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毎日新聞 2023/8/16 東京朝刊 有料記事 4037文字
今年は戦後78年。同じ敗戦国でも日本は被害、ドイツは加害が歴史教育の軸になりがちだ。ウクライナでの戦争への反応も違う。評論などでも活躍する独公共放送ZDF東京支局プロデューサー、マライ・メントラインさんと、日本近現代史が専門の成田龍一・日本女子大名誉教授が対談した。【構成・鈴木英生、写真・宮川明登】
独公共放送ZDF東京支局プロデューサーのマライ・メントラインさん=宮川明登撮影
侵略を反省し軍事支援 マライ・メントライン 独放送局プロデューサー
日本女子大名誉教授の成田龍一さん=宮川明登撮影
薄れる絶対的平和主義 成田龍一 日本女子大名誉教授
――ウクライナで戦争が始まって以降のドイツ社会の変化は?
マライ ロシアに融和的だった意識が一変しました。ショルツ首相は、開戦後の演説で侵攻を「時代の転換点」だとして、防衛費の国内総生産(GDP)比2%への増額やウクライナへの軍事支援などを表明しました。世論も基本的に支持しています。「第二次大戦で旧ソ連に大損害を与えたのに、再び露に銃を向ける?」といった批判も一部にありますが、多くの人は現実的に判断しています。過去に対する謝罪の気持ちは、まったく変わっていません。だからこそ、昔の私たちのような独裁国家が小国を侵略するのを絶対に許してはならないと考えるのです。
――新左翼が源流の一つの、緑の党が軍事支援に特に積極的なのも、この考え故ですね。日本は?
成田 昨年暮れ、タレントのタモリさんが「新しい戦前」とテレビで言ったのが象徴的です。岸田文雄政権は防衛費を増額し、専守防衛もなし崩しで変えようとしています。人々は戦争への不安を感じていますが、表だった抗議の声はほとんど上がっていません。
マライ なし崩しは、本当にまずいですね。民主的に選ばれた政権が決める防衛政策だから、建前では「みんなが納得している」はずです。が、政権交代のほぼない国で、そもそも、選挙での有効な選択肢や深い議論がどれだけあるのかと歯がゆくなります。
成田 戦後日本には、「絶対的平和主義」的な意識も強くありました。「正義の戦争」などというものは、この世に一切存在しない。だから、あらゆる戦争を拒否する。この意識も、この間、ずるずると失われつつあります。
なぜ、日本はなし崩し、ずるずるべったりと変わるのか。戦後の政治構造が問題です。平和憲法があるのに、1951年に日米安保条約が結ばれました。理想主義的な憲法を持ちつつ、米国の核の傘の下に入ったわけです。理想を掲げていても、現実に引きずられるのを拒否できない構図になりました。冷戦後は、91年の湾岸戦争に自衛隊を出さず、「貢献を認められなかった」とのトラウマが残りました。おかげで、90年代以降、自衛隊の海外派遣がずるずると拡大しました。今もその延長線上で、政治も国民も「時代の転換点」といった明確な認識や判断を示さないまま政策が変わるのです。
――独の歴史教育について教えてください。
マライ ご存じの通り、ナチスに関する授業が膨大にあります。特に最近は、ナチス政権下の市民についての学習が盛んです。なぜ、市民はナチスの犯罪に加担したり、犯罪を傍観したりしたのか。授業では、映画をよく使います。たとえば、「ヒトラー暗殺、13分の誤算」(2015年)は1人でヒトラーを殺そうとした人物の話です。この映画を見て、どうして主人公は立ち上がれたのか、もし再び独がまずい方向に流れたら自分は抵抗できるか、といった議論を生徒同士でします。
成田 日本でも昨年度、高校に「歴史総合」という科目ができました。18世紀以降を対象とし、日本と世界の歴史を教えます。独同様に対話重視です。また、今の高校生にとって戦争体験者は祖父母以上の世代だから、直接話を聞ける機会がほとんどありません。やはり、映画や文学などを通した文化的な学びが重要です。
マライ 独でも戦争体験者が減り、生徒が戦争と自分との関係を想像しにくくなっています。
――独の歴史教育の課題は?
マライ 過去の反省と今後への責任をセットでどこまで教えられるかでしょう。以前、日本で「帰ってきたヒトラー」(15年)という映画の試写会に行きました。現代にヒトラーがよみがえり、ものまね芸人として人気を博するうちに、再び独裁者への道を歩み出す話です。司会者が「ヒトラーが再来しても見抜けるかどうかわからない」と話したら、あるドイツ人参加者が「だってヒトラーですよ。顔を見れば一発でわかりますよ」と受け流しました。「怖い」と思いました。ナチスと別の顔をした、しかし似たシステムが生まれたときに、それを見抜けるかどうかこそが問題なのに……。
――日本は、自国の加害についての認識が弱い印象です。
成田 大づかみな言い方となりますが「国民は(軍部などの)被害者」が、戦後の歴史認識のいわば第1過程で、平和教育の基本線です。第2過程として、ベトナム反戦運動が盛り上がった70年前後、メディアや在野研究者らを中心に「私たちは加害者でもあった」との反省が生まれました。
冷戦終結後が第3過程で、被害と加害は単純に分けられないとの認識が出てきました。たとえば、中国で虐殺をした日本兵は、戦争に動員された被害者でもあります。植民地でも、日本の支配に協力する人々がいました。近年は、第4過程としてジェンダーによる論点が注目されています。日本人が敗戦後、旧満州(現中国東北部)などから引き揚げる過程で女性が性暴力にさらされたり、女性を旧ソ連軍などに差し出したりしたといった出来事が語られています。戦時性暴力は、今のウクライナでも問題になっており重要な視点です。
――一般には第1過程の認識止まりの人が多いのでは?
