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毎日新聞 2022/2/3 東京朝刊 有料記事 1846文字
冬場に日本付近で急速に発達する「爆弾低気圧」。東日本や北日本を中心に局所的な豪雪や突風、高潮などを引き起こし、各地で被害をもたらしている。さらに、近年は発生頻度も増えているという。なぜ日本付近で発生が多いのか。メカニズムや最近の状況を探った。
爆弾低気圧は、最大風速で強さを決める台風と異なり、低気圧の発達速度を発生の判断指標としている。世界気象機関の定義では、中心気圧が24時間で24ヘクトパスカル以上低下した温帯低気圧が該当する。
この呼び方は、海外の研究者が1980年に発表した学術論文で、短時間で発達する低気圧を「ボム(爆弾)」と表現したことがきっかけで広まった。この論文発表から、「ボム・サイクロン」などを和訳して爆弾低気圧という呼び方が専門家の間で使われるようになった。ただ、気象庁は爆弾低気圧という呼び方を正式な用語に採用せず、「急速に発達する低気圧」として気象情報を発表している。
爆弾低気圧の発生には、高度10キロ付近の上空を流れる強い偏西風(ジェット気流)と、下層の気圧が関わっている。
基本的な発生メカニズムはこうだ。ジェット気流は蛇行しており、そこで渦が発生する。渦が回転すると、その下層では、寒気と暖気の境目となる前線がある場合、下層にも渦ができる。冬場はこの気象状況になりやすい。すると、下層の渦に周囲から風が吹き込んで上昇気流が生まれ、海上の水蒸気が持ち上げられることで雲ができる。上昇気流が強まると、渦の中心気圧が下がって、低気圧が発達する。周囲から吹き込む風が強くなり、下層の低気圧が上層の渦を強くしながら結合。こうして爆弾低気圧となって急激に発達する。
●11月から3月に集中
爆弾低気圧は冬場の日本付近の北西太平洋で発生・活発化しやすい。その要因の一つに、暖流の黒潮の存在がある。暖流から熱と水蒸気が放出されて大気の下層では低気圧が発達してエネルギー源となり、上層の渦が強くならない場合でも爆弾低気圧を発生・発達させるのだ。こうしたことなどから、頻繁に活発化すると考えられる。
九州大が研究や防災のためにまとめている爆弾低気圧情報データベースによると、データがある96年以降、500以上の爆弾低気圧が発生している。データベースを管理する川村隆一・九大教授(気象学)によると、月別では11月から翌年3月の寒候期に集中し、年間発生数は平均で約20個に上る。爆弾低気圧の暴風圏は台風をしのぐ事例が多く、東日本や北日本を中心に猛烈な暴風雪や突風、高潮などの気象災害を引き起こす。
●災害に備える時間短く
京都大と東京大が数十年間の気象データを分析し、発生傾向の変化も分かってきている。研究チームは気象庁が作成した1958年から55年間の観測値を基に爆弾低気圧を分析。80年代後半から北西太平洋で発生数が増加傾向にあることが確認された。月別では毎年1月に急増し、86年以前の平均発生回数が5・69回だったのに対し、87年以降は8・87回に増加していることが分かった。87年以降の増加は、ユーラシア大陸からの季節風による寒気の吹き出しが弱まったことや、東シナ海上の温暖多湿化などが原因とみられる。
過去には全国各地で被害を出した爆弾低気圧も生じている。2013年1月14日に発生した爆弾低気圧は、最低中心気圧は936・1ヘクトパスカルを記録。最大瞬間風速は東京・三宅島で秒速38・6メートル、千葉県銚子市で同38・5メートルを記録するなど関東を中心に暴風が吹いた。また、積雪は横浜市で13センチ、東京都心で8センチなど関東を中心に大雪となった。死者5人が出たほか、空港や鉄道、道路にも大きな影響が出た。爆弾低気圧の長期変化を分析した吉田聡・京大防災研究所准教授(気象学)は「この冬も注意してほしい」と呼びかけている。
一方、九大の川村教授は防災上の注意点として、発生から接近するまでの時間「リードタイム」を挙げる。台風が日本の南海上から数日かけて接近するのに対し、爆弾低気圧は日本近海で急速に発達するためだ。「半日から1日で、あっという間に通り過ぎていく。リードタイムが短く、災害に備える時間も短くなってしまう」と話す。
英国では15年から、深刻な暴風雪や豪雨災害をもたらす可能性が高い冬場の嵐に名前を付けて国民に注意を呼びかけている。川村教授は「爆弾低気圧の被害は台風に匹敵する。日本も冬の嵐に名前を付けて注意喚起することも検討すべきだ」と提案する。【鳥井真平】