隆浩の掃苔記(そうたいき)>
親子でやっている無料通信アプリ「LINE(ライン)」に、長女が「息子を連れておばあちゃんに会いに行きたい」と書いてきた。すると次女も「私も行く!」と同調。九州で1人暮らしをする母に都合を聞いたら「私はいつも予定はなかけん、どうぞ」と。こうして母とひ孫2人の初対面が決まった。
以前、帰省すると母は車で空港まで迎えに来てくれた。ところが4年前に長期入院し、車を手放すことに。それをいまも悔やんでいる。「迎えに行けん、ゴメンね」。空港でレンタカーを借りた。
初対面の現場に、私は立ち会っていない。離れた駐車場に車を置きに行っていたから。実家にたどり着いたとき、幼稚園児と1歳児は、古い実家の中を跳びはねていた。どこで見つけたのか携帯型ピアノを鳴らし、大正琴をたたき、けん玉を振り回し、トランプをやろうと言い、母が以前ボランティア活動で作っていたフェルトの小さなニワトリで物語をつくり始めた……。初日はあっという間にすぎた。
2日目、雨天。水族館に行く。幼稚園児が先頭を走り、長女と1歳児を抱いた次女。そして私と母がついて行く。海岸を模した小さなプールで魚にエサをやり、イルカショーを見物し、塗り絵コーナーで色を付けて遊ぶ。そして突然、泣き出す。なかなか泣きやまない。母が小声で聞いてきた。「私が何か、やってあげることあるかね?」
母は戸惑っていた。「ピンとこんとさ」。何度かそう漏らした。80歳以上の年齢差。笑って泣いて走り回る小さな命との距離感をつかめずにいた。20年前なら体も動いたろう。いまは足も肩も痛い。
ランチの席でひ孫を見ながら、母はしきりに私の子ども時代の話をした。祖母に抱っこをせがんでいた話。食が細く苦労した話。公園の遊具でけがをさせたときのことまで。ひ孫と心を通わせるため、まずは長男の記憶を呼び戻そうとしていた。
最終日は晴れた。早起きして亡父の墓参りをする。幼稚園児は線香の火を自分でつけたがった。みんなで手を合わせた。空港に行く前、実家の前でレンタカーを降り、孫とひ孫に囲まれて記念撮影。「ばあちゃん1人残って、さびしかねー」。冗談と本音が混ざり合う。また来るからね、元気でね。そう言われ、あっ、母は笑った。(専門編集委員)