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未熟なまま「美容医」になる若者たち--そのしわ寄せが国民に?
谷口恭・谷口医院院長
2024年11月4日
ここ数カ月で医療者の間で頻繁に話題になっている流行語が「直美」です。「なおみ」でも「じかび」でもなく「ちょくび」と読みます。医学部を卒業し、2年間の初期研修を終えた後、従来の後期研修には進まずにすぐに美容医療界に転職する医師たちのことです。言葉の起源ははっきりしませんが、「通常なら当然経験すべき後期研修を受けずに直接美容業界に飛び込む」ことから誰かがそう名付けたのでしょう。先日、当院に研修に来ていた2年目の研修医も春から美容クリニックに就職が決まっていると言っていました。私のごく身近なところにも「直美」がいたのです。もちろん「直美」に対する医療界からの批判は小さくありません。しかしそのような多大な批判があることを承知で「直美」を目指す若い医師が大勢いるのも事実です。そこで今回は「直美」の問題を整理し、国民は「直美」を信用していいのか否かを考えてみたいと思います。
修練せぬまま、大量流出
まずは「直美」がどれくらいいるのかをみてみましょう。
2023年12月、日本医学会連合は「専門医等人材育成に関わる要望書」を公表しました。
この要望書の中に「医学部卒業生や臨床研修医が十分な臨床的修練を経ずに保険診療以外の領域への大量流出(確定的な数値ではありませんが、2023年度の関係諸機関の調査で、美容領域で医学部2つ分に相当するような多数の新規の医師採用がありました。)に繋(つな)がる危険をはらむこと」という表現があります。
この「医学部2つ分」という表現は大変インパクトがあり、瞬く間に医師の間で広がりました。「医学部2つ分」ということは約200人です。後期研修も受けずに、美容界に転職して高額を得る若い医師(=「直美」)が増えているということは、ほとんどの医師がうすうす気付いていましたが、200人という数字を突きつけられると衝撃を受けます。
医学部定員増も、医師不足
従来、医師不足の問題は顕在化しており、これを克服するため政府は09年ごろより医学部の定員を少しずつ増やしました。08年度に7793人だった全国の医学部の定員が、19年度には9420人になり、10年ほどで1600人以上も増えたのです。全国の多くの医学部が定員数を少しずつ増やしていますが、これに加えて16年に東北医科薬科大(旧・東北薬科大)に医学部が設置され、17年に国際医療福祉大にも医学部が新設されたことで、定員数は大きく増えました。医学部の定員は前者が100人、後者は140人(うち留学生20人)です。
では、医学部の定員増加で多くの若い医師が誕生し、医師不足は解消されたのでしょうか。残念ながら、まったくそうではないのが実情です。地方の医師不足は現在も深刻で、都心部の病院でも事実上の過重労働を強いられる医師は少なくありません。神戸市の病院に勤務していた当時26歳の医師が、長時間労働でうつ病を発症し22年に自殺したことが大きく報じられたことも記憶に新しいのではないでしょうか。
政府としては、定員増加で増えた若い医師たちに地方の病院で勤務してもらい、さらに外科や産科など不足している領域の医師数を増やしたいというもくろみだったのでしょうが、結果としてはうまくいっていません。
卒業後はその地方で勤務することを条件に入学を許されたはずの「地域枠」の医学生さえ、ルールの網の目をくぐり抜けて義務だったはずの地方勤務を避けようとしていると聞きます。実際、地方勤務義務を回避するためのノウハウがインターネットやネット交流サービス(SNS)で広がっているとか。
地域枠で入学した若い医師たちが「直美」に流れているとまでは言えないでしょうが、医師不足が深刻な地方で勤務する医師を増やすために医学部定員を増やした結果、その思惑が大きく外れ、医師は不足したまま「直美」が増えているのは事実です。
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国民にメリットなし
ここからは国民の視点で考えてみましょう。特に地方に住む人たちにとって医師不足は困ります。予約がとれず待ち時間が長く、場合によっては必要な治療や手術を受けるのに隣の市まで行かねばなりません。都心部でも領域によっては専門医の数が少なく、なかなか必要な診察を受けられないことがあります。地方でも都心部でも医師不足は解消されておらず医学部定員増加は国民の利益になっていません。
医師不足のため、2021年末に分娩(ぶんべん)受け入れを休止した小林市立病院では、分娩台などが置かれたままになっている=宮崎県小林市で2022年11月30日午後4時44分、一宮俊介撮影
