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がんが進行して末期となり、医療用麻薬でも痛みの除去が難しくなってきた時の選択肢の一つが「鎮静」です。緩和ケアで行われている鎮静について解説します。(医師主導ウェブサイト「Lumedia<ルメディア>」のスーパーバイザー、勝俣範之・日本医科大武蔵小杉病院教授の原稿を帝京大学医学部の渡辺清高教授<腫瘍内科>がレビューした上で掲載します)
がん患者さんと話をしていて、「症状が進行して末期がんになると苦しいと聞きました。そんなにつらくなるのでしたら、安楽死を望みます」と言われました。
「緩和ケアでは、命を積極的に止めることはしませんが、鎮静といって、眠ってもらうことはできるのですよ」とお話ししましたら、「眠ることができるのでしたら、私はその鎮静を希望します。それは、どこでもやってもらえるのでしょうか?」と興味をもたれたようでした。
鎮静とは、末期がん患者さんなどで、医療用麻薬で痛みや苦しみがなかなか取れない場合に、鎮静剤を使って患者さんを眠らせる方法です。
患者さんの痛みや苦しみがある際、通常医療用麻薬を使います。昔はモルヒネ製剤しかありませんでしたが、現代ではオキシコドン、フェンタニル、ヒドロモルフォンなど、数種類の医療用麻薬製剤があり、作用機序(効く仕組み)や鎮痛効果、有害事象などの違いにより、患者さんの病状に合わせて、いろいろな選択ができます。医療用麻薬は、通常薬と違って、最大投与量という投与量の上限が定まっていないとされ、痛みの状況に応じて、大量の麻薬を投与できます。
「大量の麻薬を投与する」などと聞くと、命が縮まってしまうのではないかと心配になるかもしれません。確かに大量の麻薬を一度に投与すると、呼吸抑制という現象が起こりえます。最悪の場合、呼吸が弱くなったり、止まったりします。しかし専門施設で適正に投与されれば、そうした心配は無用です。
医療用麻薬が生命予後に与える影響を調べた研究があります(注1)。日本のホスピスに入院された患者さん209人のデータです。亡くなる直前2日間で、モルヒネの投与量を増やした患者さんと、モルヒネの量を増やさなかった患者さんの生存期間を比較したところ、両者に差はありませんでした。これは、適切に医療用麻薬を使えば、死期が早まるということはないことを示しています。
医療用麻薬を適正に使用すれば、70~90%の苦痛は改善できます(注2)が、それでも完全に苦痛が取れない場合があります。その場合には、まずは、他の医療用麻薬に切り替えてみたり、投与量を増やしたりします。また、がんが神経を圧迫する際に生じる神経痛など、通常の麻薬では効果が得られにくい場合には、鎮痛補助薬などを使ったりします。このようにいろいろな工夫をして、なるべく、苦痛がないように医療現場で取り組むのですが、それでも、苦痛が取り除けない場合、鎮静を検討します。
手術中に使用する麻酔薬と同じ
鎮静は、手術中の麻酔薬にも使うベンゾジアゼピン系薬剤を持続的に静脈内に投与する治療です(注3)。手術を受けられた方はわかると思いますが、手術中の記憶はまったくないでしょう。鎮痛はこれと同様に眠ってしまうことで苦痛を感じなくなります。
方法には間欠的鎮静、調整型鎮静、持続的深い鎮静の3種類があります。
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間欠的鎮静は、一定期間の意識の低下をもたらした後に、投薬を中止して、意識の低下しない時間を確保しようとする鎮静です。例えば、夜だけ、鎮静薬を投与して、昼間は、鎮静薬を使わないようにします。
調整型鎮静は、苦痛の強さに応じて、苦痛が緩和されるように鎮静薬を少量から調節して持続的に投与します。
持続的深い鎮静は、中止時期をあらかじめ定めずに、深い鎮静状態とするように鎮静薬を調整して持続的に投与します。この方法は、痛みや症状が非常に強い場合、患者さんを持続的に眠らせることになり、患者さんが亡くなるまで続けられます。
どの鎮静法を用いるかは、患者さんの苦痛の状況や希望、ご家族の希望などを聞きながら、慎重に決めます。最初からいきなり眠ってもらうのではなく、間欠的鎮静から始めて、調整しながら、必要に応じて持続的鎮静にするという段階的な調整もできます。
鎮静薬の最大のメリットは、患者さんの苦痛の除去ですが、一方でデメリットもあります。意識を失ってしまうため、鎮静の間は会話ができなくなり、家族などにも自分の意思が伝えられなくなります。特に、持続的深い鎮静の際には、目を覚ますことがなくなります。そのため、鎮静薬を使う際には、必ずメリット、デメリットを本人やご家族に説明します。本人の意向も取り入れつつ、十分な説明に基づく同意を得る「インフォームドコンセント」が大切です。
鎮静を実施しても寿命への影響はない
鎮静薬を使うと、呼吸抑制が強く表れる場合があります。このため鎮痛を実施する際は患者さんの生命に影響を与えないよう、専門施設で慎重に投与されなければなりません。日本緩和医療学会は2004年にガイドラインを作成し、鎮静を適正に行う体制を整備しました(注4)。緩和ケア病棟や在宅緩和ケアなどの適正な専門施設で鎮静薬を使用した場合には、患者さんの寿命の短縮に影響しなかったという調査結果が16年に報告されています(注5)。
ただし、まだ日本中どこの施設でも鎮静を受けられる状態にはなっていないのが現実です。鎮静の実施率は施設によって大きく異なっています。背景には、医師の考え方の違いがあります。患者の意識を低下させる処置に抵抗を感じる医師や、鎮静が患者さんの寿命を縮めるのではないかと感じている医師はまだ多く、そうした医師は鎮静薬を用いない傾向があると報告されています(注6)。
