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衆院本会議で公明党の石井啓一代表の質問に答える石破茂首相=国会内で2024年10月7日午後4時42分、平田明浩撮影
自民党総裁選から総選挙へと慌ただしい政局の動きがメディアをにぎわせている。選挙の争点は「裏金」問題や石破茂政権の信任を問うことだとされているが、国民の関心が高いのは年金や介護などの社会保障だと思う。各政党や候補の社会保障に関する考えは、選挙公約を見てもあまり違いがわからないかもしれない。むしろ、日常の言葉や素顔に政治家の本音や人間性が表れる。どれだけ本気で現実感があるのかを見定めなければならない。
「自閉隊」発言で批判された石破氏
国民の人気は高いが自民党内ではあまり人望がなく、ようやく5度目の挑戦で総裁の椅子を射止めたのが石破氏だ。「軍事オタク」「農水族」などを自任しているが、若いころは社会保障や暮らしを専門とする政治家を志していたことはあまり知られていない。
「同期当選した別の議員が党内の厚生労働部会に所属することになったため、自分は農林水産部会に回された」と石破氏本人から聞いたことがある。
30代のころ自民党を離党、小沢一郎氏率いる新生党(後に新進党)へ参加するが、4年後には自民党に復党、勉強熱心で政策通として頭角を現し、順調に当選回数を重ねて政府や党の要職に就いた。独特のキャラが受けてメディアに登場する機会が増え、総理候補として注目されるようになった。
その石破氏が思わぬところで批判を浴びたのが障害者に関する発言だった。
2004年3月、小泉純一郎内閣で防衛庁長官に就任した石破氏は自民党議員のパーティーで「自衛隊は今まで半分やゆ的に『自閉隊』と言われてきた。自閉症の子どもの『自閉』と書いて『自閉隊』だ」と発言した。
米国での同時多発テロの発生を受けての有事法制の制定や、自衛隊のイラク派遣に政府が取り組んでいたころだ。国連平和維持活動(PKO)に協力できなかった自衛隊の状況を憂えての発言だったが、障害者団体から強い批判が起きた。
「自閉隊」発言を報じる毎日新聞の紙面
石破氏は「世間でそのように自衛隊を非難する人がいると言っただけ。自衛隊が内にこもってはダメだという意図だ」と釈明したが、批判は収まらなかった。発言から3日後、障害者団体と面会した際、自閉症に対する認識不足だったと陳謝した。
政治家の問題発言の背景
政治家が笑いを取ろうとしたり、何かに例えてわかりやすく説明しようとしたりして墓穴を掘り、批判を浴びることはよくある。ジェンダーや障害や外国人などをめぐっては特にそうだ。麻生太郎氏や杉田水脈氏らの発言はたびたび物議をかもしている。故石原慎太郎氏が東京都知事だったころ、重症心身障害の人がいる医療機関を視察した時の記者会見で「ああいう人ってのは、人格があるのかね」と述べたのは今も語り草となっている。
政治家が何気なく発した言葉の中に人間性の本質が垣間見えることがある。オフレコでの発言であっても看過できないとマスコミが判断すれば報道に踏み切るのは、国益や国民の暮らしに大きな影響力を持つ政治家の人間性も国民に伝えるべきだという理由からである。
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重度障害者の存在に対する確信的な価値観から発した石原氏の発言に比べれば、石破氏の「自閉隊」発言は単なる言葉のあやで、目くじらを立てるほどのことではないと思われるかもしれない。言葉狩りのように感じて反発した人もいたはずだ。
ただ、自閉症の人や家族には看過できない事情がある。
自閉症は脳の中枢神経に何らかの原因があって起きる先天的な障害だが、幼いころは見た目では障害がわからないため、「親のしつけが悪い」「子どもが育つ環境が悪い」などと言われてきた。海外では「冷蔵庫のような冷たい母」と親たちが非難を浴びてきた歴史がある。そのために親子心中や虐待などの事件も起きた。さまざまな悪質商法まがいの療法が横行し、二重に親にダメージを与えてきた。
「自閉」という語感が本来の障害とは別に、「引っ込み思案」「おとなしい性格」と混同されることが多く、誤解を広げてきたのである。
石破氏のような有名な政治家に「自閉隊」などと言われたら、さらに間違った認識が広がるのではないかと関係者は恐れたのだ。安易な比喩や引用は、たとえ悪意がなくても障害者や少数者を傷つける場合がある。当選間もないころは厚生労働行政に通じた議員になりたかった石破氏にとっては苦い経験となった。
失敗をどう生かすか
ところが、この「自閉隊」発言はその後思わぬ展開を見せる。
05年1月に石破氏の地元である鳥取県で開かれた障害関係のフォーラムに石破氏は登壇し、当時の鳥取県知事だった片山善博氏らと福祉や障害者問題について語った。地元での「みそぎ」のつもりだろうと思われたが、石破氏はペーパーを見ることもなく自分の言葉で福祉を語り、客席から大きな拍手を浴びた。
事前に厚労官僚からレクチャーを受けたということだったが、わかりやすく語るには本質を理解する必要がある。にわか勉強とは思えない話の内容に、参加者した人々は石破氏のイメージを見直すことになった。
障害や高齢者介護や子どもの支援など福祉関係者によるフォーラムは毎年各地で開かれている。鳥取県では手話を広める「あいサポート運動」を県が展開していたこともあり、毎年1月に障害関係のフォーラムが開かれている。県知事や厚労官僚のほか障害問題に熱心な国会議員が何人も登壇する。05年以降、石破氏も名前を連ねることになった。
