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医療用医薬品の実に4分の1! 意外と知られていない「運転禁止薬」の怖さ和田秀樹・和田秀樹こころと体のクリニック院長
2023年11月11日
前回の記事はたくさんの方に読んでいただいたということで喜んでいる。
その中で運転禁止薬の話をしたのだが、もう少し詳しく話を聞きたいというリクエストがあったので、今回はそれにお答えしたい。
前にも述べたように、日本で運転禁止薬にリストアップされている薬の数は極めて多く、なんと2700種類以上にも上る。医療用医薬品の25%が運転禁止薬となっている。
ただ、これらの薬を飲んでいると運転を禁止されるというより、人身事故を起こした際に、「運転に支障がある」と判断されてしまうと飲酒運転やあおり運転と同じく、危険運転致死傷罪に問われることになる。
まず運転禁止薬に含まれるか確認して
確かに飲酒運転の場合は、見つかると事故を起こしていなくても厳しい罰則が科されるが、これらの薬剤の場合はそういうことはない。また、飲酒検問のような検査もない。
要するに、事故を起こさなければいいということだ。
運転禁止薬については、インターネットで検索すれば簡単にリストを入手できる。
こういう薬を服用している方は、より注意をして運転をする必要があるということだ。
たとえば、昔から風邪薬は眠気を催すので、服用中は運転してはいけないなどと言われていた。確かに風邪が治るまで、薬を飲まなくて済むようになるまでは運転をするのは控えたほうがいいだろう。アレルギー性鼻炎や花粉症などの薬も同じように危ないとされてきたのだが、最近は眠気などの副作用がましになった薬が利用可能になり、運転禁止薬でない、運転注意薬の扱いを受けている薬も少なくないし、運転がOKとされている薬(アレグラなど)も利用可能になったので、リストをみて自分の飲んでいる薬が運転禁止薬なら車を運転する人は変えてもらったほうがいいだろう。
私も、糖尿病のために6カ月に1度眼底検査を受けているが、その検査前に使う散瞳点眼薬も運転禁止薬に入っている。医者にその効果がなくなるまでの数時間運転を禁止されるのだが、一度、うっかり自動車で病院に行った日に、点眼して3時間たっているから大丈夫だろうと思って運転して、次の仕事に行こうとしたが、かなりまぶしくて、相当ゆっくり運転した記憶がある。この手の薬であれば、自分から運転を避けるだろう。
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統合失調症やてんかん、うつ病、そううつ病、重度の眠気の症状を呈する睡眠障害も症状がコントロールされているなら、免許は有効であるというのが道路交通法で明記されているが、これらの人たちに使われている薬のほとんどが運転禁止薬になっているという矛盾がある。
医師と相談して運転注意薬レベルの薬に変えてもらうか、眠気を自覚したりしていれば薬の量などを調節してもらうのが現実的な対応だろう。
精神障害レベルでない神経症、不安障害などは、本来は運転にはまったく規制はないのだが、その治療に使われる精神安定剤や抗不安薬と呼ばれる薬は、ほとんどの薬が運転禁止薬になっている。できれば最少量にしたり、運転するときは飲まないようにしたりするというのが望ましいのだが、逆に薬を飲まないと運転中にパニックを起こして、かえって危ないこともある。一度、主治医と相談しておくに越したことはない。
高齢者ほど延びる血中濃度の半減期
さて、意外に怖いのが、睡眠導入剤である。
これらの薬のほとんどは、精神安定剤の中で眠気の強い薬が使われている。もちろん、安定剤でないものも含めて運転禁止薬である。ただ、翌日、薬が残っていなければ運転には問題はないというのが通常の考え方である。
ところが、実は、安定剤や抗不安剤の類の薬(とくにベンゾジアゼピン系と呼ばれるもの)のほとんどは高齢になるほど、血中濃度の半減期が延びることがわかっている。
要するに、肝臓の解毒能力が落ち、腎臓での排せつ能力が落ちるので、薬の血中の濃度がなかなか落ちないのだ。代表的な安定剤とされるジアゼパムでは、20歳くらいなら半減期が20時間くらいなのに、70歳になると70時間くらいになるのだ。
現在、寝つきの悪い人に向けて超短時間作用型の睡眠導入剤(たとえばゾルビデムの半減期は2時間、トリアゾラムの半減期は2.9時間)が使用されることが多い。若い人であれば、半減期が2時間の薬なら服用後6時間で血中濃度が8分の1、8時間後で16分の1になるのだが、高齢になればそうはいかなくなる。
高齢者で睡眠導入剤を飲んでいる人は、朝どのくらい頭がはっきりしているかをチェックして、なるべく午前中は運転しないのが無難だろう。
血糖値の下げすぎで意識障害も
さて、それ以上に使う人が多くて悪影響が怖いのが、運転注意薬とされる糖尿病治療薬や降圧剤だ。
これらの薬は、「重篤かつ遅延性の低血糖を起こすことがあるので、自動車の運転などに従事している患者に投与するときには注意すること。また、低血糖に関する注意について、患者およびその家族に十分徹底させること」「降圧作用に基づくめまい、ふらつき等があらわれることがあるので、自動車の運転などには注意させること」とかということで運転注意薬に指定されている。
ただ、おそらくはほとんどの医者は、この手の注意をしないで、血圧や血糖値を下げないと、将来心筋梗塞(こうそく)や脳卒中になると説明するはずだ。
重度の低血糖は前回にも説明した意識障害の大きな原因の一つだ。
意識がもうろうとしたり、寝とぼけた状態になったりしているのに身体は起きているので、運転をするときわめて危ない。ところがこの低血糖発作が突然起こることもある。ちょっと体調が悪いなと思って運転していたら、意識がもうろうとしてきて、思わぬ事故を起こしたり、ヒヤリハットのようなことをしたりするのだ。
