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知れば怖くない! 大流行のマイコプラズマ肺炎
谷口恭・谷口医院院長
2024年11月11日
マイコプラズマ肺炎が流行しています。この疾患は年によって流行度が大きく異なり、当院が開院した2007年以降でいえば11年が最多でした。2番目は16年でしたが、今年の流行は少なくともその年をしのぎそうです。マイコプラズマ肺炎は流行してもあまり心配しなくていい感染症なのですが、過去の流行時とは異なり、今年は過敏になっている人が多いようで、なかには診断書を求める人や「会社から出勤停止を命じられた」という人もいて驚かされます。どうも、世間ではマイコプラズマ肺炎が新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)と同じような感染症と思われているようです。今回はそんなマイコプラズマ肺炎の実態と対処法について当院での経験を紹介しながら述べてみたいと思います。
病原体は細菌
まずは病原体である肺炎マイコプラズマの特徴を簡単に復習しておきましょう。肺炎マイコプラズマは(インフルエンザやコロナのような)ウイルスではなく細菌です。したがって、抗菌薬がよく効きます。
ただ、風邪や肺炎の原因菌として有名な溶連菌や肺炎球菌とは異なり、ヒトの細胞内に寄生するのが特徴です。イメージでいえば「ウイルスに近い細菌」という感じで、溶連菌や肺炎球菌などに奏功するペニシリン系/セフェム系の抗菌薬が一切効きません。そのため、正確に診断をつけることがとても重要になります。もしも、マイコプラズマ肺炎を起こしているのに、原因が肺炎球菌だろうと誤診してペニシリン系/セフェム系の抗菌薬を投与してしまえばまったく効きません。
なお、「ウイルスに近い細菌」で肺炎を起こすものとして、クラミドフィラ(参考「子どもも妊婦もかかる三つの『クラミジア』の混乱」)、レジオネラ(参考「レジオネラ 床やタイルが『ぬめる』温泉は要注意」)が有名です。そしてこれらは肺炎マイコプラズマと同様、マクロライド系抗菌薬がよく効きます。また、激しいせきが特徴の百日咳菌も「ウイルスに近い」というわけではありませんが、マクロライド系抗菌薬がよく効きます。
診断は総合的に
次に、マイコプラズマ肺炎の「診断」についてみていきましょう。マイコプラズマ肺炎は感染症法「定点報告の5類」と分類されています。感染症法上の分類は1類から5類まであり、イメージでいえば数字が大きくなるほど軽症です。5類には「定点報告」と「全数報告」があって、定点報告は指定された医療機関だけに、全数報告はすべての医療機関に報告義務があります。もしもあなたが定点となっている医療機関を受診してマイコプラズマ肺炎の診断がつけられれば行政に届け出がなされますが、定点でないところで診断がつけば報告されません。よって、市町村や国が毎週報告しているマイコプラズマ肺炎の発生数は診断がついた患者全員をカバーしているわけではないことに注意が必要です。数字には反映されていない感染者が多く(後述する理由もあって)発表される感染者数は実際の感染者数と大きくかけ離れているのです。
届け出は国が指定する「診断基準」を満たしていなければなりません。その基準のひとつに「検査」があります。感染症の種類によっては、「臨床診断」といって検査をせずに届け出できるものもあるのですが(例えば風疹がそうです)、マイコプラズマ肺炎の場合は届け出には必ず検査が必要になります。
主な検査方法として、血液検査、PCR、迅速検査(イムノクロマト法:コロナやインフルエンザでおなじみの15分程度で結果がでる簡易検査のことです)があります。このうち、血液検査とPCRは結果が出るまでに時間がかかり、実用的ではありません(結果が出るまでに治療を開始するからです)。
他方、迅速検査は(インフルエンザやコロナに比べて)精度が高くありません。これは、インフルエンザやコロナは鼻咽頭(いんとう)で増殖するのに対し、肺炎マイコプラズマは気道や肺がメインであり(鼻)咽頭にはあまり生息していないからです。つまり、迅速検査で「陰性」であっても決してマイコプラズマ肺炎を否定できないのです。
かくして、マイコプラズマ肺炎の診断には検査よりもむしろ、他の所見が鍵を握ることになります。例えば、せきが強い場合は胸部レントゲンを撮影します(レントゲンの結果はすぐに出ます)。マイコプラズマ肺炎では両側の肺にうすい白い影(すりガラスにたとえられます)が観察できることがあります。
本連載で繰り返し紹介しているグラム染色も有効です(参考「その風邪、細菌性?それともウイルス性?」)。肺炎マイコプラズマ自体は顕微鏡にうつらないほど小さなサイズですが、咽頭スワブや喀痰(かくたん)を顕微鏡で観察すると多数の白血球がみえます。溶連菌や肺炎球菌であれば細菌像も同時にみえますが、マイコプラズマの場合は細菌像がなく白血球のみがうつります。これがグラム染色におけるマイコプラズマの特徴です。
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つまり、マイコプラズマの診断は、検査自体は精度が低い、もしくは結果が出るまでに時間がかかるために実用的でなく、せきの特徴、聴診、胸部レントゲン、グラム染色などから総合的に判断することになります。
治療は? 予防法は?
