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皆さんの中にも、子どもや孫の湿疹に悩んでいる方がいるかもしれません。子どものアトピー性皮膚炎は様子を見ていても自然と改善するケースもありますが、早めに治療することが大切です。放置すると、食物アレルギーなど他のアレルギー疾患の発症につながりやすくなることが分かっています。ではなぜ湿疹が他のアレルギーまで呼び込んでしまうのでしょうか? その理由とメカニズムについて、「ほむほむ先生」の愛称で知られ、根拠ある医療情報の発信に取り組む東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科の堀向健太助教が解説します。
子どもの肌荒れは自然に良くなる?
私は、アレルギーのあるお子さんを診療することの多い、アレルギー専門医の一人です。秋冬生まれのお子さんにアトピー性皮膚炎を発症しやすいという研究結果もあるからか、春は皮膚の症状が悪化して病院を受診されるお子さんが増える時期です[1]。読者の方々のお子さんやお孫さんにも、湿疹に悩まれている方がいらっしゃるかもしれませんね。もしかすると、なかには「子どものときの肌荒れは自然に良くなるから大丈夫」と思って様子を見ている方もいるかもしれません。たしかに、子どものアトピー性皮膚炎の7割は10歳ごろまでに改善します[2]。
しかし、小さいときのアトピー性皮膚炎は、早めに丁寧な治療を受け、皮膚にトラブルのある期間を短くしたほうが良いのです。なぜなら、幼い頃のアトピー性皮膚炎は、ひどくなればなるほど大きくなるまで持ち越しやすく、治りにくくなり[3][4]、他のアレルギーの病気(食物アレルギー、気管支ぜんそく、アレルギー性鼻炎)を発症させやすくなることが分かってきたからです[5][6]。
湿疹があるとアレルギー体質になりやすくなる
両親にアトピー性皮膚炎がある場合、子どももアレルギー体質になると思う方もいらっしゃるかもしれません。たしかに、両親がアトピー性皮膚炎の子どものほうが、そうでない子どもよりアトピー性皮膚炎を発症しやすくなります。
しかし、こんな研究結果があります。その研究では、生まれつき体質的に皮膚が乾燥しやすく、アトピー性皮膚炎を発症しやすい子と、小さいときに湿疹のある子を比較し、どちらの方がアレルギー体質かどうかを表す「IgE抗体」という値が上がりやすくなるか、つまりアレルギー体質になりやすくなるかを調べました。IgE抗体は値が高ければ高いほど、アレルギー体質が強いことを意味します。結果は湿疹のある子の方が、皮膚が乾燥しやすい体質の子よりアレルギー体質になりやすくなるというものでした[7]。
生まれつき皮膚が乾燥しやすい子と小さいときに湿疹のある子の比較
さらに、湿疹によってアレルギー体質が呼び込まれると、よりアレルギー体質になりやすくなることも分かっています[8]。たとえるならば、一度火がついた炭は火がつきやすくなり、そして燃え広がりやすくなるといったイメージでしょうか。すなわち、避けることのできない両親のアレルギー体質を心配するよりも、お子さんが今患っている湿疹を早めに良くすることを考えてほしいと思うのです。
湿疹がアレルギー体質を悪化させるメカニズムとは
湿疹がアレルギー体質を呼び込み、さらに加速させていくことが分かってきました。ではなぜ、湿疹がアレルギー体質につながっていくのでしょうか? 湿疹があるとアレルギー体質が悪化するメカニズムを簡単に解説してみましょう。
体の外には人間の体に害を及ぼすような細菌やウイルスが数多く存在しています。そして皮膚は、体の内側と外側を隔てる「万里の長城」のような城壁として張り巡らされています。つまり、外敵が体の中に入ってこないように守る役割を担っているのです。
その皮膚に傷がつくと、どうなるでしょうか? 傷がついたところから、細菌やウイルスがなだれ込んできてしまいます。これは城壁を破って敵が侵入してくるような非常事態ですから、体内で「免疫」が働き、細菌やウイルスが入ってこないように活動を開始します。
城壁を守るさまざまな味方を集めようと、多くの免疫に関わる細胞たちが集まってきて、情報伝達物質を出し始めます。その情報伝達物質を用いて、お互いに連絡を綿密に取りながら活発化し、細菌やウイルスとの戦いを繰り広げます。
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このとき、皮膚が赤くなったり、かゆくなったりします。これが「炎症が起こっている」状態です。炎症が起きたところでは、免疫細胞の戦いが苛烈を極めている状況です。さまざまな情報伝達物質が飛び交い、免疫細胞も混乱してきます。そんな状況になってくると、免疫細胞は皮膚にくっついているたんぱく質を「敵」と誤認し、そのたんぱく質に対して武器を作り出すようになるのです。その武器が、先程出てきた「IgE抗体」です。
IgE抗体を作りやすく、敵と認識されやすいたんぱく質のことを「アレルゲン」といいます。炎症を起こした皮膚にアレルゲンがくっつき、それに対して攻撃する武器、IgE抗体が作られることを「経皮感作」といいます[9]。アトピー性皮膚炎は、皮膚に長く炎症が続く病気です。そのため、さまざまなアレルゲンに対してIgE抗体を作りやすくなるのです。
家のほこりの中に卵のたんぱく質が含まれている!?
