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毎日新聞 2023/9/24 東京朝刊 有料記事 956文字
石川結貴さんの新刊「家で死ぬということ」は心を揺さぶられるみとり体験記になっている=滝野隆浩撮影
<滝野隆浩の掃苔記(そうたいき)>
これまで家族問題や子供の虐待、ネット依存などについて世に問うてきた石川結貴さん(61)は、同世代で旧知のジャーナリストである。彼女が昨春、実父を自宅でみとったことを、新著の「家で死ぬということ ひとり暮らしの親を看取(みと)るまで」で初めて知った。
「仕事柄、在宅死を勧める本はたくさん読んでいて、父のことも『まあ大丈夫かな』と考えていました。ところが、実際やってみて厳しい現実を目の当たりにし、これから親の最期に向き合う人のために書いておきたかったんです」
87歳の父親は大腿骨(だいたいこつ)を骨折した。ところが検査で透析が必要だと判明しても、「長い入院も施設もまっぴらだ。オレは自宅で死ぬ」と宣言したのだった。新著は離れて住む娘が、90歳で父をみとるまでの介護体験と揺れ動く心情を記した実録となった。
石川さんの遠距離介護は、コロナ禍と重なり困難を極めた。さらに自身も、信号無視の車に衝突される事故に遭う。そこに追い打ちをかけるように、父の介護保険認定の更新申請に対し「非該当」の知らせが届く。骨折で「要支援2」だったのが回復し、その時点では「自立できる」と判断された。
介護保険制度とは誰を助けるものなのか。怒りと不安を抱きながら、石川さんは仕事を削って実家に通い父のおむつを替え、陰部の洗浄(「インセン」というらしい)もやり続けた。「わがままばかり言って!」。父への憎しみは募った。その一方で支援先を探し回り、協力者を得ていく。そうして理解ある在宅医と出会い、最後は父の死に自宅で立ち会うことになる。その場面は実にリアルで感動的だ。
私にも九州で1人暮らしの母がいる。だから思わず聞いてしまった。在宅のみとり、勧めますか?
「死ぬ人とみとる人。両方に覚悟が要りますよね」。とても重い言葉だ。そして、勧める勧めないなんて簡単には言えない、と言う。それぞれが悩みながらやっていくしかない、と。「でも、父と過ごしみとる時間があったからこそ、私は父の人生の深い部分を知ることができました」
本の最後に、満開の桜の下で撮った写真があった。亡くなる50日前の、父娘の最後の写真。2人ともほほ笑んでいる。娘が抱え続けた父へのイラ立ちは、いとおしさに変わっていた。(専門編集委員)