成田 残念ながら……。
マライ 独は、修学旅行で強制収容所に行ったり、国語で「アンネの日記」を読んだり、歴史の授業以外でも加害を学びます。
成田 日本も、広島や長崎、沖縄は主な修学旅行先です。
マライ 被害を実地で学ぶ?
成田 被害は、戦争について考える入り口になります。また、日本は原爆を糸口に反核、反戦運動の太い柱をつくってきました。原爆という人類に対する圧倒的な悪への批判が根底にあるからこそ、「正義の戦争はありえない」と言い切れるのです。
日本人は戦後のビキニ水爆実験(54年)でも被ばくし、東日本大震災(11年)では原発事故がありました。ウクライナでもロシアは核兵器を脅しに使っています。原爆を学ぶことは、戦時性暴力と同様に、過去の戦争を今と地続きで考えるためにも重要です。
マライ あと、日本のある種の潔癖主義が気になります。「おじいちゃんは兵隊だったけど、いい人です」と。それはわかりますが、「だから悪いことをしたはずがない」となるのは……。
成田 本当は優しい人たちが、時代のシステムの下では加害者にもなります。冷戦期以来、独は加害、日本は被害という一面的な歴史観が教育の主軸だったとされます。が、今後は、多様な責任を考え合わせ、加害と被害の複雑な絡み合いを教えるべきでしょう。
マライ 独もドレスデンやハンブルクなどで大規模な空襲がありましたが、ナチスがあまりにも悪かったので、それを支えた独市民の被害は、今も言いにくい面があります。おかげで、空襲被害者への追悼の気持ちを右派政党が勢力拡大に利用することも起きます。
成田 独の被害では、(敗戦後の東欧などからの)ドイツ人追放者の話が冷戦終結後に広く語られ出し、旧ソ連軍の蛮行なども注目されるようになりましたね。
マライ 私の母方家系も追放者でした。そういえば、15年のシリア難民問題では、こんな批判が出ました。「かつて同胞であるドイツ人追放者に大した支援をしなかったのに、なぜ今、シリア難民を手厚く助けるのか」と。70年も前の鬱憤がこんなふうに噴き出すのかと驚きました。
成田 つまり、過去の記憶は、時々の状況に応じて呼び戻されるものです。だからこそ、歴史的事実が不用意な扱われ方をしないよう、過去の検証が必要なのです。
――最後に付け加えると?
マライ 日本の潔癖主義は、左派にもあります。国際社会のパワーゲームは、絶対的平和主義で戦争を拒否するだけでは変わらないでしょう。結果として目の前の侵略や抑圧を見過ごしていいのかは、考えてほしいと思います。
成田 私たちは、過去を受け継ぎ、今も歴史を作っている存在です。歴史は人ごとではありません。作家の高橋源一郎さんは「僕らの戦争なんだぜ」という本を書いていますが、間接的には誰もが、ウクライナでの戦争にも関係しています。各人が自らの話として戦争を受け止め、どう対応するかを判断すべきだと強く思います。
被害も甚大だったドイツ
第二次大戦時の独は、空襲によりハンブルクやドレスデンなどで万単位の死者を出した。首都ベルリンなどで多数の市民が市街戦に巻き込まれ、旧ソ連軍に性的暴行や略奪も受けた。戦後は領土の約4分の1を失い、東欧などにいたドイツ人も含め1500万人ともされる人が今のドイツ領へ移住させられた。他方、ユダヤ人虐殺の現場での加害などは、1960年代まで独国内であまり追及されなかった。
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■人物略歴
マライ・メントライン(Marei Mentlein)氏
1983年、独北部キール生まれ。高校から日本に留学し早稲田大を経て独ボン大卒。2008年から再び日本在住。テレビコメンテーター、翻訳や著述などで幅広く活躍し、「職業はドイツ人」と自称。著書に「笑うときにも真面目なんです」。
■人物略歴
成田龍一(なりた・りゅういち)氏
1951年生まれ。早稲田大大学院博士課程修了。文学博士。専門は日本近現代史。著書に「『戦争体験』の戦後史」「『戦後』はいかに語られるか」「戦後史入門」「近現代日本史と歴史学」「歴史学のナラティヴ」など多数。