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誰もが一度は行ったことがあるだろうファストフードチェーンのマクドナルド。そこで腸管出血性大腸菌O157による集団食中毒が発生したというのですから、一報を聞いた時は「あのマクドナルドで?!」と驚きを隠せませんでした。ちょうど数日前に、アメリカでメイン展開されている別のファストフード店でハンバーガーを食べたばかりだったからです。米疾病対策センター(CDC)によると、10月30日時点で90例の報告があり、27人が入院し、1人が死亡したといいます。原因はどこにあったのでしょう。
大腸菌の多くは無害である
CDCが同22日に開始した調査では、症状を訴えた人の多くが「クォーターパウンダーハンバーガー」を食べていたことが明らかになっています。4分の1ポンドのビーフパティが使用されたハンバーガーで、何が食中毒の原因となったのか、発生源について調査してきましたが、スライスした生のタマネギである可能性が高いとしています。
米食品医薬品局(FDA)もスライスオニオンの可能性に言及しており、そのタマネギを供給していたテイラーファームは同22日、自主的に回収を開始したと報告しています。
食中毒の主な原因になるものといえば細菌とウイルス。今回問題になった腸管出血性大腸菌O157は文字通り、細菌の一種である大腸菌になります。大腸菌は、人間や動物の腸内、水や食品などに存在しており、ほとんどは無害です。むしろ腸内にいる大腸菌は食物の消化を助け、ビタミンを生成し、有害な細菌から私たちを守ってくれているのです。
初のO157はハンバーガーから
大腸菌は、菌の表面にあるO抗原(細胞壁由来)とH抗原(べん毛由来)によって、いくつかに分類されます。O157とは「O抗原として157番目に発見されたものを持つ」という意味です。
腸管出血性大腸菌はベロ毒素(志賀毒素群毒素)という強い毒素を出し、激しい腹痛や水様性の下痢、血便をきたすのが特徴です。小児や高齢者では溶血性尿毒症症候群(HUS)やけいれん、意識障害といった脳症など全身性の重篤な症状を引き起こしやすく、注意が必要になります。
しかも、病原性を有する大腸菌は腸管出血性大腸菌だけではありません。たとえば
・腸管病原性大腸菌…小腸に感染して腸炎を起こす
・腸管組織侵入性大腸菌…大腸の粘膜上皮細胞に侵入、増殖し、びらんと潰瘍を形成して赤痢様の激しい症状を引き起こす
・腸管毒素原性大腸菌…小腸の上部に感染し、エンテロトキシンという毒素を産生した結果、腹痛と水様性の下痢を引き起こす
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――もあるのです。
腸管出血性大腸菌が発見されたのは1982年。米オレゴン州とミシガン州でハンバーガーによる集団食中毒事件が発生した際、患者のふん便からO157が原因菌として見つかりました。ハンバーガーに使われていたビーフパティが生焼けだったことが原因だったといいます。
O157の感染報告は海外に限ったことではありません。日本でも焼き肉店などの飲食店や食肉販売業者が提供した食肉を生や加熱不足で食べて感染する事例などが報告されており、厚生労働省によると昨年は19件で、患者は265人に上っています。
感染を引き起こした原因食品として特定または推定されているものとして、日本では井戸水、牛肉、牛レバー刺し、ハンバーグ、牛角切りステーキ、牛タタキ、ローストビーフ、シカ肉、サラダ、カイワレダイコン、キャベツ、メロン、白菜漬け、日本そば、シーフードソースなどが、海外ではハンバーガー、ローストビーフ、生乳、アップルジュース、ヨーグルト、チーズ、発酵ソーセージ、調理トウモロコシ、マヨネーズ、レタス、カイワレダイコンなどがあります。
こうして並べてみると、肉だけでなく生食用の野菜を含む実にさまざまな食品や食材から発見されていることが分かるでしょう。それだけに食品の洗浄や加熱といった衛生面での取り扱いが大切になってきます。
買いだめをせず、早めに食べきる
では、O157に感染すると、どんな症状をきたすのでしょうか。
4~8日の潜伏期間の後、激しい腹痛が表れます。数時間後には水様の下痢を起こし、1~2日後に激しい腹痛とともに血性下痢(下血)が見られます。重症化するとHUSや脳障害を併発することがあり、HUSでは下痢が始まってから1週間ほどで赤血球の破壊による溶血性貧血、血小板の減少及び急性腎不全などの症状が表れ、最悪の場合は死に至ります。
食中毒というと飲食店での食事が原因と思いがちですが、自宅での食事でも報告されています。そのため、家庭でも食品の取り扱いには注意が必要です。
家庭における具体的な予防策として、東京都保健医療局は主に以下を挙げています。
①生野菜などの食材はよく洗い、食肉は十分加熱してから食べること
②冷蔵庫内に保存している食品は早めに食べること
③調理器具は十分に必ずよく洗うこと
④調理や食事の前には必ずせっけんで手を洗うこと
⑤飲用に適している水を使用すること
⑥腹痛を認め、下痢が続いたら、すぐにかかりつけの医師を受診すること
⑦症状を発症した患者のいる家庭では、ふん便に汚染された下着等の取り扱いに注意すること
日本では鮮度を維持して保存できるものが多く、早めに食べようという意識は希薄だったのですが、アメリカに来てからは野菜やパンなどが想像以上に早く傷むことから、あまり買いだめをしないようになりました。必要な時に必要な分だけ購入し、なるべく早く食べるということは、食中毒予防の観点から正解だったようです。
今回の「マクドナルド・ショック」をきっかけに、食中毒の危険性は身近に潜んでいることを認識し、自宅でも安心して食事ができる環境を整えたいと改めて思うようになりました。
<参考文献>
・厚生労働省「腸管出血性大腸菌Q&A」
・東京都保健医療局「食品衛生の窓」
写真はゲッティ
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山本佳奈
ナビタスクリニック内科医、医学博士
やまもと・かな 1989年生まれ。滋賀県出身。医師・医学博士。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒、2022年東京大学大学院医学系研究科(内科学専攻)卒。南相馬市立総合病院(福島県)での勤務を経て、現在、ナビタスクリニック(立川)内科医、よしのぶクリニック(鹿児島)非常勤医師、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員を務める。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)がある。