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毎日新聞 2023/7/14 東京朝刊 有料記事 4450文字
空前の人口減社会を迎える日本。外国人労働者を受け入れ、定住してもらうことが問題解決のカギを握る。一方、日本社会には外国人の増加への不安も根強く、受け入れ態勢も十分ではない。賃金の高い韓国や欧米に外国人が流れる「日本離れ」も起き始めている。外国人とどのように共生していけばよいのか。【聞き手・西尾英之】
=西尾英之撮影
「移民」の活躍、日本に必要 毛受敏浩・日本国際交流センター執行理事
日本は今後、人口が急速に減り働き手が減少していく。社会・経済を維持していくためには、外国人労働者を日本に定住する人材として受け入れ、彼らの活躍を促進する必要がある。
日本に暮らす外国人は1989年は約100万人で、その7割は韓国系の人だった。それが現在は約300万人以上に達し、国籍も多様化している。だが国民の一部には「移民」に対するゆがんだイメージがあり、反発を恐れる政府は「日本は移民政策はとらない」という看板を外せないままでいる。
本来、移民を受け入れるとは、受け入れ国で活躍が見込める人たちを、言語力や職務経験に基づき受け入れることを意味する。日本以外の他の先進国では、必要な人材を移民として受け入れることで人口を維持し、経済の発展を目指している。日本においては国民に、移民について正しく理解してもらうとともに、政府が「移民を受け入れ、共に新しい時代をつくっていく」と発信することが必要だ。
歴史的には、日本は異文化や外国人を積極的に受け入れ発展してきた。移民は日本の伝統に反さず、未来を切り開く古くて新しい方法ではないか。このまま人口減が加速し、衰退して外国人に「選ばれない国」になってからでは遅い。
人口が減ってもAI(人工知能)を活用すれば大丈夫だという人もいるが、例えば機械では代替できない医療や介護などのエッセンシャルワークを誰が担うのか。高齢化する地方に若い外国人が増えれば、冷え込んだ消費も増え、災害時は地域を守る力にもなる。外国人を一時的な助っ人として捉えず、社会の一員として定着させ、さまざまな役割を担ってもらわないと、日本社会は回らなくなる。
政府はこれまで日本語教育など外国人の日本社会への定着に取り組まず、自治体や市民による多文化共生事業に任せきりにしてきた。その結果、外国人の日本語能力は全体的には低いままだ。就労先も非正規や派遣労働に偏り、経済的な安定は得られていない。
さらに30年前にスタートした技能実習制度は、実習生が帰国することが前提だ。この制度で企業は、外国人を景気の調整弁としてみなすことに慣れてしまった。実習生は日本語が十分ではないこともあって地域に溶け込めず、かえって地域住民の外国人への偏見を強める結果を招いた面もある。将来的には、不安定な外国人の存在が社会の分断を強めかねない。また、海外に日本の閉鎖性を印象付けることにもなる。
政府はすでに外国人が定住して地域で活躍してもらうことの重要性を認識している。厚生労働省による「地域外国人材受入れ・定着モデル事業」など、現実には定住化支援に取り組み始めており、実質的な移民政策を進めているとも考えられる。今後は外国人の権利義務を規定し、生活基盤の確立への対応や、活躍を促すための政府や自治体の責務を明示する「在留外国人基本法」を制定し、政府として「日本において外国人は欠かせない存在だ」という基本理念をしっかりと打ち出すべきだ。
=西尾英之撮影
待遇や社会の意識に課題 シュレスタ・ブパール・マン CE Human Resources社社長
日本にいるネパール人は、現在15万人ほど。2000年ごろには数千人規模だったが、東日本大震災後、留学生ビザの発給条件が少し緩くなるなどして急増した。ネパールでは日本ブームの状態で、日本に憧れる人は多い。アジアの先進国で、文化や宗教に共通点もある。外国人の「日本離れ」も言われるが、ネパールでの人気はまだ衰えていない。
だが、日本が将来も外国人に魅力ある国であり続けるかどうかはわからない。日本は自ら変わらないと、外国人に「行きたい」と思ってもらえる国であり続けることは難しいかもしれない。
人手不足となる特定分野で外国人を受け入れる特定技能制度が19年に始まるまでは、日本へは一般労働者として入国できなかった。そのため、多くは留学生ビザやネパール料理店のシェフなどの技能ビザで入国していた。ネパールは国民の多くが海外に働きに出る出稼ぎ国だ。国内では勉強しても思ったような仕事に就くことができない。内戦は終わったが、政治的には安定しない。不満がある若者は世界へ出て行く。
スキルの高いエリート層は、日本ではなく米欧でホワイトカラーの仕事を目指す。教育を受けていない層は、中東で建設作業員など重労働の仕事に就く。日本へ来るのはその中間と区分できる。
エリート層が日本を選ばないのは言葉の問題だ。日本語ができないと生活しづらい。世界のどこでも通用するIT(情報技術)のスキルがある人は、「いまさら日本語を勉強しなくても」と考える。日本が高度人材を集めるには給料をよほど上げないと難しい。
ハードルは他にもある。技能実習や特定技能で日本へ行くためには、外国人技能実習機構や入管などの手続きに時間がかかる。英国なら2カ月で出発できるのに、半年から1年も待たされる。そのため日本行きを希望しても、途中で目的地を変えてしまう人もいる。