運転していないときでも、高齢者にとって低血糖の発作は思わぬ転倒骨折の原因になることが珍しくない。
私が浴風会病院という高齢者専門の総合病院に勤務していた際に、ほかの病院に糖尿病でかかっている患者さんが、ぼけたようになったり、失禁をしたりするということで、当時の浴風会の糖尿病専門の医師にかかる人が多かった。そして薬やインスリンを減らしてあげるとほとんどの患者さんが回復するのだ。
医者にくる時間帯の血糖値を正常値にしようとすると、どうしても低血糖の時間帯が生じる。それが脳に大きなダメージを与えるし、言動の異常や失禁につながる。運転する高齢者が少ない都内だからそれで済んだのだろうが、地方なら運転中に起こったら大惨事につながりかねない。
血圧の下げ過ぎでは意識障害までいかないことのほうが多いだろうが、あり得ない話ではない。そのほか、塩分の控えすぎや利尿剤の服用などによる低ナトリウム血症も意識障害やけいれんの原因になり得る。私は車を運転するので、低血圧や低血糖が起こらないように注意をしている。
だから、通常よりずっと高い、最高血圧170㎜Hgで血圧をコントロールしているし(飲まないと220になるので、ちゃんと服薬はしている)、朝の血糖値も300㎎/㎗を超えないと薬を飲まないのもそのためだ。
高齢者の免許返納に反対しているのに、暴走事故を起こせば何を言われるかわからないからだ。
高齢になると血管の壁が厚くなり、血液の通る腔が狭くなるので、血圧や血糖値がやや高めでないと、脳に十分な酸素やブドウ糖がいかない。実際、若い人であれば低血糖発作が起こってもぼけたようになったりはしないが、高齢者だとそういうことが起こる。だから高めでの血圧や血糖値のコントロールを勧めているのだが、少なくとも下げ過ぎの時間帯を作らないように注意したほうがいい。
5剤以上の服用は「より危険」
もう一つの問題点は、多剤併用だ。
東大老年病科の小島太郎医師らの東京都内診療所の調査研究によると、薬剤数が5種類以上になると転倒の発生頻度が3~4剤のときの倍にも上がってしまい、40%にもなってしまう。足がふらつくとか意識がぼんやりするということなのだろうが、こういう状態での運転が危ないのは言うまでもない。
そうでなくても、運転禁止や運転注意の薬を飲んでいるのに、それが複数になっていたり、あるいは運転禁止や運転注意の薬でなくても5種類以上の薬を飲まされていたりするなら、やはり主治医にかけあうべきだろう。
実は、血圧や血糖値を下げる治療より、多剤併用のほうが私は危ないと思っている。
というのは、とくに高齢者に多剤併用をあまり行わない欧米では、高齢者による暴走事故が問題になっておらず、日本でだけ騒がれているからだ。
また、人をはねてしまうということ以上に、自分の命も危なくなる。75歳以上の高齢者の死亡事故の4割は、自分が犠牲者になる自爆と呼ばれる事故だ。これだって、運転が下手になったからというより意識障害がからんでいる可能性は大きい。
もちろん、血圧や血糖値を下げる薬などは、正常値にこだわっている医師はなかなかやめようとか、減らそうとはしてくれないだろう。
しかしながら、本来は運転注意薬であることを説明する義務が医師にあるのに、事故を起こした際に責任を問われるのは患者さんのほうだ。
そして、それが暴走事故だった場合、無知な日本のマスコミは袋だたきのようにする。
被害者の声を大々的に取り上げ、高齢のくせに運転をするからだと断罪される。
だからこそ、患者さんから、薬をへらしてもらうようにかけあうしかないのだ。
運転禁止薬のリストを刷りだして、医師に見せた上で、「それでも減らさないのなら、事故を起こした際に責任を取ってくれますね」と言質をとるなり、そのような書類を作ってサインしてもらう態度で臨んでもいいくらいだ。
もちろん、事故の可能性があっても、血圧や血糖値を下げたいと思うのも、患者さん自身の自己決定だ。実際、75歳以上の高齢者の死亡事故は、年間に直すと2万人に1人しか起こしていない。マスコミに袋だたきにされるかもしれないが、保険だって下りるはずだ。
ただ、私が問題にするのは、このような運転禁止薬の存在があまりに知られていないこと、それを医師がきちんと説明していないこと、さらに危険な多剤併用が放置されていることだ。
自分の身を守るために、この事実を知り、それに向き合い、自分でどうするかを決めてほしい。
写真はゲッティ
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わだ・ひでき 1960年大阪府大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒。同大学医学部付属病院精神神経科、老人科、神経内科で研修したと、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデントを経て、当時、日本に三つしかなかった高齢者専門の総合病院「浴風会病院」で精神科医として勤務した。東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、国際医療福祉大学大学院臨床心理学専攻教授を経て現職。一橋大学・東京医科歯科大学で20年以上にわたって医療経済学の非常勤講師も務めている。また、東日本大震災以降、原発の廃炉作業を行う職員のメンタルヘルスのボランティアと産業医を現在も続けている。主な著書に「70歳が老化の分かれ道」(詩想社新書)、「80歳の壁」「70歳の正解」(いずれも幻冬舎新書)、「『がまん』するから老化する」「老いの品格」(いずれもPHP新書)、「70代で死ぬ人、80代でも元気な人」(マガジンハウス新書)などがある。和田秀樹こころと体のクリニックウェブサイト、有料メルマガ<和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」>