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「亡くなった俳優はレプリコンワクチンを打っていた!?」 フェイクニュースはなぜ信じられ、広まるのか 専門家が教える、だまされないための処方箋
伊藤奈々恵・医療プレミア編集部
2024年11月14日
新型コロナウイルスワクチンの定期接種を受ける男性(左)=東京都板橋区で2024年10月1日午前9時7分、肥沼直寛撮影
10月17日に亡くなった俳優の西田敏行さんが、新たに先月導入された新型コロナウイルスの「レプリコンワクチン」の接種を受けていたという情報がX(ツイッター)上で話題となった。7800回以上リポスト(再投稿)され、2.5万件の「いいね」がつけられた。この情報の真偽を確かめながら、人々はなぜ疑わしい情報を信じ、広めてしまうのか、データ分析やファクトチェックの専門家に聞いた。
発信元の医師「ワクチンは有害無益」
西田さんが亡くなる前にレプリコンワクチンの接種を受けていたと投稿したのは、九州で診療所を開く医師。「(西田さんは)亡くなる1カ月前から主治医にレプリコンワクチンを勧められ、亡くなる4日前に打ったという大手プロダクションからの情報を入手した」などとしている。この投稿につけられたコメントを見ると「証拠あるの?」「嘘をつくな!」といった懐疑的なものもあるが、「やっぱり」「衝撃的です」「そうだと思った」などと投稿を真に受けたものが多かった。
西田敏行さんが亡くなる前にレプリコンワクチンを打っていたというニセ情報の投稿=X(ツイッター)のスクリーンショットより
レプリコンワクチンは、Meiji Seika ファルマ社が「コスタイベ」の名前で9月30日に発売。10月に始まった新型コロナワクチンの定期接種でも採用されている。しかし、新しいタイプのワクチンということもあり、安全性を心配する声も多い。接種予約を始めた医療機関に嫌がらせの電話がかけられ、接種者は「入店お断り」と掲げる美容院やヨガ教室、医療機関が現れるなど、波紋が広がっている。
Meiji Seika ファルマ社によると、西田さんがコスタイべを接種していたかどうかは把握できないが、10月28日時点でコスタイべの接種を受けて亡くなった人の情報はないという。
医師に確認の電話を入れたところ、この投稿について「(死因は)マスコミの方で調べてください」「(情報の入手先は)申し上げられません」と述べ、電話は切られた。
この医師はXのプロフィール欄に「新コロ騒ぎは政治利用、ただの風邪」「ワクチンは有害無益」などと記述。ワクチン後遺症外来を設けている点も強調している。医師が院長を務める診療所のホームページを見ると、がん治療の自由診療を手がけていることなどが書かれていた。
都合のいい話を疑うのは難しい
なぜこの医師が西田さんの情報を知っているのか、なぜ他に報道がないのか、発売前のワクチンを医師が勧めることなどあるのだろうか――。一歩立ち止まれば、おかしな点はいくつも浮かび上がる。なぜ多くの人がこの情報を信じ、拡散してしまったのだろうか。
SNS(ネット交流サービス)のデータ分析で知られ、投稿を元にワクチン懐疑派になる人の特徴を分析した研究を手がけた鳥海不二夫・東京大教授(計算社会学)は「Xのプロフィルを見ると、もともとこの方はワクチンに対して非常に懐疑的な方。この方をフォローしている人たちも、同じような考えの人たちだろうと想像できます。人間は基本的に自分に都合のいい話があれば、それを疑うのは難しい。そのまま信じてしまうこともあるのではないかと思います」と話す。
ただし、記者には広く拡散しているように見えた投稿だが、鳥海教授は「この方のフォロワー数(約7万7000人)とリポスト回数(約7800回)を考えると、そこまで大きく広がっているとは言えない気がします。SNSでは同じような考えの方同士がフォローしあうことが多いので、この医師をフォローしている方は、おそらくワクチンに懐疑的な方が多く、それをさらにフォローしている方もやはりワクチンに懐疑的な方が多いのでしょう。同じような意見を持っている人たちの中で、情報が拡散してしまうことはよくありますが、その一環なのかなと思います」と分析する。
「自分はだまされない」と思うのは危険
どうすれば、ニセ情報にだまされないのか。ニセ情報の拡散を防げるのだろうか。総務省は、インターネット上に流通する真偽の不確かな情報について「SNSの場合、誰もが容易に情報発信できることから、正しくない情報もたくさんあります。中には、騒ぎを起こすことが目的で発信された情報も。目にした情報をうのみにせず、正確性が判断できない場合には安易に情報を投稿・拡散しないことが大切です」と呼びかけている。また、真偽の確認方法として「他の情報と比べてみる」「情報の発信元を確かめる」「その情報はいつごろ書かれたものか確かめる」「1次情報を確かめる」――を掲げている。
