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どのくらいの人がなるの? なったらどうなる? 在宅医が教える、認知症になる前にあらかじめ知っておきたい四つのポイント小野沢滋・みその生活支援クリニック院長
2024年10月27日
前回は「治らないがん」になってしまった時に知っておいた方が良いことについて、書かせていただきました。がんは、認知機能が衰えることはありませんし、なってからいろんな手配をしても間に合うことがほとんどです。それだけ支援が充実しているとも言えます。
しかし、認知症はそうはいきません。みなさんが認知症になってしまった時にはすでにさまざまなことを調べる能力がかなりの程度、失われていると考えた方が良いと思います。従って、万が一、認知症になってしまったら、自分がどのように人生を送りたいのかあらかじめ考え、できればご親族に伝えたり、書き残したりしておくことが必要かもしれません。
そこで今回は、認知症についてあらかじめ知っておいた方が良いことをお伝えしようと思います。具体的には、
1.どのぐらいの人が認知症になるのか
2.認知症の自然経過はどうなのか
3.認知症の薬はどんなものがあるのか
4.認知症になった時のためにあらかじめ決めておいた方が良いこととは何か
の四つです。
1.どのぐらいの人が認知症になるのか
これは、社会にとっても、個人にとっても非常に大きな問題です。ですから、国もお金を掛けて調べようとしています。
規模の大きな調査では、2012年と22〜23年に、全国の数カ所の自治体を対象に有病率が調べられています。最新の結果は、内閣官房の資料に載っています。
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認知症の有病率調査は、他にも何度か行われていますが、実は新しいものほど有病率が低く出ています。ただし、軽度認知障害(MCI)と認知症、両者の有病率を足したものはいずれの調査でも変化がないので、認知障害の人が認知症になる率が下がっているのかもしれません。最新の22〜23年の調査結果は次の通りです。
認知症になる率は、84歳までは男女同等、それ以降は女性の有病率が男性のそれを上回っています。ざっくりですが、80代前半の男女の約15%が認知症になっていると考えてよさそうです。この数字を見ると決して人ごとではないことがわかります。
では、一生のうちで何割ぐらいの人が認知症になるのでしょうか。
これはなかなか難しい問題ですが、九州大学のグループが、1193人の認知症がない60歳以上の人たちを17年間追いかけて、認知症になる率を調べた研究があります(注1)。その結果、60歳以上の男性では生涯にわたって認知症になる率は41%、女性は65%と驚くほど高いことが判明しました。特に、女性は6割以上が認知症を経験するということになります。
2.認知症の自然経過はどうなのか
認知症といっても、いくつかの種類があります。
最も多いのはアルツハイマー型認知症で、全体の7割近くを占めるとされています。具体的に、13年の調査では、認知症の診断がついた症例で、アルツハイマー型認知症が67.6%、血管性認知症が19.5%、レビー小体型認知症・認知症を伴うパーキンソン病が4.3%、前頭側頭型認知症が1.0%、アルコール性認知症が0.4%、混合型が3.3%という結果でした。
認知症は基礎疾患によって大きくその自然経過が異なりますが、最も割合の多いアルツハイマー型認知症について、現在わかっていることを述べてみます。
認知症は急に発症するわけではありません。徐々に機能が低下していき、やがて認知症になっていきます。前認知症状態ともいえる、MCIの症状(これまで忘れたことがないような事柄を忘れてしまうとか、先ほど食べたものがわからないという症状があるものの、普段の生活には支障がない状態)から、本格的なアルツハイマー型認知症になるまでの期間は通常2年程度です。
アルツハイマー型認知症と診断されてから亡くなるまでは、年齢によってかなり異なりますが、最も多くの人が認知症になる85~94歳で発症した人で約6年、それ以下の年齢だと発症から10年程度の闘病期間があります(注2)。
アルツハイマー型認知症は、他の認知症と異なり、個人個人の経過の違いが少ないことが知られています。つまり一旦なってしまうと、ベルトコンベヤーに載せられたように早い遅いの違いこそあれ、みな同じような経過をたどるのです。
アルツハイマー型認知症の進行過程を分類する指標としてFAST(Functional Assessment Staging of Alzheimers Disease)というツールがあります。
一般的には病気の進行に伴って、おおむね上記のような事柄が観察されます。これらのことが発症から、85歳以上の人だと6年のうちに、85歳未満の人だと10年程度をかけて徐々に起きてきます。
