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毎日新聞 2022/8/18 16:06(最終更新 8/19 16:25) 有料記事 2170文字
厚生労働省の薬事分科会などの合同会議。塩野義製薬が開発した新型コロナウイルスの飲み薬の緊急承認について審議した=東京都千代田区で2022年7月、矢澤秀範撮影
新型コロナウイルス感染症では、治療の切り札となる薬の登場が待ち望まれている。塩野義製薬の軽症者向け飲み薬「ゾコーバ」は、国の「緊急承認制度」による実用化を目指しているが、7月にあった厚生労働省の薬事分科会などの合同会議でも承認されず、審議が続くことが決まった。なぜ承認は見送られたのか、その理由に迫った。
新型コロナの軽症者に使える薬は、国内では海外製の5製品が実用化されている。しかし、いずれも高齢者など重症化リスクのある人だけが対象になっている。
ゾコーバは承認されるとしても、他の薬との「併用禁忌」が多く、胎児に異常を及ぼす「催奇形性」への懸念から、妊婦への使用は禁じられる見通しだ。だが、初の国産飲み薬ということもあり、実用化が期待されている。
コロナウイルスが感染者の体内に侵入して増殖するには、自身のたんぱく質を作らなければならない。ゾコーバは、その時に必要な酵素の働きを抑えるタイプの薬で、「プロテアーゼ阻害剤」と呼ばれている。
審議で大きな論点の一つになったのが、ゾコーバの有効性の評価だった。
塩野義はゾコーバの臨床試験(治験)に当たり、「主要評価項目」として「体の痛み」「悪寒」「発熱」「下痢」など新型コロナに特徴的な12の症状を定め、それぞれの症状の改善状況を踏まえながら、ひとまとめにして点数化することにした。この点数を「飲み薬を投与したグループ」と「偽薬を投与したグループ」で比べることで、飲み薬の有効性を推定するためだ。
ところが、投与から120時間後までの間、12時間ごとの総合評価の点数を見てみると、いずれのタイミングでも両グループで明らかな差が出なかった。
この時点では、有効性が推定できない状況だった。しかし、塩野義は当初想定した手法以外で有効性を推定するため、事後的な解析結果も提出した。
12の症状のうち、「鼻水」「喉の痛み」「せき」「息切れ」「発熱」の五つの症状でひとまとめにした場合、両グループで明らかな差が生じた。この五つは、オミクロン株の主な症状だ。
12の症状が無くなるまでの時間を比較したところ、飲み薬のグループの平均は、偽薬のグループより約3日間短かった。
さらに、投与開始から3週間後も12の症状が続いている人の割合も、飲み薬のグループの方が低く、後遺症の軽減にも効果がある可能性が示された。
それでも、会議では「有効性を示すデータが不十分」との意見が大勢を占めた。
厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館=東京・霞が関で2015年10月、竹内紀臣撮影
臨床研究について詳しい大野智・島根大病院臨床研究センター長は「今回の研究で12の症状を定め、まとめて評価すると決めたように、主要評価項目について審議するのが筋だ。事後解析の結果では、後付けの解釈とも見られかねない」と説明する。
そもそも治験の事後解析の結果は、通常の承認制度では原則、議論の対象にならないものだという。
というのも、治験の結果をいろいろ組み合わせて計算を繰り返し、たまたま有効性があるように見えるデータを示せただけかもしれないからだ。
大野さんは「事後解析は、あくまで新しい仮説を見つけるためのものという位置づけだ」と指摘する。
つまり、今回の治験では「五つの症状に効果があるかもしれない」という仮説が成り立つだけだというのだ。実際に有効性があるのかは、改めて五つの症状で結果を評価する治験の計画を立てて確認する必要がある。
ゾコーバを巡っては、迅速な審査や承認が目的の緊急承認制度の下で、どこまで厳密な有効性の立証が求められるかという問題が浮き彫りになった。
緊急承認制度は、新型コロナのワクチンや治療薬の実用化が欧米よりも遅れた反省から、5月に改正医薬品医療機器法が成立して設けられた新しい制度だ。
緊急時に新たに開発されるワクチンや治療薬などで、治験の最終結果が出る前でも「有効性の推定」ができれば、薬事承認が得られる。この制度での初めての審議がゾコーバだ。
治験が計画された時、新型コロナの流行はデルタ株が主流で塩野義はそれに合わせて12の症状を選んだ。しかし、治験を始めた段階では重症化しにくいオミクロン株が主流になってしまい、症状の傾向も変わった。
感染症に詳しく、7月の会議の審議に参考人として出席した大石和徳・富山県衛生研究所長は「治験の計画が難しいという背景があった」と塩野義側の事情に理解を示す。
緊急承認制度では、承認されても最長2年間の期限付きで、その間に有効性が確認できなければ承認は取り消される。
こうした仕組みになっていることもあり、大石さんは、事後解析の結果についても詳しく議論してもよかったと考えている。
「新型コロナの流行状況や拡大のスピード、重症化率などの点も関連付けて議論して、緊急承認によって得られる利益と不利益のどちらが大きいかを考慮する姿勢が欠けていたように見えた。こうした点についても議論しなければ、通常の審査制度と同じになってしまう」
島根大病院の大野さんは「承認はあくまで科学的な根拠に基づくことが大前提で、拙速な審議はよくない。緊急承認制度で、事後解析の結果についても議論するなどして通常の制度より科学的な厳密さのレベルを変える場合、承認後に有効性の確認ができなければ承認を取り消す仕組みをきちんと機能させることが重要だ」と指摘した。【渡辺諒】