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観光客でにぎわう東京・浅草の仲見世通り=東京都台東区で2022年4月17日、猪飼健史撮影
過去のコラム「新型コロナ 『第6波』後でも日本の死者が欧米より少ない理由」で「日本は欧米諸国に比べて新型コロナウイルスによる人口あたりの死者数が少なく、これは日本だけが特殊なのではなくアジア諸国はどこも少ない」ということを示しました。では、アジア内ではさほど差はないのかというと、ここにきて大きく開きが出てきました。
「ゼロコロナ政策」がピンチの中国
ピンチに陥っているのは中国です。中国は、いわゆる「ゼロコロナ政策」が功を奏し、厳しいロックダウン(都市封鎖)を繰り返し、もともとは新型コロナは同国の武漢で発生した感染症であるのにもかかわらず、これまではずっと世界の優等生でした。
しかし現在、そのゼロコロナ政策にほころびが出始めています。感染性が極めて高いオミクロン株に対しては、かつての流行株に対するような効果が出にくいようで、ロックダウンを続けても感染者数が思うように減少していません。
世界経済の中心地の一つである上海(人口約2500万人)では、3月末から約50万人の感染者と約140人の死者が出ており、感染者数も死者数も増えていて歯止めがかかっていません。さらに、中国では死者の数え方が不適切だという指摘があります。新型コロナに感染し、もともとあった基礎疾患が悪化して死亡した人がいた場合、中国はその人を「新型コロナによる死者」とはみなさないというのです。AP通信が事例を伝えています。
上海では3月28日からロックダウンが続き、生活に厳しい制限が課せられて住民からの不満が抑えきれなくなってきているようですが、中国当局が方針を変える様子はありません
PCR検査場に並ぶ北京市民ら。新型コロナの感染拡大を受け、同市は25日から、同市朝陽区の全区民350万人と通勤者を対象とした大規模PCR検査を始めた=北京市朝陽区で2022年4月25日午前11時22分、岡崎英遠撮影
一方、改めて世界を見渡してみると、欧米諸国ではマスク着用義務を撤廃する方向で、入国審査の簡素化も進んでいます。もはや、厳しい政策を掲げているのは中国と北朝鮮くらいになってきました。
新型コロナを「格下げ」した韓国
他方、コロナ完全終息宣言もあと少しでは?という声が聞こえ始めているのが韓国です。英紙「Financial Times」の報道を中心に、最近の韓国の政策を振り返ってみましょう。
韓国政府は昨年11月に「元の世界に戻す」という言葉を使いましたが、その後オミクロン株の出現により取り消さざるを得なくなりました。今年3月には、1日の新規感染者数が60万人を超える日もありました。同国の人口は約5200万人ですから、いかに多いかが分かります。
大統領選に1票を投じるため、投票所に列をなす有権者=ソウル市内で2022年3月9日午前、金宣希撮影
しかし、4月以降は減少傾向にあり、現在では1日に約80万人ほどにまでなっています。「それでも多いのでは?」という意見があり、たしかに累積でみれば韓国では国民の3割以上が感染しています。死者については、感染者あたりでみた死亡率(4月25日現在で、感染者数約1693万人に対し、死者数は2万2000人余りで死亡率は約0.13%)は高くないとする声がある一方で、「それでも死者が増えすぎだ」という指摘があり、実際、同国ではコロナ死により葬儀場が需要に追い付かなくなっていることが度々報道されています。
しかしながら、それでも新型コロナによる累積死者数は2万人を超えた程度です。これがいかに少ないかは欧米諸国と比較をすればよく分かります。イギリスの人口は約6700万人で韓国よりやや多い程度ですが、すでに累積死者数は19万人を超えています。ちなみに、日本は人口約1億3000万人に対し死者数が3万人弱ですから、人口あたりでみれば、韓国より少し少ない程度です。
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このように、感染者は急増したけれど死者がそれほど増えていない状況に鑑みて、韓国政府は4月25日から、新型コロナの扱いを「第1級感染症」から「第2級感染症」に格下げしました。なお、同国の1級、2級というのは日本とは異なります。「第1級感染症」はエボラ出血熱や、中東呼吸器症候群(MERS)が該当し、これまでは新型コロナも1級に入れられていました。2級に格下げされたことにより、結核やコレラと同じ扱いになりました。
この格下げに先立つ4月18日以降、バーやレストランの営業時間の規制が撤廃され、会合の人数制限もなくなりました。屋内でのマスク着用義務は当分の間、維持されますが、同25日からは映画館やジムや宗教施設など、人が集まる施設内での飲食が認められることになります。さらに、5月下旬からは隔離の義務がなくなるようです。