3.認知症の薬はどんなものがあるのか
現在、日本では、特にアルツハイマー型認知症の治療薬として、ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン、メマンチン、レカネマブの5種類の薬剤が認可されており、これらの薬剤はその作用機序から以下の3種類に分類できます。
①アセチルコリンエステラーゼ阻害薬 ※かっこ内は商品名
ドネペジル(アリセプトなど)、リバスチグミン(イクセロンなど)、ガランタミン(レミニール)という薬が含まれます。
これらの薬剤はいずれも脳の中で、アセチルコリンという神経伝達物質を分解する、アセチルコリンエステラーゼという酵素の働きを弱める作用を持っています。アセチルコリンが分解されなくなるわけですから、脳の中のアセチルコリンは増加します。人の記憶にこのアセチルコリンという物質が関わっていることが知られており、特に認知症の方ではアセチルコリンの働きが弱まることで認知機能低下が発現しているのではないかという仮説があります。実際、これらの薬を飲むと、ほんの少しだけ認知機能の改善が認められることが知られていますが、進行を遅らせることはできません。
また、重症の人に対しての有効性はないと結論づけられています。
一方、アセチルコリンの働きが増えると、怒りっぽくなったり感情の起伏が激しくなったりすることが知られており、経験上、かなりの割合で問題行動がかえって悪くなってしまうという副作用に遭遇します。
②NMDA受容体拮抗(きっこう)薬
メマンチン(メマリー)という薬がこれに含まれます。NMDAは、脳内で働く化学伝達物質の一つであるグルタミン酸の受容体の一つのタイプ、N-methyl-D-aspartate(頭文字で「NMDA」といいます)受容体の作用を阻害する薬剤です。
アルツハイマー型認知症では、このグルタミン酸の効果が過剰になってしまうためにいろんな症状が発現しているという仮説があり、その仮説に基づいて開発された薬です。
いくつかの特性から、このメマンチンという薬剤は過剰なグルタミン酸の効果だけをより強く抑制し、通常量のグルタミン酸の活動には大きな影響を与えないとされており、実際にさまざまな研究で、わずかに重症の認知症の症状を緩和することがわかっています。
ただし、残念ながらMCIも含めた軽症認知症に関しては全く効果が認められていません。この薬剤もアセチルコリンエステラーゼ阻害薬と同様、認知症そのものの進行を抑制する効果はないとわかっています。
「レカネマブ」の治療を受ける患者=大阪府高槻市で2024年8月29日、村田貴司撮影
③モノクローナル抗体治療薬
日本のエーザイと米国のバイオジェン社が共同開発したレカネマブという薬が日本も含め各国で承認されています。この薬はアルツハイマー型認知症の原因とされているアミロイドβというたんぱく質に対するモノクローナル抗体です。モノクローナル抗体は、モノ(mono=たった一つ)の、クローナル(Clonal=クローン、複製)からなる抗体という意味です。
私たちの体の中では、リンパ球が外敵に対して抗体を作り、その抗体が外敵にくっついて排除するという仕組みがあります。通常、一つの外敵にはいろんな抗原基、つまり抗体がくっつく部位がいくつもあるため、自然界の抗体はポリクローナル抗体(Poly=いくつもの、Clonal=複製からなる抗体)になります。
このレカネマブというモノクローナル抗体は、アミロイドβの中でも中ぐらいの大きさの、プロトフィブリルという毒性が高いと言われているたんぱく質や、もっと大きなアミロイドβの特定の部位に特異的にくっつくという特徴を持った抗体なのです。そのため、この薬を投与すると、脳内のこういった物質にレカネマブという抗体がくっつき、元々体が持っていた外敵を排除する仕組みに従って、アミロイドβの中でもプロトフィブリルという特に悪さをするたんぱく質が排除されるんじゃないか、排除されると、もしかして、アルツハイマー型認知症がよくなるんじゃないかと期待して開発されました。
実際に現在のところ、初期の認知症の進行を30%程度遅らせることが臨床研究で明らかになり(残念ながら改善はみられませんでした)、そのため各国で承認が相次いでいるのです。
これまで、認知症の進行を遅らせられる薬は全くなく、この薬がはじめてです。しかし非常に高価(年間治療費は298万円)なため、その使用は本当に効きそうだと考えられる人のみに限られていますし、使用が許可されている病院も限られています。
また、まだ使用が始まったばかりで、長期使用時の副反応や長期的な効果についてはよくわかっていませんので、過大な期待は時期尚早かもしれませんが、非常に期待できる薬剤です。