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鳥海教授は、次のように考えている。「フェイクニュース、ニセ情報には『だまされる』という前提が必要だと思います。『絶対にだまされる!』と、きちんと認識しておくべきです。私も時々、間違った情報を信じることがあります。人間、間違うことはあります。間違った情報を信じること自体は悪いことではありません。ただ、一度認めたものを訂正するというのは、なかなか勇気がいることです。ですから、情報を拡散する際にも、『自分はだまされるぞ』ということを前提にすることが、必要なのではないかと思います」
「ワクチンで死亡」信じてしまう背景
レプリコンワクチンの接種を受けて亡くなった人がいるという情報は、これ以外にもXで複数見られた。発売前の9月下旬に投稿されたものもあり、いずれも信ぴょう性は低そうだ。
ただ、多くの人が「レプリコンワクチン接種を受けた人が亡くなった」という情報を信じてしまう背景には、これまで新型コロナのワクチン接種を受けたあとに、体調を崩した人たちや亡くなった人たちの存在がありそうだ。
新型コロナのワクチン接種の健康被害について、国の予防接種健康被害救済制度では8328件(うち死亡は881件)が認定されている(10月31日現在)。
救済制度の審査は「接種後の症状が予防接種によって起こることを否定できない場合も対象とする」という方針で、厳密な因果関係はわからないとはいえ、決して少ないとは言えない数字だ。
都合が悪い情報に触れない国会議員
Meiji Seika ファルマ社は、レプリコンワクチンをめぐり、「生物兵器」「3発目の原爆」などと誹謗(ひぼう)中傷を繰り返しているとして、立憲民主党の原口一博衆院議員の提訴を検討している。
川田龍平参院議員の9月21日付のブログ=東京都内で2024年11月12日午後1時10分、伊藤奈々恵撮影
また、同党の川田龍平参院議員は、9月21日付のブログで「レプリコンワクチン、治験段階で死亡者あり厚労省認める」という記事を掲載。 その中で、次のような記述をしている。
「ベトナムでの治験で18人が亡くなっている情報を得ていたので、これを厚労省に問い質(ただ)したところ、18人が死亡していることを認めました」
このブログを読んだ人は、ワクチン接種を受けたことが原因で18人が死亡したと思うのではないだろうか。しかし、昨年公開された審査報告書には、いずれの死亡例も治験薬の因果関係は否定されていると書かれている。
川田議員自身、6月21日に国会に提出した「レプリコンワクチンに関する質問主意書では、この治験について「治療薬との因果関係は否定されたとしているものの、いくつかの死亡例が報告されている」と記していた。
科学記事のファクトチェック活動を2008年から続ける「食品安全情報ネットワーク」共同代表の唐木英明・東京大名誉教授は「川田さんはこのブログの記事では、因果関係が否定されているという見解をすっかり隠してしまっている。都合の悪いところは全部隠し、自分の主張に合うところだけを取り出している。ミスリードであり、これが国民のためになるとは思わない」と指摘する。
川田議員は、10月30日付のブログ記事ではこの治験の死者について「政府は、これらの死亡について、『いずれも治験薬との因果関係は否定された』としています」と記載した。
川田議員の事務所に、都合の悪い情報を隠しているのではないかという指摘を伝え、「治験薬との因果関係が否定されているという見解」を9月21日付のブログには記載しなかったのはなぜか尋ねた。同事務所は「そちらが臆測されているような他意はございません。部会での政府の答弁をそのまま掲載しています。詳しくはブログを参照してください。https://ameblo.jp/kawada-ryuhei/entry-12873205402.html」と回答した。
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2005年入社。熊本・筑豊・青森の各支局、科学環境部などを経て、23年5月より医療プレミア編集部。共著に「誰が科学を殺すのか 科学技術立国『崩壊』の衝撃」(毎日新聞出版)、「下北『核』半島のいま」(志學社)。