隔離義務を撤廃するのなら、ただの風邪とほとんど変わらなくなります。再び規制を強めることがなければ、韓国は「コロナは終わった。アジア諸国で一番早くに」と宣言したようなものです。もちろん、再び強い規制が求められるようになる可能性もあり「次期政権が、新型コロナを第1級に戻すことを検討」との報道も出ています。それでも、すでに国民の3割が感染しているのです。新型コロナは再感染では重症化しにくいことは過去のコラム「新型コロナ 『慎重派』と『軽視派』の対立は続く」でも述べました。
さて、過去の連載で、私は韓国は日本とはまったく異なる政策を取ってきていることを紹介しました。韓国では、感染すると防犯カメラやクレジットカードの記録、GPS(全地球測位システム)のデータなどが調べられ、いつ、誰と、どこにいたかが特定されて、これらのデータがなんと公開されていたのです。「マスクを着用しない」などの違反者がいれば専用ホームページとアプリを通じて通報する制度が作られ、実際に多数の通報が寄せられました。コロナとパパラッチを合わせた「コパラッチ」なる言葉まで登場しました。
しかしながら、こういったプライバシーを犠牲にした政策が成功したのかと言えば、結果として国民の3割が感染してしまったわけですから、これらの政策が功を奏したとは言い難いわけです。
経済政策を振り返ってみましょう。プライバシーを犠牲にした数々の政策をとった一方で、韓国は中国が今も継続しているようなロックダウンを一度も実施していません。日本や中国も含め、世界のほとんどの国で経済成長率が低下しているなか、韓国は昨年、実質国内総生産(GDP)成長率4%を達成し、過去11年間で最高の数字を記録しています。
今春、死者が急増した香港
では、韓国の成功の真の原因は何なのでしょうか。私の意見は「ワクチン」です。そして、これが中国が現在くすぶっている理由でもあります。説明していきましょう。
英紙「テレグラフ」は4月8日の記事で、英国、香港、ニュージーランド、シンガポール、韓国の5カ国・地域の人口あたりの感染者数と死者数のグラフを掲載しました。香港、ニュージーランド、シンガポール、韓国の4カ国・地域でみると、オミクロン株の流行により2022年になってから感染者数はどの国(地域)でも急上昇していますが、死者数が急激に増えているのは香港だけです。なお、中国政府のウェブサイトによると、中国も今年2月末に約6000人だった死者数が、4月24日には約1万5000人となり、約9000人増えました。ただしこれは、香港の死者数も含めた数字のため、増加のほとんどは香港の影響だと思われます。
5カ国・地域の人口100万人あたりでみた新型コロナの累積感染者数と累積死者数を表すグラフ。英紙テレグラフがウェブサイトに掲載したものを編集部が日本語に訳した。元の数字の出典はOur World in Dataのウェブサイト
では、他の3国と比べて、なぜ香港だけが死者数が激増しているのでしょうか。まず間違いなく、その原因はワクチンの普及率です。しかし、「ワクチン普及率そのもの」でみれば、中国、香港、韓国で差はありません。Our World in Dataのデータによれば、4月24日時点でワクチン2回接種を完了した率は、中国86%、韓国87%、香港80%とあまり差がありません。ちなみに日本は80%です。
では何が違うのか。その答えは「年齢ごとの接種率」、つまり「韓国は高齢者にも(あるいは高齢者こそが)積極的にワクチンを接種しているのに対し、香港では高齢者の接種率があまり高くない」というのが私の考えです。これには決定的なエビデンス(医学的根拠)はないのですが、合理的な根拠があります。
高齢者のワクチン接種率が重要
Our World in Dataのウェブサイトは、「香港の年齢ごとのワクチン完了率」を掲載しています。0~19歳の接種率が低いのは他国と同様ですが、特筆すべきは「80歳以上のワクチン完了者の低さ」です。わずか50%ほどしかありません。日本では、40代未満で低く高齢になればなるほど接種率が上昇します
香港の年代別にみたワクチン接種を終えた人の割合。Our World in Dataのウェブサイトから。編集部が日本語に訳した
。データがある他国の年代別の接種状況を同じサイトで確認してみると、香港以外に高齢者で接種率が低下する国(地域)は見当たりません。そして、韓国は年代ごとの接種率のデータはないものの、4月から60歳以上に4回目の接種が始まったこと考えると、高齢者の接種率が高いことが予想されます。
結論を述べます。私が考える、新型コロナの対策が韓国で成功した理由と、香港や最近の中国がふるわない理由は共通しています。それは「高齢者に対するワクチン接種率」です。韓国が実施したプライバシーを犠牲にした政策がよかったわけではなく、中国の厳しすぎるロックダウンが悪いわけでもなく、差が出ているのは高齢者がどれだけワクチンを接種したか、いう単純な理由が大きいというわけです。
ということは、高齢者のワクチン接種率が高い日本においても、日常に戻れる日、つまり感染しても隔離が不要になる日は韓国と同様、もうすぐそこに来ているのではないでしょうか。