+守護の天使記念日に、神に賛美をささげよう。
おはようございます。
今日は守護の天使記念日記念日です。
救い主・イエス・キリストと天の元后聖マリア、聖母の配偶者聖ヨゼフ、聖テレジア、諸聖人の大いなる祝福がありますように!
また、大天使とすべての天使、私たちの守護の天使が今日も皆さまを見守り平和でありますようお祈りします。
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カトリック教会は、昔から聖書に基づいて、神は天使を造られ、一人ひとりを守っていると信じてきた。「あなたには災難もふりかかることがなく天幕には疫病も触れることがない。主はあなたのために、御使いに命じてあなたの道のどこにおいても守らせてくださる。彼らはあなたをその手にのせて運び、足が石に当たらないように守る。」 (詩編91.10-12)など、聖書に守護の天使のことが記されている。
また、それぞれの人に守護の天使がいるということは、イエスの教えの中にも見られる。「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである」(マタイ18.10)。また、天使はイエスがゲッセマネの園で苦しまれたときに、イエスを力づけた(ルカ22.43)。
このように天使を人間の保護者にしたことは、神の愛のしるしといえる(教会カレンダーから)
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マタイによる福音
<彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。>
18・1そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。2そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、3言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。4自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。5わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。
10これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。」(マタイ18・1-5、10)
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バク・サンデ神父様の「私の守護天使」です。
1983月、オーストリアのザルツブルク神学校のフェルディナント・ホルブック教授は『天使論』という著書を出版しました。その中で教授は、今日のカトリック信者の日常生活から天使に対する認識や意識そのものが消えつつあるという事実を嘆いています。実際にそうです。過去に比べ現代では、天使への敬意はおろか、言及さえ避け、存在を疑うことが多くなっています。この現象は聖堂建築物にもそのまま現れています。中世から近代以前に奉献されたヨーロッパの聖堂で簡単に見られた天使の彫像や聖画は、近代的な聖堂では見られません。目に見えるものに依存しようとする傾向が、現代のキリスト教徒の感性にもすでに染み込んでしまっているのでしょうか?
ホルブック教授は自身の著書で副題として「天使と聖人の交わり」を挙げ、天使は昼も夜も休むことなく「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、
全能者である神、主、かつておられ、今おられ、やがて来られる方。」(黙示録4・8)と叫びながら、聖人たちと共に天上の礼拝を捧げ、地上でも多くの魂と共にいて彼らを守り、彼らの祈りを神に捧げ、ときには魂の目に見える形で現れることさえあると明言しています。また、多くの聖人たちは天使、特に自分の守護天使と共に生活し、その敬意と愛が際立っており、特別な方法で彼らと交わりを持っていたと確信しています。聖人たちは天使の存在に対する啓示された真理を生活で直接示した人々です。
神は愛する御子イエス・キリストの十字架の死と復活を通して人類を救ってくださっただけでなく、全ての人にそれぞれの守護天使を付けてくださいました。守護天使は救いの遺産を受け取る人々に仕えるために派遣された者たちです(ヘブライ1・14参照)。天使たちは神の派遣命令を絶対的な謙遜と従順をもって補佐し、彼らが仕えるべき人間を守ります。
守護の天使たちは、①人間を危険や災難から守り、②悪魔の害から護り、③善い考えや関心を吹き込み、④人間のために自ら祈り、人間の祈りを神の御前に捧げます。
したがって、このような守護の天使と共に生きるいかなる人も、世間で軽んじられるべきではありません。なぜなら、イエス様は今日の福音で「彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。」(マタイ18・10)とおっしゃったからです。
今日、守護の天使の祝日を迎え、すべての信者はこれらの点をもう一度心深く刻み込むべきです。
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私たちの守護天使の存在を信じ、見守ってくれたことに感謝し、これから幼子のような清い心に回復し、隣人の守護の天使になることができますように!聖霊、来てください。