2日間にわたって行われるフォーラムの最後のセッションが石破氏の指定席だった。私自身、対談の相手として毎年のように石破氏と登壇した。石破氏の話は基本的には少子高齢化の進展の中でどのように財政規律を守りながら社会保障制度を維持するかというマクロの視点によるものだ。地方創生と経済の活性化という総論を、ユーモアを交えて語る話は新年の定番となった。
「ノウフク(農業と福祉)連携」と呼ばれるように後継者不足に悩む農業の現場を障害者が支え、地方の文化財や地場産業を再利用した障害者の活動は各地に広がっている。また、重度障害者が講師となるゼミや出前授業が大学生や中高生の生きる力を育むことにつながる実践も注目されている。障害者を福祉の対象と見るだけでなく、共生社会を担う貴重な一員になり得ることを私は話した。石破氏に障害者のポジティブな面にもぜひ興味を持ってもらいたかった。地方創生との相乗作用を知ってほしかったのである。
石破氏は真剣な顔で聞いてはいるが、安易に同調したりはせず、障害者の話題に踏み込んでくることもなかった。正月早々だからといって地元の有権者にリップサービスすることは一切なく、あくまで確信の持てる自分の土俵から出ようとはしない。それを面白みがないと見るか、誠実さと見るかは聞く側による。
「沖縄の人々にこれ以上負担を強いることはできない」。控室で辺野古問題について話していたとき、石破氏が真剣な顔で言ったことがある。代替基地を他地域が引き受けるべきだという。「その時の総理となった人が誠心誠意、国民にお願いすれば絶対にわかってもらえると思う」
自分の言葉や国民との距離の近さに対する強い自信があるのだろうと思った。党内の根回しよりもメディアを通して国民に直接訴えかけることで浮揚力を得てきた政治家の自負を見る思いだった。
福岡資麿厚生労働相=東京都千代田区で2024年10月2日午後2時42分、肥沼直寛撮影政治に何を期待するのか
年金や医療保険のように国民すべてが関わり、財政規模も大きな課題はキャリア官僚を中心に法律や制度が緻密に構築され、必要に応じて修正されてきた。障害者や子どもの福祉のように最近になって急ピッチで拡充を図っている課題は、制度の不備や予算不足が露呈し、政治の力で急場の穴埋めをすることが度々ある。
06年から施行された障害者自立支援法(現障害者総合支援法)は、当初、補助金単価が低く抑えられ、利用者には原則1割の自己負担が課せられたため、批判が政府にぶつけられた。
ピンチを救ったのは、落選中の衛藤晟一氏だった。安倍晋三首相(当時)と懇意であったことから直談判し、緊急措置として計2000億円を超える基金を創設、何とか新制度を離陸させた。18年たった現在は予算も利用者も3倍以上に増えた。安倍政権が長期にわたったこともあり、衛藤氏はその後も節目のたびに重要な役割を果たした。福祉業界や厚労官僚から頼りにされる存在だが、70歳を超えたころから将来を不安視する声も聞かれるようになった。
「もっと若い議員にも障害者政策に興味を持ってもらう必要があると思う」。数年前、旧知の自民党議員に言われた私は数人の福祉関係者と議員会館を訪れ、有望な若手議員に障害者福祉の現状や意義について説明する機会を得た。
紹介された一人は小泉進次郎氏だった。アイドルグループ「SPEED」のメンバーだった今井絵理子氏とも会った。「核心をつかむカンが働き、発信力がある」「子どもに障害があり、福祉には強い関心があるはず」と私たちを紹介してくれた議員は言う。
そうかもしれないとは思った。小泉氏も今井氏も国民の知名度は高く、有望株かもしれない。しかし、なんとなく、ふに落ちない。私には時間を惜しまずに案内してくれた議員の方がよほど頼りになると思った。
「いや、私はダメですよ。石破グループに入ったので党内では干されてしまって」
「安倍1強」の時代、安倍氏に反旗を翻した石破氏やそのグループは主流派から遠ざけられ、要職からも外されていた。その議員とは福岡資麿氏。今回、石破新政権で厚生労働相に抜てきされた参院議員だ。
「裏金」問題に代表されるように政治家といえばカネや権力争いばかりがメディアでは描かれるが、社会保障や障害者福祉というフィルターを通して間近で見る政治家は違う顔をしている。どちらも本当の顔なのかもしれないが、政治家に何を期待するか、どういう面を優先して選ぶか、それによってどういう暮らしを実現するかは、私たち有権者にかかっている。
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野澤和弘
植草学園大学教授/毎日新聞客員編集委員
のざわ・かずひろ 1983年早稲田大学法学部卒業、毎日新聞社入社。東京本社社会部で、いじめ、ひきこもり、児童虐待、障害者虐待などに取り組む。夕刊編集部長、論説委員などを歴任。現在は一般社団法人スローコミュニケーション代表として「わかりやすい文章 分かち合う文化」をめざし、障害者や外国人にやさしい日本語の研究と普及に努める。東京大学「障害者のリアルに迫るゼミ」顧問(非常勤講師)、上智大学非常勤講師、社会保障審議会障害者部会委員なども。著書に「弱さを愛せる社会へ~分断の時代を超える『令和の幸福論』」「あの夜、君が泣いたわけ」(中央法規)、「スローコミュニケーション」(スローコミュニケーション出版)、「障害者のリアル×東大生のリアル」「なんとなくは、生きられない。」「条例のある街」(ぶどう社)、「わかりやすさの本質」(NHK出版)など。