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Michel Roccatiさん(左)と、やはり今回の治療技術で歩けるようになった脊髄損傷患者のDavid Mzeeさん=Jimmy Ravier氏撮影
イタリア人のMichel Roccatiさんがオートバイの事故で脊髄(せきずい)損傷を負い、下半身が完全に麻痺(まひ)したのは2017年のことだった。しかし彼は現在、歩けるようになっている。スイスの研究グループが開発した「電気刺激によって運動機能を回復させる」という革新的な治療技術のおかげだ。この研究結果は、ローザンヌ大学病院(スイス)のAndreas Rowald氏らにより医学誌「Nature Medicine」に2月7日に報告された。
「当初、足の筋肉を動かすことができず、感覚も全くなかった」とRoccatiさんは振り返る。しかし、彼は現在、立ち上がれて、歩けて、階段の上昇り降りもできる。Roccatiさんは「この電気刺激があれば、練習しようと思ったことは全てできる」と同誌主催の記者会見で語った。
Rowald氏らは今回の研究で、Roccatiさんも含めた29~41歳の男性患者3人に、電気刺激による治療を試した。3人とも、研究開始の1年以上前から、脊髄損傷による完全麻痺があった。「つまり、彼らは足を動かせず、足の感覚も全くなかった」と研究グループの一人で、同大学病院の神経外科医であるJocelyne Bloch氏は言う。
3人の患者は、20年にスイス・ローザンヌのNeuroRestore研究センターで手術を受けた。この手術でペースメーカーを腹部に埋め込み、同時に、16個の電極がついたリード線を脊髄にとりつけた。
Bloch氏の共同研究者でスイス連邦工科大学ローザンヌ校の神経科学者であるGrégoire Courtine氏によると、リード線と電極は永久に使えるよう設計されている。そして脊髄の中でも、体幹や下肢の筋肉の動きに関与する領域全体に電流を流せるような、最適な位置に正確に取り付けてある。
この電極はさらに、脊髄のどの部分に電流を流すかを決めるソフトウェアに接続されている。このソフトは、患者ごとに高度に個別化され、体外のタブレット型コンピューターで操作できる。
患者や理学療法士は、このタブレットや小型のリモートコントローラーを使って、体をさまざまに動かすための刺激プログラムを作れる。(たとえば「左側のボタンを押したら、左足を上げられる」など)。プログラムの内容は、腹部のペースメーカーに無線で送られ、ペースメーカーから電極にその情報が伝達されて患者の動作につながるという仕組みだ。
「3人とも手術後間もなく歩けた」
「この技術のおかげで3人の患者は全て、手術後間もなく、立ち上がって歩くことができるようになった」とBloch氏は記者会見で報告した。同氏によると、この治療によって「ペダルをこぐ」「泳ぐ」「体幹を動かす」といった動作も可能になった。一方で、痛みや、電気刺激に起因する副作用の報告はなかったという。
ただ「3人は、治療後すぐに動作を完璧にコントロールできたわけではなかった。動作の回復は段階的に進み、最初はかなりの身体的サポートが必要だった。感覚の回復についても患者ごとに大きなばらつきがあった」とCourtine氏は振り返る。それでも同氏は「とはいえ、この技術のおかげで訓練するための力を取り戻すことはできた」と強調する。使用するデバイスは小型で持ち運び可能なため、訓練は場所を問わず行える。研究では、この電気刺激をオンにしておけば、Roccatiさんは2時間立つことができ、約1kmの距離を立ち止まらずに歩けたほか、階段の昇降もできたという。一方、オフの状態では、回復はかなり限定的だったという。
なお、米ルイビル大学脊髄損傷研究センターのClaudia Angeli氏によると、この技術のほかにも、脊髄損傷患者の運動機能回復に有益な治療法がいくつか報告されているという。現時点では異なる治療法を直接比較した研究は実施されていないが、同氏は「いずれの治療法も有望」と話している。(HealthDay News 2022年2月7日)Copyright © 2022 HealthDay. All rights reserved.