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毎日新聞 2022/5/24 17:00(最終更新 5/24 17:00) 有料記事 1925文字
ハッブル望遠鏡の「後継」となるジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の実物大モデル=AP
ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として開発されたジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の観測が2022年夏にも始まる。総額1兆円超の巨大プロジェクトで完成した巨大な「目」が、さまざまな天体を捉え、人類の地平線を広げると期待されている。
性能が向上、赤外線で観測
JWSTは米航空宇宙局(NASA)、欧州宇宙機関(ESA)、カナダ宇宙庁が共同で開発した宇宙望遠鏡で、米国の宇宙開発を主導したNASAの第2代長官の名がつけられた。ハッブルは円筒形で主鏡の口径が2・4メートルなのに対し、JWSTは六角形の鏡18枚をつないだ主鏡が遮光板の上に乗った構造で、主鏡の口径は6・5メートル、面積は5倍以上とはるかに大きく、性能が大幅に向上した。
JWSTとハッブル宇宙望遠鏡との比較
主なミッションは、①初期の銀河の発見②銀河の形成と進化③恒星の形成と進化④太陽系と系外惑星の大気の分析――の四つだ。最大の違いは、肉眼では見えない「赤外線」をメインに観測することだ。ハッブルがおもに観測した可視光よりも波長が長い。
自らは光を出さない惑星も、赤外線で見ると、可視光では調べられない二酸化炭素やメタンといった重要な大気の成分を検出できる。また、遠くの天体が出す光ほど、宇宙の膨張によって波長が伸びることが知られている。これを赤方偏移(せきほうへんい)といい、救急車とすれ違うとサイレンの音が低くなる「ドップラー効果」によって起こる。このため、JWSTは太陽系外惑星やはるか遠くの銀河などの観測に向いている。
JWSTの観測対象
ハッブルが地球から約550キロと近くにあるのに対し、JWSTは地球から離れた場所にあり、「ラグランジュ点」と呼ばれる力学的に安定した複数のポイントの一つの近くに位置する。地球との距離は約150万キロで、月までの距離(38万キロ)の4倍もある。これは望遠鏡をマイナス約233度という極低温に保ち、微弱な赤外線を感知するためだ。
総額1兆円超、曲折した計画
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を搭載し、打ち上げられたアリアン5ロケット=南米フランス領ギアナのクールー宇宙基地で2021年12月25日(NASAテレビから)
JWSTは21年12月25日、ESAのアリアン5ロケットで南米の仏領ギアナから打ち上げられた。複雑に折りたたまれた機体も無事に展開され、打ち上げは成功。22年1月にラグランジュ点近くに到達した。現在は観測開始に向けた調整が続く。われわれの住む天の川銀河から最も近い銀河「大マゼラン雲」を試験撮影した画像も4月に公開され、星や星間ガスが鮮明に捉えられた。
ただ、その計画は紆余(うよ)曲折した。ハッブルが打ち上げられる前年の1989年に始まったが、開発の遅れからたびたび延期され、打ち上げまでに32年もかかった。当初5億ドルと見積もられていた費用は、最終的に100億ドル(現在のレートで約1兆3000億円)を超えた。
11年には米下院が「予算が膨大で管理に不手際がある」として、計画を中止する案を可決した。だがこれを受け、米天文学会が「天文学の発達に貢献することは確実」と声明を発表。他にも開発継続を求める声が相次いで案は撤回され、なんとか中止を免れた。
自身の研究がジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測対象に選ばれた東京大宇宙線研究所の播金優一助教=千葉県柏市で2022年4月12日午前10時27分、土谷純一撮影
初期宇宙や暗黒物質、謎の解明に期待
第1期の観測には世界中から1000件以上の応募があり、うち286件が採択された。その一人が、東京大宇宙線研究所の播金(はりかね)優一助教(宇宙物理学)だ。
播金さんらは4月、地球から135億光年先に、これまで発見された中で最も遠い可能性がある銀河「HD1」を発見したと発表した。それまでの記録はハッブルが発見した134億光年先の銀河だった。
播金さんらは「まだ知られていない明るい遠方銀河が存在するのでは」と仮説を立て、ハワイのすばる望遠鏡や英国の赤外線望遠鏡などを使い、合計1200時間以上の観測を行った。得られた70万個以上の天体のデータを調べ、HD1を発見できたという。
播金さんがJWSTで取り組むのが、HD1までの正確な距離を測ることだ。HD1は非常に活発な銀河、もしくは活動的なブラックホールである可能性もあり、それも確かめる予定だ。「宇宙物理の研究が大きく進歩することが期待され、今から非常にわくわくしている」と期待する。
JWSTによって、138億年前の宇宙の始まり「ビッグバン」からわずか3億年後の銀河など、初期の宇宙の姿を知ることができるとされる。播金さんは「遠方宇宙の研究にブレークスルーを起こす。人類の地平線が広がるだろう」と期待する。
NASAは20年代半ばにも、宇宙の大部分を構成するとされているものの直接観測できていない暗黒エネルギーや暗黒物質の解明などを主な目的とした、ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡の打ち上げも予定している。これらの望遠鏡が稼働すれば、宇宙の理解がより進むことが期待される。【土谷純一】