このように、認知症の薬はレカネマブを別にすると認知症の進行を遅らせることはできません。多少症状がよくなるので、一見良くなったように見えることもありますが、副作用も多く、メリットとデメリットをはかりに掛けて使っているのが現状です。
そして一旦良くなった認知症の症状も、その後は進行し、1年後ぐらいには薬を飲み出した頃と同じ状況になってしまうという残念な現状があるのです。
4.認知症になった時のためにあらかじめ決めておいた方が良いこととは何か
ここまでみてきたように、認知症は今のところ、ごく限られた範囲での治療しかありませんし、アルツハイマー型認知症であれば、レカネマブの効果には期待が大きいのですが、それすら進行を遅らせることはできても、止めることはできません。つまりは、最も多いアルツハイマー型認知症になったが最後、認知機能が衰え、やがて自分の子どもすら判別がつかなくなってしまうという現実に変わりはないのです。
また、認知症になった後から重要なことを決めようと思っても、すでにその時のみなさんには決めること自体が難しいかもしれません。ですから、あらかじめ元気なうちにいくつかのことを決めておかれた方が後悔はないと思うのです。
本文の最後は、私の経験からどのようなことについてあらかじめ考えを巡らし、決めておいた方が良いのか書いていこうと思います。次の四つについてきちんと考え、何かに残しておけば、どのような場合にも困らないのではないかと思います。一つずつ解説してみます。
①どこで生活していきたいのか
認知症になってしまい、だれかに頼らなければ生活がなり立たなくなった時、あなたがどこで生活していきたいのかを決めておきます。具体的には、いくつかの場合が考えられます。
パートナー、もしくは配偶者がいらっしゃらない場合、あなたは1人で生活していく必要があります。しかし、認知症になってしまうと、1人での生活がままならないことも少なくありません。FASTのスケールを見てもわかるように、中等症になると日常生活が困難になります。このような場合にどうしたいのかということをきちんと周りの人に伝える必要があるでしょう。
ショートステイやデイサービスを利用しながら、もしくは小規模多機能施設の力を借りながら、認知症であっても自宅で過ごす方もいらっしゃいますが、好きなところで過ごすためには、他のことは犠牲になっても構わないという覚悟が今の日本の療養環境では必要です。
②自分で食べられなくなったときにどうしてほしいのか
アルツハイマー型認知症はいずれ自分で食べられなくなります。FASTスケールでいうと、6、もしくは7の段階で飲み込むことが難しくなるのです。また、同時に1人で食事をすることができなくなります。
その時に、食事の介助をして何とか食べることを続けたいのか、それとも自然の経過に任せて、自分で食べられなくなったら命が終わる時と考えるのか、または、飲み込みができなくなっても、胃ろうや経鼻胃管にして一日でも長く生きたいのか。みなさんの生き方にあった後悔のない援助方法をあらかじめ考えておいた方が良いと思います。
少数ですが、経管栄養は絶対に嫌だとおっしゃっていたにもかかわらず、ご家族の強い要望に応える形で、経管栄養の導入を承諾され、生きるという選択をされる人もいらっしゃいます。アルツハイマー型認知症の終末期では、この栄養の問題が最も大きな問題だと思います。
③認知症に加えて、治療が困難な病気になったと時どう対処してほしいのか
認知症になったからといって、がんにならないとは限りません。経験上、認知症の人のがんの治療は困難が伴いますから、なかなか難しい状況に陥ります。
もし、FASTスケールで4以上の状態でがんになったら、治療をしてもらいたいのかどうか、あらかじめご家族に伝えておくと良いかもしれません。ご家族は、治療をしないという選択をすることで、後々、後悔の念が長引くことがよくあります。それを防ぐためにも必要なことだと思います。
例えば、「つらい化学療法や手術はしないでほしい。緩和医療はきちんとしてほしい」とか、「医師が可能と判断するなら標準的な治療はしてほしい」とか。その程度でもよいのです。
④自分に代わっていろんなことをしてくれる代理人を誰にするのか
これは、いわゆる「お一人様」の人たちにとっては非常に重要な問題ですし、ご家族を持たれている方にとっても大切な問題です。
みなさんが認知症になってしまうと、やがて自分のさまざまな事柄について決めることができなくなってしまいますし、ご自身の預金も、財産も自分で管理することが困難になってしまいます。
例えば、③の項目にある、「認知症以外の治療困難な病気になった時にどうするのか」というような意思決定ができなくなってしまうでしょうし、病院に入院してもその支払いも自分ではできなくなってしまうのです。
こういった状況に陥った場合に、成年後見制度というものがあります。厚生労働省のホームページに詳しく書いてあります。