では美容医療に転ずる「直美」が増えたことは、美容医療を求める国民の利益にはなっているのでしょうか。私見を述べれば「NO」と言わざるを得ません。
まず、「直美」らには技術の向上が期待できません。医師はどのような領域に進んでも2年間の初期研修を修了した時点でできることは限られており、3年目以降の研修で本格的な技術を学んでいきます。知識なら教科書を使って独学で学ぶこともできますが、技術となるとそうはいきません。見よう見まねで経験したことのない処置や手術をするわけにはいきませんから、指導をしてくれる先輩医師が絶対に必要です。そして、幅広い事例の経験を積まねばなりません。
たしかに、「直美」らにも簡単な施術ならできるでしょう。しかし、簡単な施術の大半は医師免許を持たないエステティシャンにもできます(医師免許がないと法的に実施できない施術もあります)。最初は簡単な施術だけしかできなかったのが、さまざまな事例を経験し、高度な技術をもつ先輩医師から指導を受けて成長する、という成長モデルがあるのならいいのですが、現状の大半の美容医療界では他の領域には当然あるようなこういったいわゆる“徒弟制度”はありません。
技術はイマイチ、営業はピカイチ
では、発想を転換して「生涯にわたり簡単な施術しかしない」という選択肢はどうでしょうか。これも現実的ではありません。なぜなら、簡単な施術であっても、小さな傷や炎症が生じたり、熱傷を起こしたりし、治療が必要になることがあるからです。
しかし、施術を失敗しても、必要な治療すらしない医師も多いようです。当院にはそのような美容医療の“失敗”で生じた炎症や熱傷の治療目的で受診する患者さんが少なくありません。彼(女)らは「治療を受けた美容クリニックに相談したが『近くの病院に行け』と突き放された」と言います。「この程度の症状も(「直美」には)治せないのか?」というのが私の率直な印象です。
期待して受けた美容医療がうまくいかずに私に不平を述べる患者さんたちも、よほどのことがない限りその美容医を訴えることはしません。同意書にはそれができない(うまくいかなくても美容医は責任をとらない)と書かれていることが多いですし、美容クリニックには敏腕弁護士がそろっているといううわさもあります(それでも「訴訟に踏み切るから診断書を書いてほしい」と依頼されることもありますが)。
皮肉なことに、「直美」は技術を学べなくても、通称「クロージング」と呼ばれる営業技術は上達しそうです。先日当院を受診した30代の女性は「(ある美容クリニックのウェブサイトに)2万5000円のキャンペーン価格でハイフ(しわやたるみを取る美容医療)ができると書いてあったから行ったのに、110万円の契約をさせられた」と泣きながら訴えられました。そのクリニックを受診すると若い男性医師から「もっといい治療がある」「あなたはかわいいからモニターになれる」「今日契約すれば安くなる」などと言葉巧みに口説かれ、気付いたときには110万円の契約書にサインし、さらにその場で現金をおろしに行かされて全額を支払ったというのです。
専門医の資格をもった美容医を
では、きちんとした美容医療を受けたいときにはどうすればいいのでしょうか。実は、この答えはすごく簡単です。「形成外科専門医の資格をもつ美容医にかかればよい」のです。私は研修医の頃、形成外科での研修を半年間受けました。その半年間で、形成外科的な(美容外科に通ずる)縫合について学び、外傷や熱傷などの基本的な知識を得て多くの事例を経験しました。勉強になるからと考え、美容クリニックに研修に出向いたこともあります。半年間の研修で得たのは「美容医療を求める人は少なくなく、また美容医療は決して一般医療からさげすまれるような医療ではない」ということです。私自身は美容医療を否定しているわけではなく、当院の患者さんから相談を受けたときは美容医(もちろん形成外科専門医)を紹介することもあります。
形成外科専門医の資格を取得するには医学部卒業から最低6年間はかかります。ということは現役で医学部に入学したとしても専門医を取得する頃には30歳に到達していることになります。専門医であれば何もかもが優れているとまでは言いませんが、少なくともある程度レベルの高い技術の習得や、トラブルが生じたときの対処法などに卓越し、「直美」とは比較にならないほどの症例数を経験しています。冒頭で紹介した「直美」の研修医にも「先に形成外科の専門医を取得すれば」と助言したのですが、彼女の心に響いたのかどうかは今も不明です……。
特記のない写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 月額110円メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。