|
先月の終わり、新潟県で幼児が車中に放置され死亡する事故がありました。報道によると概略は以下の通りです。
1歳5カ月の息子を車に乗せ出勤した父親が、途中で保育園に寄るのを忘れ、そのまま職場へ直行。駐車場に車を止めたときも、後部座席のチャイルドシートに座らせていた子どもの存在に気づかなかった。昼休みに車を出しコンビニに立ち寄った際、車内でぐったりしているわが子を発見し110番通報したが、時すでに遅く、搬送先の病院で死亡が確認された。死因は熱中症の疑い。
なんとも痛ましい話ですが、同じような事故は、これまでも何件か起きています。たとえば、2016年7月に栃木県であった事故は、今回のケースによく似ていました。父親が保育園に寄らずに出勤し、勤務先の駐車場に止めた車の中に2歳の息子を置き忘れた。車を止めてから約8時間後、妻からかかってきた電話で、父親は自分の過失に気づいたそうです。
また、20年6月には茨城県で2歳の女児が同じ目にあっています。2人の娘を車に乗せた父親、まず姉を小学校に送り届け、次に妹を保育園に預けるはずが、小学校から自宅に直帰しテレワークを始めた。妹は駐車場に止めた車の中に7時間置き去りにされ、父親が姉を小学校に迎えに行って車を降りるときまで気づかれなかった。
どちらの例も、結末はあらためて記すまでもないでしょう。
どうして「失念」したのか
この種の事故では、親が車を動かしてから短い時間内に、子どもを保育園に預けるというミッション丸ごと、わが子の存在を忘れてしまっている。つまり、親の頭から次になすべき課題がスッポリ抜けてしまった結果、起きた事故だといえます。
その点では、子どもを車内に残しパチンコに興じている間に……といった類いの話とは違います。こちらは子どもの存在を忘れて店に入ったわけではなく、パチンコに夢中になるうち車に戻るのが遅くなった、あるいは最初から熱中症の危険性が頭になかった可能性が大きい。
このたびの新潟県の事故では、その違いを意識してのことかはわかりませんが、一部の報道で「失念」という言葉が使われていました。いわく、父親が車に子どもを乗せているのを失念していた。
この言葉の意味は「うっかり忘れること」ですよね。そのあげく幼な子を死に至らしめたのだとすると、言葉とそれが生んだ結果に釣り合いが取れない感じがします。まさか自分の子を……、うっかりにもほどがある!というのがフツウの感想かと思いますが、でも、こういう人っているんですね。
ここからは私の職業病的想像になりますが、「失念」という言葉を頼りに考えると、「うっかり」は注意の問題だし「忘れる」のは記憶の問題だから、ここまでの事故を起こす人というのは、よっぽど注意力に欠けているのか、それともワーキングメモリーが弱いのか、あるいはその両方なのかと、そんな疑いが湧いてきます。
関連記事
<「どんな未来を望みますか?」 弱者を切り捨てる社会で問いかける映画「PLAN 75」 早川千絵監督インタビュー>
<「心を持ったコンピューターになれた」 毎日の生活に“効く“認知行動療法とは>
ワーキングメモリーとは、目標を達成するために必要な情報を一定時間アクティブな状態で頭にとどめておく機能のことをいいます。メモリーといっても、過去の出来事や学んで得た知識などを覚えているのとは異なる種類の記憶であり、先の予測をしながら段取りよく作業を進める際に重要な働きをします。
そして、このワーキングメモリーは、もともと短命なうえ、他のことに気を取られると消えてしまう性質がある。2階の部屋に眼鏡を取りに行ったつもりが、階段を上るうちに忘れてしまい、あれ? 何をしに来たんだっけ……なんていう現象がまさにそれです。
このような記憶力と注意力の相関を考えると、注意が散漫であれば記憶も定着しにくいことがわかります。ですから、うっかり忘れちゃうというのは、やはりその両方の問題ですね。
再発防止の力点をどこに置くか
上のようなことを精神科医が書くと、「ははあ、このお父さんたち、さては○○障害?」などと疑う読者がいるかもしれませんが、私はそんな話をしたいのではありません。うっかりにしろ忘れっぽいにしろ、個人差があるのだから、要は程度の問題ではないでしょうか。
もちろん、そんなことばかりが事故の原因というわけでもありません。保育園に子どもを連れて行くのは忘れても、会社に出勤するのを忘れる父親はまずいないはずなので、習慣化の問題で、子どもを送り慣れていなかったために起きた事故と考えることもできます。ふだんは、母親や別の家族が送っていたのかもしれません。
お父さんも、その日に初めて頼まれたなら、かえって忘れなかったと思います。たまに頼まれたその日は、朝から重要な会議のことで頭がいっぱいで、子どもをチャイルドシートに座らせ、駐車場から車を出して大通りを走り信号をいくつか過ぎた頃には、後部座席で眠る子どもの存在は頭から抜けていた……。父親側には、そんな事情があったかもしれない。
ともあれ、再発防止を考えるときに大事なのは、このたびのような事故を起こした人物を、父親失格! 子どもより仕事が大事か! 子育てを母親ばかりに押しつけるな!などといった言葉で断罪したところで何もならないという認識を、みんなで共有することかと思います。そのうえで、「うっかりにほどはない」を前提に対策を考える。
今回の事故も、先例に漏れず高温になる車内に子どもを置き去りにしたことが悲劇を生みました。親の頭の中がどうであれ、車を降りるときに子どもも一緒に降ろしていれば防げた事故です。
車に後部座席の子どもを認識し、親がエンジンを切ったときに注意喚起のアナウンスが流れたりアラームが鳴ったりする仕掛けがあればいい。テクノロジー的にはもう可能でしょうし、それが現実的かつ確実な対策かと考えます。