信頼できる人や、専門家、ご家族などに財産管理について補佐してもらったり、場合によっては完全に任せたりするのがこの制度です。成年後見人を立てた場合、あなた自身だけで行った契約は無効になりますから、認知機能が衰えて万が一だまされてしまっても契約自体が無効となり、その意味では安心です。
成年後見制度の後見人には二つの種類があります。
一つは法定後見人で、これは家庭裁判所が決め、多くの場合、専門家がその任にあたります。
もう一つは任意後見人で、ご本人が元気なうちにご本人が依頼して後見人になってもらいます。みなさんの子どもたちや信頼できるだれかをみなさんが指名して後見人になってもらうのです。
実は、今のところ、日本の後見人のほとんどが法定後見人です。私は、みなさん自身の意思をきちんとくんでくれるだれかに、みなさんが比較的元気なうちに任意後見人となってもらうことをおすすめします。
ただ、この成年後見制度には大きな欠点というか、足りない点がいくつかあります。その最大のものが、成年後見制度で扱う事柄は契約や金銭の支払いなどに限定されており、例えば、手術の同意や、施設に入所するかどうかの決定、みなさんの入院手続きなどについてはしてくれないという点です。
後見人が任意後見人で、息子さんや娘さんであればそういった手続きやみなさんの意思の代弁もしてくれるので問題ないのですが、法定後見人の場合、司法書士や弁護士なので、彼らはそういったことはできないのです。
実は、本人の利益が最大となるように治療や入所などの人生の岐路に立つ意思決定を支援するための制度が日本にはありません。お子さんがいらっしゃったり、配偶者がお元気であったりすればこのことは問題になりにくいのですが、みなさんの意思を代弁していると皆が納得できない場合には、実は大問題になるのです。
今後、未婚の後期高齢者が激増することが予想されており、この点は大きな問題となる可能性があります。
こういった問題に対応すべく、身元を保証する民間業者がさまざまな形で現れてきました。なかには悪徳な業者もいることから、厚生労働省のガイドラインや、消費者庁から契約に当たっての留意事項をまとめたページなどが出されています。
お一人様のみなさんは、こういったサービスに対してアンテナを日ごろから張っておき、お元気なうちに信頼できる業者を探して(向こうから営業にやってくるような業者は危険ですから契約しないことです)、良い業者を見極めて契約しておくことも必要なことだと思います。
本来はきちんと法律を作り、国を挙げて取り組むべき課題だと思うのですが……。このことについては、別の機会で考えてみたいと思います。
以上、認知症について知っておいた方がよい事柄について書いてきました。みなさんの何かの助けになれば幸いです。
注1)Daigo Yoshida, Tomoyuki Ohara,etal, Lifetime cumulative incidence of dementia in a community-dwelling elderly population in Japan, Neurology 95(5) e508-e518
注2)Haruhisa Fukuda, Hiroshi Kanzaki et.al, Disease Burden and Progression in Patients with New Onset Mild Cognitive Impairment and Altzheimer’s Disease Identified from Japanese Claim Data: Evidence From the LIFE Study, Journal of Altzheimer’s Disease 95(2023) 155-1572
特記のない写真はゲッティ
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おのざわ・しげる 1963年相模原市生まれ。90年東京慈恵会医科大学医学部卒業。在宅医療をライフワークにしようと、同年から亀田総合病院(千葉県鴨川市)に在籍し、99年同病院の地域医療支援部長に就任。22年間、同病院で在宅医療を中心に緩和医療や高齢者医療に携わってきた。2012年に北里大学病院患者支援センター部副部長を経て、13年に同トータルサポートセンター長に就任。同病院の入院患者に対して、退院から在宅医療へスムーズに移行できるよう支援してきた。16年相模原市内で在宅医療専門の「みその生活支援クリニック」を開設。亀田総合病院在宅医療部顧問。日本在宅医学会認定専門医。プライマリケア連合学会認定医、日本緩和医療学会暫定指導医。日本在宅医学会前理事。日本医療社会福祉協会理事。一般法人社団エンドライフケア協会理事。相模原町田医療介護圏インフラ整備コンソーシアム代表。