治療はマクロライド系の抗菌薬を用いますが、必ず必要というわけではなく、私の場合、若くて健康で症状が軽度であれば抗菌薬の処方もしていません。抗菌薬を用いなくても自然治癒がじゅうぶんに期待できるからです。最近、一部のマクロライド系抗菌薬に耐性をもつマイコプラズマが増えていますが、どんな薬も効かないということはありません。
せきについても、何もしなくても自然に治ることが多いといえます。長引いた場合には、麦門冬湯や麻杏甘石湯などの漢方薬や、ぜんそくの治療に用いる吸入薬を使うこともあります。
他方、コデインやデキストロメトルファンなどせき中枢を抑制させる内服薬には頼るべきではありません。ごく短期間なら問題ありませんが、長期使用は副作用や依存症のリスクがあるからです。
概していえば、マイコプラズマは軽症で済みます。小児や高齢者の場合、入院が必要になることもありますが、コロナやはしかなどのように隔離する必要はありませんし、院内感染が問題になることもまずありません。他人への感染力はさほど強くないのです。
これは年齢別の感染者数をみればよく分かります。マイコプラズマの好発年齢は5~8歳くらいで、幼稚園や小学校などで子供たちが至近距離で接することが原因だと考えられます。つまり、それくらい近づかなければそう簡単には感染しないのです。
感染予防にマスクは有効です。過去にも紹介した「インフルエンザやライノウイルスはマスクをしていても感染させるがコロナは感染させない」事象を思い出してください(参考「新型コロナ 感染は『サージカルマスク』で防げる」)。マスクをしていればコロナはマスクの外に出ていかないことを示した研究をそのコラムでも紹介しました。なぜ、コロナは防げてインフルエンザは防げないのか。その答えは「コロナウイルスは大きいから」という単純なものでした。そして、マイコプラズマは肺炎球菌などの一般細菌よりは小さいとはいえ、コロナウイルスよりはずっと大きいのです。ならばマスク(サージカルマスク)をきちんと装着していれば他人に感染させることは(ほぼ)ないわけです。
マイコプラズマ肺炎は、学校保健安全法の規定により、急性期(発熱や倦怠<けんたい>感、激しいせきがある時期)は出席停止となりますが、これは上述したように学童は密な距離で接することが多いからです。他方、成人の場合、子供たちのような至近距離のスキンシップは普通はないでしょうから、マスクを装着している限り、他人への感染はそれほど心配する必要はないというわけです。
ではマイコプラズマ肺炎をまとめてみましょう。
・今年(24年)は流行している。11年、16年以来の大流行
・診断は問診、聴診、レントゲン、グラム染色などから総合的に判断する。マイコプラズマを検出する迅速検査は精度が高くない
・治療はマクロライド系抗菌薬。耐性菌の報告もあるが何も効かないことは(まず)ない
・長引くせきには漢方薬や(ときに)ぜんそくに用いる吸入薬が有効
・学校保健安全法に基づき小児は出席停止となるが成人には規定はない(規定する必要がない)
・原則としてサージカルマスクを着用すれば他人への感染は防げる
特記のない写真はゲッティ
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たにぐち・やすし 1968年三重県上野市(現・伊賀市)生まれ。91年関西学院大学社会学部卒業。4年間の商社勤務を経た後、大阪市立大学医学部入学。研修医を終了後、タイ国のエイズホスピスで医療ボランティアに従事。同ホスピスでボランティア医師として活躍していた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後大阪市立大学医学部総合診療センターに所属。その後現職。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師、主にタイ国のエイズ孤児やエイズ患者を支援するNPO法人GINA(ジーナ)代表も務める。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。日本医師会認定産業医。労働衛生コンサルタント。主な書籍に、「今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ」(文芸社)、「偏差値40からの医学部再受験」(エール出版社)、「医学部六年間の真実」(エール出版社)など。谷口医院ウェブサイト 月額110円メルマガ<谷口恭の「その質問にホンネで答えます」>を配信中。