+神をたたえよう。神は偉大、すべては神に造られた。
おはようございます。
今日は年間第17土曜日です。
救い主・イエス・キリストと天主の母聖マリア、聖母の配偶者聖ヨゼフ、諸聖人の大いなる祝福がありますように!
また、大天使とすべての天使、私たちの守護の天使が今日も皆さまを見守り平和でありますようお祈りします。
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マタイによる福音
<ヘロデは人を遣わして、牢の中でヨハネの首をはねさせた。ヨハネの弟子たちがイエスのところに行って報告した。>
14・1そのころ、領主ヘロデはイエスの評判を聞き、2家来たちにこう言った。「あれは洗礼者ヨハネだ。死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」3実はヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアのことでヨハネを捕らえて縛り、牢に入れていた。4ヨハネが、「あの女と結婚することは律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。5ヘロデはヨハネを殺そうと思っていたが、民衆を恐れた。人々がヨハネを預言者と思っていたからである。6ところが、ヘロデの誕生日にヘロディアの娘が、皆の前で踊りをおどり、ヘロデを喜ばせた。7それで彼は娘に、「願うものは何でもやろう」と誓って約束した。8すると、娘は母親に唆されて、「洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、この場でください」と言った。9王は心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、それを与えるように命じ、10人を遣わして、牢の中でヨハネの首をはねさせた。11その首は盆に載せて運ばれ、少女に渡り、少女はそれを母親に持って行った。12それから、ヨハネの弟子たちが来て、遺体を引き取って葬り、イエスのところに行って報告した。(マタイ14・1-12)
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パク・キソク神父様の 「今日の黙想」です。
「予言」という言葉は、未来に起こることをあらかじめ考え伝える予言(豫言)と、神託を受けた者が神の意志を人々に伝える行為とその内容を指す予言(預言)に区別されて使われます。旧約聖書に登場する予言は後者の性質が強いです。もちろん、神の御心を伝える中で、時には未来のことも言及されるため、今日の第一朗読と福音書で前者の意味を完全に排除することは難しいです。むしろ預言者たちは、イスラエルの民が神と結んだ契約を守らず、その御心から遠ざかるとき、民を正しい道に導こうとし、死を顧みずに神の声となって真実を宣べ伝えなければなりませんでした。
今日の第一朗読と福音は預言者について語っています。しかし、どちらの場合においても、預言者たちの言葉を聞きたくない人々が預言者たちを排除しようとしています。エレミヤの命はユダの大臣たちやすべての都市の住民たちの恐ろしい気まぐれにかかっています。神殿とエルサレムに反対する声を上げたために、祭司や預言者たちも彼が処刑されるべきだと信じています。
洗礼者ヨハネも、律法を破って弟の妻を奪ったヘロデを非難したことで投獄されます。そして罪人の赦しが可能な王の誕生日に、逆に斬首されるという恐ろしい出来事を経験します。今日の第一朗読と福音にイエス様が登場しないとしても、預言者たちを通じて私たちは主が経験されることを想像することができます。
神のために自らの命を危険にさらしながら使命に忠実であった預言者たちの真実に照らして、私たちの言葉と行動を振り返りましょう。
そして自分にできることは何かを考えて、ためらうことなく行動しましょう。
答唱詩編の詩編作者のように、預言者としての苦しみの中でも祈りましょう。「わたしは貧しく悩んでいる。神よ、わたしを救い、守ってください。神の名をたたえてわたしはうたい、感謝して神をあがめよう。」
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私たちはキリスト者としてイエス様のために正しい預言者の役割を実践できますように!聖霊、きてください。