この経皮感作は、さまざまな事件によって証明されています。たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんに毎日ピーナツオイルを塗っていると、ピーナツアレルギーになりやすくなったという研究結果があります。また、手に湿疹がある人が日常的に魚を扱う職業に就くと魚アレルギーを発症したとか、小麦成分の入っているせっけんで顔を洗っていたら小麦アレルギーを発症した――などです [10] [11] [12]。
では、子どもに多い卵アレルギーは、皮膚に卵を塗っていたのでしょうか? 実は、「家のほこり(ハウスダスト)」の中に、卵のたんぱく質が多く含まれていることが分かっており[13]、それが皮膚にくっついて経皮感作を起こすと推測されています。「ほこりの中に卵が? 本当かな?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
海外で、家庭のほこりの中にピーナツたんぱく質が含まれていることを確認し、その家に住む子どものピーナツアレルギーが増えるかどうかをみた研究があります。すると、ほこりの中のピーナツたんぱく質が多い家庭の子ほど、ピーナツアレルギーを発症しやすくなりました。しかも、ひどいアトピー性皮膚炎を持っている子どもほど、ピーナツアレルギーを発症するリスクが跳ね上がるということも分かったのです[14]。経皮感作、侮れないですよね。
妊娠中から卵を食べなければいい?
それならば、家に卵を持ち込まないようにすればいいとか、お母さんが妊娠中からアレルギーになりやすい食べ物を食べないようにすればいいのでは……と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、たとえば妊娠中の女性が卵を除去していても、子どもの食物アレルギーやアトピー性皮膚炎の発症を予防できないことも明らかになっています[15]。家に卵を持ち込まないことが大事というわけではありません。まずは子どもの湿疹を長引かせないようにして、経皮感作を減らしていくことが重要です。
さて今回は、湿疹があると「経皮感作」というメカニズムを通してアレルギー体質を呼び込みやすくなることをお伝えしました。お子さんの湿疹やアトピー性皮膚炎にお困りの方は、お近くのかかりつけ医にご相談してくださいね。
<参考文献>
特記のない写真はゲッティ
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堀向健太
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科助教/アレルギー専門医
ほりむかい・けんた 小児科医。医学博士。専門は小児科、アレルギー科。日本小児科学会専門医・指導医。日本アレルギー学会専門医・指導医・代議員。広報委員・啓発活動委員会委員。日本小児アレルギー学会代議員。研究推進委員会委員・広報委員会委員。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初の保湿剤によるアトピー性皮膚炎発症予防に関する介入研究を発表。各種SNSの総フォロワー数12万超。毎日、外来、教育、研究を続けながら、Yahoo!個人オーサー、Voicyパーソナリティ、Newspicsプロピッカー、アメブロオフィシャルブロガーなど、さまざまな媒体で根拠のある医学情報を発信。医学専門雑誌に年間10本以上、一般向け医学記事を20本以上執筆。著書に「マンガでわかる! 子どものアトピー性皮膚炎のケア」(内外出版)、「ほむほむ先生の小児アレルギー教室」(丸善出版)、「小児のギモンとエビデンス ほむほむ先生と考える 臨床の『なぜ?』『どうして?』」(じほう)など。