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毎日新聞 2023/7/4 東京朝刊 856文字
半導体産業に活力を与え、競争力を高める。そうした役割を、政府系ファンドが担えるだろうか。
官民出資の産業革新投資機構(JIC)が、半導体材料大手のJSRを約9000億円で買収する。上場を廃止して事業の再構築を進める計画だ。業界再編も視野に入れている。
同社は半導体生産に不可欠なフォトレジスト(感光剤)で高いシェアを誇る。だが、取引先の半導体メーカーに比べて企業規模が小さく、価格などの交渉で劣勢に立たされがちだ。半導体の高機能化に対応する開発費も膨らみ、経営体力の強化を迫られている。
支援はJSRが要請した。短期の利益を求める株式市場の圧力から逃れる狙いがある。一時的な収益悪化や借金の増加といったリスクを取りながら、思い切った投資や買収を進める方針だ。
政府にとっても、競争力の維持、強化は重要な課題である。半導体は経済安全保障の面からも重要物資とみなされ、主要国は周辺産業も含めて巨額の支援策を打ち出している。
先端半導体の開発や生産で出遅れた日本勢だが、製造装置や材料には強みを持つ。感光剤の世界シェアは約9割に上る。今回は、救済色が強かった従来の投資とは一線を画し、成長力を高める戦略的な資金投入と位置付けられる。
とはいえ、政府系ファンドとしては異例の投資規模だ。政府は今後10年で官民合わせて10兆円以上を半導体産業に投じる方針を掲げるが、効率や必要性の吟味が甘くなることがあってはならない。
公正さの視点も不可欠だ。JSRは、政府系ファンドの「中立的な立場」を生かして関係者間の利害調整を進め、業界再編を主導する考えだ。
だが、JICは巨額投資のリスクを負って経営権を握る。買収や統合を進める際に中立的な判断をできるかどうかは、見解が分かれよう。市場をゆがめるような再編を進めれば、長期的には産業のダイナミズムを損なう。
政府系ファンドに本来期待されるのは、民間資金を集める呼び水となることだ。再編の主体はあくまでも企業である。競争環境に目配りし、産業界の潜在力を引き出す支援に徹するべきだ。