鎮静は基本的には医療用麻薬でもコントロールが困難な身体的苦痛に対しての実施が推奨されます。精神的苦痛に対しては勧められません。しかし、02年の国内の調査では、精神的な苦痛に対して間欠的鎮静や持続的深い鎮静が行われているケースがそれぞれ46%、38%とあったと報告されました(注7)。
また精神的ケアに自信がなく、かつ燃え尽き症候群傾向にある医師が、持続的深い鎮静を多く行っていたことがわかりました(注7)。日本緩和医療学会の23年版のガイドラインでは「精神的苦痛に関しては専門医による専門的アプローチが必要であり、鎮静が安易に用いられるべきではない」と明記されています(注3)。
このように、末期のがん患者さんで耐えがたい苦痛がある際には、鎮静という方法で苦痛を取り除ける(注8)ことが、一般に知られていません。ただし緩和ケアの専門施設や緩和ケア病棟、在宅緩和ケアのほか、一般の病院でも緩和ケアチームがある施設では適切に実施されています。
苦痛を抑える鎮静の実施率は、日本を含めた全世界の報告をまとめると、約20%です(注9)。約20%を少ないと感じるかもしれませんが、医療用麻薬で苦痛が抑えられなかった際の緩和策としての実施率なので、妥当であろうと思われます。
緩和ケアにもさまざまな誤解があります。現代ではガイドラインが整備され、適切な鎮静法が医療現場で用いられるようになっていることを知ってほしいと思います。
参考文献
1.Morita T, Tsunoda J, Inoue S, Chihara S. Effects of high dose opioids and sedatives on survival in terminally ill cancer patients. J Pain Symptom Manage. 2001;21(4):282-9.
2.世界保健機関編武田文和訳.がんの痛みからの解放−WHO方式がん疼痛治療法−第2版. 金原出版株式会社. 1996;3-39.
3.特定非営利活動法人日本緩和医療学会ガイドライン統括委員会.がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き(2023年版).
4.特定非営利活動法人日本緩和医療学会.ガイドライン.
5.Maeda I, Morita T, Yamaguchi T, Inoue S, Ikenaga M, Matsumoto Y, et al. Effect of continuous deep sedation on survival in patients with advanced cancer (J-Proval): a propensity score-weighted analysis of a prospective cohort study. Lancet Oncol. 2016;17(1):115-22.
6.Morita T. Differences in physician-reported practice in palliative sedation therapy. Support Care Cancer. 2004;12(8):584-92.
7.Morita T, Akechi T, Sugawara Y, Chihara S, Uchitomi Y. Practices and attitudes of Japanese oncologists and palliative care physicians concerning terminal sedation: a nationwide survey. J Clin Oncol. 2002;20(3):758-64.
8.Imai K, Morita T, Yokomichi N, Mori M, Naito AS, Tsukuura H, et al. Efficacy of two types of palliative sedation therapy defined using intervention protocols: proportional vs. deep sedation. Support Care Cancer. 2018;26(6):1763-71.
9.特定非営利活動法人日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会.鎮静はどのくらいの頻度で行われているか.がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き(2023年版).138.
写真はゲッティ
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勝俣範之
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
1963年生まれ。88年富山医科薬科大学医学部卒業。92年から国立がんセンター中央病院内科レジデント。2004年1月米ハーバード大生物統計学教室に短期留学。ダナファーバーがん研究所、ECOGデータセンターで研修後、国立がんセンター医長を経て、11年10月から現職。専門は内科腫瘍学、抗がん剤の支持療法、乳がん・婦人科がんの化学療法など。22年、医師主導ウェブメディア「Lumedia(ルメディア)」を設立、スーパーバイザーを務める。