給与や福利厚生の面で、日本と他の先進国との間では格差がある。英国の看護師の職は年収5万1000ポンド(約930万円)と日本の倍以上。イスラエルでの介護職は生活費や宿舎代が会社負担で、給料の大部分が手元に残る。
アジア内でも、同じ仕事で比べれば日本よりも韓国の方が給料が高い。外国人労働者の受け入れ制度も韓国の方が進んでおり、国として「外国人を必要としている」という姿勢が明確だ。一人っ子政策で急速に高齢化が進む中国も今後、ライバルになるだろう。
気になるのは、特に仕事の現場でネパール人と共に働く日本人の意識や対応だ。来日して仕事を始めたものの、現場で強く叱られて「もう日本では働きたくない」と言い出すネパール人もいる。日本の常識に疎いことも多く、日本人同士ならば普通の言い方でもきつく感じてしまう。
家族を帯同していれば子供の学校など暮らしの現場に、外国人には気軽に入っていけない壁がある。日本人一人一人がそれぞれの場で、外国人を受け入れる気持ちを持ってほしい。
=太田敦子撮影
定住者の自立支援がカギ 坂本久海子・NPO法人「愛伝舎」理事長
私たちのNPO法人「愛伝舎」は、「多様性を豊かさに」を掲げ多文化共生社会づくりに取り組んできた。だが実際の活動内容は、外国人のセーフティーネットづくりの面が大きい。外国人人口は年々増加しているが、行政からは「予算がない」「障害者よりも人口が少ない外国人への優先度は低く、限界がある」との声も出る。定住する外国人の不安定な暮らしは、日本の社会基盤にも影響を及ぼす。「そんなことでいいの?」と思いながら、活動を続けてきた。
1990年の入管法改正で日系人に定住ビザが発給されるようになり、私が暮らす三重県など自動車産業集積地には、ブラジルなど南米からの日系人が集中した。定住ビザはどんな仕事に就くこともでき在留期限も更新できる「最強のビザ」だ。
しかし、当初の日系人はあくまで出稼ぎ目的で、「日本にずっといる」との意識はなかった。地域との接点が少ないため、日本語は上達せず日本社会のことも知らないまま定住し、今は高齢化が進んでいる。
外国につながる生徒の進学に力を入れる三重県では、日本語指導が必要な生徒の高校進学率が全国でも非常に高い。ところが、生徒も保護者も「正規雇用」と「非正規雇用」の違いを知らない。そのため高卒で働く場合、時給で働く非正規の方が給料が高いことがあり、将来設計がないまま非正規で就職してしまうことも多い。
日本での定住を選ぶなら、日本語能力や社会への理解など、自立できる力を身に付け、将来の生活設計を考えてほしい。生活を安定させるには、社会を知ることが必須だ。
私たちは、県立高校やブラジル人学校で卒業後の進学や就職についてのキャリアセミナーを開いている。正規採用の場合の年収や生涯賃金、社会保障などの具体的な情報を伝える。正規採用には日本語が必要なことや、地元企業で正社員として働く先輩が増えていることなどを話す。
私たちは、国や自治体への働きかけを進め、環境整備にも取り組んでいる。外国人を受け入れる環境が十分整っているとは思わないが、行政や地域社会の取り組みは進化している。だから、外国人自身も自立して暮らすためのスキルを上げてほしいと思う。
地元国会議員に働きかけ、超党派の多文化共生議連が生まれた。東海3県の市民グループと名古屋出入国在留管理局が連携して定住支援にあたるネットワークもできた。外国人と市民、自治体、国の連携態勢をつくってきたが、この輪に欠けているのが企業だ。労働力として恩恵を受けているのに、生活支援は地域任せで、日本語教育などに関わる企業は少ない。企業も地域で一緒に考えてほしい。
ある外国人は「日本は制度を理解しルールに従いさえすれば、公平な国だと思う」と言ってくれた。日本社会を気に入って定住している人たちもたくさんいる。私たちは、彼らが「社会の一員」として自立できる支援に取り組み、日本人も外国人も多様性を実感できる「多文化共生社会」を実現させたい。
日本で必要な労働力
国際協力機構(JICA)は昨年、人口減少が進む日本が成長を維持するには、2040年に20年の約4倍の674万人の外国人労働者が必要になるとの試算をまとめた。一方、送り出し国側の経済成長などを考慮すれば、40年に日本で働く外国人は632万人にとどまり不足が生じる。外国人労働力の需給を具体的な数字で示した試算は初で、JICAは「この数字を基に議論を深めてほしい」としている。
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■人物略歴
毛受敏浩(めんじゅ・としひろ)氏
1954年生まれ。慶応大法学部卒。米エバーグリーン州立大大学院修士。専門は多文化共生、移民政策。近著に「人口亡国――移民で生まれ変わるニッポン」。
■人物略歴
シュレスタ・ブパール・マン(Bhupal Man Shrestha)氏
1973年ネパール生まれ。留学生として来日し、在留ネパール人支援に取り組む。エベレストインターナショナルスクール創設。同国人材紹介会社経営。
■人物略歴
坂本久海子(さかもと・くみこ)氏
1961年生まれ。明治学院大社会学部卒。90年代にブラジルに滞在。帰国後、三重県鈴鹿市の小学校で国際教室の非常勤講師。2005年「愛伝舎」設立。