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毎日新聞 2023/8/26 東京朝刊 有料記事 1019文字
ウクライナのゼレンスキー大統領(左)と、ロシアのプーチン大統領=大西岳彦、前谷宏撮影
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国際法も人権も踏みにじるロシアのウクライナ侵攻から1年半。米紙ニューヨーク・タイムズが先週、両軍のこれまでの死傷者は計50万人近くに上るとの推計を報じた(本紙21日付朝刊国際面)。平均して毎日900人以上だ。
内訳は、ロシア側が死者12万人、負傷者17万~18万人。ウクライナ側が死者7万人、負傷者10万~12万人。兵力見積もりは、ロシアが民間軍事会社を含めて約133万人、ウクライナが民兵組織も加えて約50万人。とするとウクライナは、すでに兵力の3分の1が死傷していることになる。
ゼレンスキー大統領は西側諸国に「もっと戦闘機、戦車、弾をくれ」と要求するが、そもそも兵器を使って戦える兵士が足りるのか。18~60歳の男性は徴兵の対象で、原則出国禁止。最近は軍隊経験のない病弱な50歳代でも、前線へ送られているようだ。
開戦直後は戦意も高かったが、その後は徴兵逃れも多いらしい。徴兵事務所の汚職が次々露見。南部オデッサ州の所長は賄賂などで約7億円以上を蓄財し、スペインに豪邸を購入していたという。大統領は先日、各州事務所長を全員解任すると発表した。
G7サミットの第8セッションに臨む(手前左から時計回りに)岸田文雄首相、バイデン米大統領、ショルツ独首相、スナク英首相、欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長、ウクライナのゼレンスキー大統領、EUのミシェル欧州理事会常任議長(EU大統領)、ベネデッティ駐日イタリア大使、トルドー加首相、マクロン仏大統領=広島市南区のグランドプリンスホテル広島で2023年5月21日午前10時47分(代表撮影)
西側から送られた武器・装備を巡る政府高官の汚職は開戦前からあり、開戦後もやまない。軍事専門家たちは「いずれ世界中の紛争地へ拡散されるだろう」と悲観的な見通しを語る。
ほくそ笑むのは潤い続ける軍産複合体だけ。その構図の中で日々死傷していく数多くの命の名前は、純粋な愛国の戦士と呼ぶだけで済まされるのだろうか。
ウクライナに抗戦の大義はある。たぶん正義もあると信じたい。それでも、そのために、これほどの犠牲と危険と不正義を日々増殖させる権限まで、ゼレンスキー氏に委ねられているのか。
6月からの反転攻勢が期待通りに進まないと分かると、大統領は「ハリウッド映画のようにはいかない」と言った。この人はいつも見てくれを一番気にしている。
戦え。賛成だ。ただし、政治指導者の戦いは単純でいいはずがない。敵と戦いながら、国民の生命と財産を一つでも多くいかに守るか、絶えず知恵を振り絞る。
そのためには、戦いを長引かせようと仕向ける内外勢力と戦い、思慮のない英雄主義と闘い、祖国の歴史や運命と闘い、自らの名誉と闘う覚悟が要る。汚名を引き受け、停戦を探る勇気である。
それをプーチン氏にも言え? 悪のスケールが違う。そちらに対しては、もっと複雑な言い方を練り上げなければ。(専門編集委員)