|
毎日新聞 2023/10/3 東京朝刊 826文字
新型コロナウイルス感染症のワクチン開発の立役者が、ノーベル生理学・医学賞に選ばれた。ハンガリー出身のカタリン・カリコさんと、米国出身のドリュー・ワイスマンさんの2人の研究者だ。
通常は10年前後かかるとされるワクチン開発を、遺伝情報を伝えるメッセンジャー(m)RNAの技術を使って、流行開始から約1年で成功させた。
この手法は、他の感染症のワクチン開発や、がんなどの病気の創薬にも応用できることが高く評価された。
従来のワクチンは、ウイルスそのものの毒性を弱めたり、働きを抑えたりして投与する仕組みだった。mRNAワクチンは、全く異なる。ウイルスの設計図を組み込んだmRNAを使い、細胞の中でウイルスの一部を作らせる。体内の免疫がそれを「敵」と認識し、抗体を作り出す。
これまでは重い炎症が起きることが課題となり、実用化された医薬品はなかった。2人の技術によって安全性が高まり、製品化が実現した。
先進国を中心に多くの人々に接種され、発症を防いだり重症化を抑えたりする効果が確認された。3年に及んだ世界保健機関(WHO)の緊急事態宣言は、今年5月に終了した。
ただし、カリコさんの研究活動は、順風満帆とはいえなかった。母国でも米国でも研究費の確保に苦労した。技術の将来性を見いだしたのが、ドイツのベンチャー、ビオンテック社だ。2013年にカリコさんを迎え入れ、研究を加速させた。その蓄積が、コロナ禍で花開くことになった。
基礎研究は実用化まで、時間がかかる。短期間での成果を求めがちな日本も教訓としたい。
コロナ禍は、グローバル社会となった現代における感染症の脅威を見せつけた。一方、途上国にワクチンが行き渡らないという課題も残した。
カリコさんは「いつか貢献できると思い、あきらめなかった」と語る。その思いを支えたのが、利益のためではなく「命を救う」という使命感だった。
科学技術で得られた画期的な知見を共有する国際連携の重要性も忘れてはならない。