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がん細胞は正常な細胞がグレた末にできること、がんになる最大の原因は「加齢」でもリスクを減らす方法はあること――本連載ではこれまで、がんの発生メカニズムや予防についてお伝えしてきました。
では、がんになったら、どうすればいいのでしょう。
まず、がんという敵を倒すためには、敵のことをよく知る必要があります。その理解とともに治療薬の開発も進んできました。今回は、治療の基本となる「がんという病気の特徴」について、分かりやすく解説します。
「1種類のがん細胞の集団を倒す薬」では治らない
50年ほど前、がんは「同じような特徴を持つがん細胞の塊である」と理解されていました。昔のドラマに出てくるような「同じスーツを着た黒ずくめ集団」だったのです。言い換えるとがんは、1種類のがん細胞が集まっていると考えられていました。
そのため「1種類のがん細胞の集団を倒す治療薬」を作れば簡単に倒せるものだと信じられていたのです。しかし実際には患者に投与しても、がんを根治することはできませんでした。
なぜでしょう。
研究が進むにつれ、がんが「1種類のがん細胞の集団」ではなく「多種類のがん細胞の集団」であることが分かってきたからです。これでは「1種類のがん細胞の集団を倒す治療薬」を投与したところで他の種類のがん細胞には効かず、再発をきたすのも無理はありませんでした。
本連載のテーマの通り、がんの複雑さを理解するにはギャングを想像するといいでしょう。ギャング集団といっても中にはいろいろな人がいて、腕っぷしが強い武闘派も悪知恵を働かせる経済ヤクザもいます。部下を統率するボスの他に、他の街に進出してアジトを作る名人、詐欺を繰り返す名人、警察に見つからないよう逃亡する名人など、さまざまな「悪の才能」が集結しているのです。
このようにがんは「異なる特徴を持つ多種類のがん細胞」が集まって悪事を働くため、治療を厄介にしています。中でもボス的な細胞は他の細胞に比べてしぶとく、攻撃(治療)されてもなかなか死なない性質があります。子分が倒れて、ボスは生き残る確率が高いのです。
その上、他の街に移り、新たなギャング集団を作る能力――つまり、他の臓器に転移して新たながんを作る能力にもたけています。このボス細胞を早くに取り除かない限り、がんはどんどん進行してしまうため、現代の治療ではボス細胞だけを倒す薬の開発などが試みられています。
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増殖するスピードにも違いがある
また、がんという個性豊かな「ギャング集団」を理解するキーワードに「増殖」があります。がん細胞が正常細胞と異なる最も大きな特徴が「増殖」になるからです。
成人になると体の中の正常細胞は、ごく一部を除き、ほとんど増殖しません。大人の身長が伸びないのはそのためで、急にどこかの臓器が大きくなることがないよう、高度に制御されています。
それに対し、がん細胞は遺伝子が壊れたことなどにより、どんどん増殖を続けます。治療には増殖しているがん細胞を殺すことが必要で、それが放射線治療や化学療法になります。
ただ現実には「増殖のスピードが速いがん細胞」と「遅いがん細胞」「速くも遅くもないがん細胞」などが混在し、治療を難しくしています。速いがん細胞だけで固まっているわけではないため、増殖している細胞を殺す治療を行った時、速い細胞は殺すことができても、遅い細胞は生き残ってしまう。放射線や化学療法で、がんを一度、完全に消し去ったのに、数年以上たってから急に再発するケースがあるのは、隠れていた増殖の遅い細胞が、ある時に急に増殖し始めるからなのです。
一般人から「みかじめ料」を取って成長する
先ほど、がん細胞と正常細胞の大きな違いは増殖するかしないかにある――とお伝えしました。しかし現実には、がん細胞と正常細胞を容易に区別できるわけではありません。またしても厄介なのは、がん細胞には「正常細胞に似たもの」があるということ。正常細胞とがん細胞の中間のような特徴を持っているため、がん細胞を殺す通常の治療では殺しきれないということが起こります。
たとえるなら警察がギャングを捕まえようとしても、入れ墨があるなど明らかにギャングの風貌をしている人は見つけやすく、一般人と風貌が変わらないギャングは見つけにくいことに似ています。
さらに複雑なのは、がんの中にがん細胞だけでなく、多くの正常細胞も含まれていることです。がん細胞は発生したところにもともといた正常細胞にくっついて増殖したり、正常細胞が分泌する栄養素を使ったり、いわば正常細胞の力も借りながら成長していくのです。ギャングが街の人たちを巻き込んで、みかじめ料を取り、組織を大きくするのと同様です。
警察という「免疫細胞」も利用する
しかし、がんになっても、がん細胞と闘ってくれる組織があります。体内にある免疫細胞で、警察のような存在です。
一方、がん細胞もしたたかなもので、多くは免疫細胞(警察)から逃れるすべを持っています。監視の目をくぐり抜けながら大きくなり、それどころか一部の免疫細胞(警察)の力を借りて、さらなる組織の増殖に利用することも分かっています。警察と癒着して犯罪を見逃してもらうだけでなく、警察に賄賂を渡すなど利用もしながらのさばっていく――こう考えると、がんがいかに狡猾(こうかつ)なギャング集団であるかが改めてお分かりいただけると思います。
そのため「がんには勝てない」と絶望する方がいるかもしれません。しかし、人類は長い歴史の中で、がんの悪賢さを徐々に解明し、悪事の手段を抑えることで倒すという治療方法をさまざまに開発してきました。
次回からは具体的な治療法について解説していきます。
写真はゲッティ
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大須賀覚
がん研究者/アラバマ大学バーミンハム校助教授
筑波大学医学専門学群卒。卒業後は脳神経外科医として、主に悪性脳腫瘍の治療に従事。患者と向き合う日々の中で、現行治療の限界に直面し、患者を救える新薬開発をしたいとがん研究者に転向。現在は米国で研究を続ける。近年、日本で不正確ながん情報が広がっている現状を危惧して、がんを正しく理解してもらおうと、情報発信活動も積極的に行っている。著書に「世界中の医学研究を徹底的に比較してわかった最高のがん治療」(ダイヤモンド社、勝俣範之氏・津川友介氏と共著)。Twitterアカウントは @SatoruO (フォロワー4万5千人)。