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ロボトミーは精神病の治療法の1つで、狭義では前頭葉白質切截術である。 広義的には精神外科手術全般を指す。 人類最悪の手術、呪われた手術と言われている。 脳の構成をする大きな単位である「葉(Lobe)」を一回に切除することを意味するLobectomy(葉切除)がロボトミーといわれるようになった。
毎日新聞 2022/6/3 07:00(最終更新 6/4 07:11) 有料記事 1867文字
橳島次郎・生命倫理政策研究会共同代表=東京都町田市で2022年6月1日、池田知広撮影
脳と機械をつなぐ技術「ブレーン・マシン・インターフェース」(BMI)の医療応用を巡っては、脳にどの程度、介入していいのかという問題がつきまとう。過去に精神医療で脳にメスを入れ深刻な被害をもたらした「ロボトミー手術」から、現代の脳科学研究に至る歴史に詳しい生命倫理政策研究会の橳島(ぬでしま)次郎・共同代表と考えた。【池田知広、岩崎歩】
連載「拡張する脳」第1部(全9回)は以下のラインアップでお届けします。
第1回 ALS患者「愛していると伝えたい」
第2回 脳波で文字入力 阪大が治験計画
第3回 頭でイメージ まひの指動いた
第4回 開発競争「バチバチの戦い」
第5回 「心」は診断できるか
第6回 光よ再び 人工網膜の可能性
第7回 肉体の限界を超える
第8回 負の歴史 直視を
第9回 舩後参院議員に聞く
外科手術による精神疾患の治療は「精神外科」と呼ばれる。その代表例が、統合失調症などの治療のため、精神活動をコントロールする前頭前野と、情動をつかさどる脳の基底部をつなぐ神経線維を切断する「ロボトミー」と呼ばれる手術だ。
考案した医師は1949年、ノーベル医学生理学賞を受賞。40~60年代に世界中で盛んに実施されたが、意欲や自発性を失い、無気力状態に陥るなど深刻な事例が相次ぎ、実施されなくなった。
橳島さんは、精神外科とBMIは違いがあるものの地続きにあるとみている。「ロボトミーの過ちとして非難された人権侵害が、脳に介入するBMIで引き起こされない、とは言い切れない。精神外科の教訓とどう向き合うかは、BMIの研究と応用を進めるうえでも、避けて通れない課題だ」と橳島さんは指摘する。
橳島次郎・生命倫理政策研究会共同代表=東京都町田市で2022年6月1日、池田知広撮影
脳に電極を埋め込み、電気刺激でパーキンソン病などの震えを抑える脳深部刺激(DBS)や、頭の外から電磁石をあててうつ病を治療する「経頭蓋(ずがい)磁気刺激」(TMS)など新たな治療法が広がっている。これらは「ニューロモデュレーション」と総称され、BMIとも関連性があり、さまざまな応用が可能だ。
「パーキンソン病患者への脳深部刺激で、誤った場所に電極を埋め込んで攻撃的な衝動を誘発したという事例が報告されている。60年代には、同性愛者を異性愛者に転向させるのに使われたこともあった」
冷戦時代には、米国や旧ソ連で電気ショックによる洗脳が行われていた。「BMIでもコンピューターと脳の接続が、洗脳に応用されるかもしれない。最終的に、人間の行動や認知を制御するのに使われる恐れもある」
橳島さんは、ロボトミーから二つのことを教訓とすべきだと訴える。
「一つは、BMIの装置を埋め込む手術をする人の資格や質を保証すること。ロボトミーは、脳外科医ではなく脳手術の訓練をしていない精神科医がメスを振るい、悪い結果を招いてしまった」
「もう一つは、安易に対象を拡大しないこと。ロボトミーには医学的な効用もあったが、効果のない患者にも医学的な根拠がないまま手術をし、深刻な問題をもたらした。なかでも問題だったのは、反社会性人格障害を対象にしたことだ。患者をおとなしくさせるため、治療の域を超えて社会防衛の手段として手術し、悪い結果をもたらした」
脳深部刺激は海外では精神疾患にも応用され、強迫性障害やうつ病に加え、薬物依存症や摂食障害などの治療に使われつつある。「米国では肥満症を治すために脳を刺激して、空腹を感じないようにする臨床試験も実施されている。適応拡大の流れはすでに起きている」
こうした状況を踏まえ「例えば、反社会的な行動をする人を抑え込むためにBMIが使われれば、ロボトミーの歴史を繰り返すことになる。もし、適応の拡大に伴って害が起き批判が強まると、本来は効果があるはずの患者にも使えなくなってしまう」と危惧する。
橳島次郎・生命倫理政策研究会共同代表=東京都町田市で2022年6月1日、池田知広撮影
BMIは治療目的にとどまらず、心身の強化や機能向上にも使われようとしている。
「経頭蓋磁気刺激は、記憶力や集中力を増強する目的で実施されている。脳深部刺激も、戦場で兵士が抱く恐怖を抑え、戦意高揚などの感情を高めることに用いられる可能性がある。2000年代以降に起こった脳科学ブームで、脳に介入するしきい値は低くなった。抵抗感が薄れていて、危うさを感じる」
ただし、橳島さんはBMIを否定しているわけではない。「良い面と悪い面を分けて考えないといけない。BMIがもたらすリスク(危険性)とベネフィット(利益)を比較して考え、脳への介入がどこまで、どのような条件で許容されるか、真剣に検討しルール作りをすべき時期が来ている」(第9回に続く)